第50話 時間を止められたら何をする?
もちろん、おっぱいを揉みに行きます。
やめて、警察は呼ばないで。ちょっと妄想あるあるを言ってみただけじゃないですか。ほら、僕なんかじゃ時間なんて止められる訳ないんです。そんな奇跡を起こすにはまだまだ信者が足りませんから。
でも、僕が教祖になった暁には、男性も女性も好きな時におっぱいを揉んでよいという教義をつくり、「右のおっぱいを揉まれたら、左のおっぱいを差し出しなさい」と優しく諭して回ります。その結果、僕の銅像は胸(となぜか股間)だけが(観光客に触られて)金色に輝き、「これぞ変態」の名をほしいままにするのです。(完)
今日のエッセイここで終わっても良いかなーと思ったのですが、そうするとこの50話を契機に、もはや無秩序が支配する文章世界になりそうだったので、なんとか持ちこたえて先に進みます。既に持ちこたえられていないなどと言う人は覚悟してください。気付かぬうちに揉まれていますよ。ちなみに、銅像を触った時のご利益は子宝、安産です。
さて、突然ですが「時間を止める」のはロマンがあります。そのため多くのバトルものでも、スポーツものでも曲りなりに出てきますね。大抵強力過ぎてラスボスになるか最強ながらも途中退場する不遇ポジに多い印象ですが。
ただ現実的には、時を止めるとは138億光年先(若しくはその先)までの物理法則全てを止めるわけですから、どうあがいても人間には過ぎた能力のように思えます。仮に時を止められたとしても、原子を含めたすべてが静止しているので、動いた瞬間に固定された原子によって身体がズタズタになるとか、呼吸困難に陥るとか様々な物理法則が立ちはだかり、いずれにしても死ぬ、という話も聞いたことがあるので、案外楽しくないのかもしれません。
しかし、そんなロマンのないことを考えても面白くないので、ここは主人公補正が入って、時を止めた本人だけは自由に動けるとしましょう。
ある日、深夜に小腹がすいて「旨み抹茶の白玉ぜんざい」を買いに近くのコンビニに向かいました。コンビニ手前の角を曲がった瞬間、けたたましいブレーキ音と共に二つの大きなライトが一直線に突っ込んでくるではないですか。「あわや異世界転生……?!」と思いながら、どうしようもなく目をつぶります。
しかし、しばらくたっても麗しい女神の声や、がやがやした見知らぬ雑踏は聞こえてきません。それどころか、微かな音すら聞こえません。完全な無音。自分の鼓動と呼吸がやけに大きく聞こえます。おそるおそる目を開けると、さきほど記憶に焼き付いた光景がそのままそこにありました。文字通り、そのままそこにあったのです。目の前にいるトラックも、暗闇に羽ばたくコウモリも、風にざわめく真っ黒な木々も切り取られたように動きを止めています。
そろそろとトラックの交線上から逃げ出し、コンビニへ向かいます。想像した通り、人間も含めて全てが静止していました。
「時が止まっている」
その事実をはっきりと理解した僕は、異様な興奮と共にかねてから夢想していたある行動を実行に移すべく半開きになった自動ドアをくぐってコンビニへ入ります。
深夜の謎テンションと事故によってドーパミンがドバドバ放出されているので、怖いものなどありません。圧倒的な無敵感をもって僕はレジを乗り越え、清楚ではないが少しエロさを感じる女性店員の胸へと手を伸ばします。
高まる鼓動。震える右手。
純愛ものの感動シーンを彷彿とさせる描写ですが、現実はコンビニで胸を揉もうとする男がひとり。ふいに涙が出そうになりましたが、固い意志を持って僕はその手を伸ばし続けます。
そして、ついにその時が……。
「あれ……?」
予想を超えた右手の感触に疑問符が浮かびます。
「……硬ぇ」
何度揉んでも予想していた感触は手に入りません。
何かの間違いではないかと頬をつんつんしてみると、あわや突き指したのではないかと思われるほどの痛みを感じました。
「なんだこれ」
思っていたのと違う結果に落胆し、ふつふつと怒りが湧いてきた僕は衝動的にポテトチップスが並んだ棚にドロップキックをかまします。もちろん、鋼鉄の塊のようなポテチの袋は僕の怒りをやすやすと跳ね返し、「ぐぇっ」という情けない声と共に、微動だにしない棚の前で一人の男がうずくまる結果となりました。
「違う、こんなはずでは……」
のろのろと起き上がった僕はうつろな目をしたまま、ふらふらと路地へと出ます。道行く中年サラリーマンのだらしない二の腕を触ってみると、鍛え上げられた筋肉のごとく張りがあって申し分ない。塀の上を歩く猫を触ってみると、細かい毛はまるでハリネズミのように僕の右手を突き刺して、だらりと血が流れました。
ぽたぽたと地面に落ちる血。
赤い血は僕の手を離れ、地面に落ちた瞬間に動きを止めます。この時、僕は初めて悟ったのです。時を止めた世界は「柔らかさが失われた世界」なのだと。
そして、柔らかさを失ったおっぱいは、もはやおっぱいではないのだと。
残酷な真実に打ちのめされた僕は、とぼとぼと夜の路地に溶けていきます。
空には、一つのゆらぎも感じられない黄色い月がぽっかりと浮かんでいました。
○
途中からなぜか物語調になったのですが、要するに「時間が止められても大した使い方が出来ないのではないか」というのがこのエッセイの肝になります。
多分、僕は上手く使えないと思うんですよ。
コップを割った後に時間を止めて、どうにか出来ないものかと考えた挙句、諦めて掃除用具入れまで歩く時間を節約する、とか。
ミスが判明した瞬間に時間を止めて、対応策を考えみるものの時すでに遅し状態で、怒られるためのメンタルを整える時間を稼ぐ、とか。
そんな残念な能力へとなってしまう気がするんです。
時を止める。
確かにロマンがあって良いのですが、ロマンはロマンにしておいた方が良いのかもしれません。とはいえ、仮にそんな残念な能力へと格落ちしたとしても「おっぱいのすばらしさ」を教えてくれる能力だとコペルニクス的転回をすれば大いにおつりがくるのではないでしょうか?
くると言ってよ、ドラえもん。
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