第49話 アスキューはちょっと足りない
誰の
僕たちは赤茶色の切れ目を塗りつぶす青を見上げながらのんびりと日陰で過ごした。ひんやりとした岩肌がトレッキングで熱くなった身体を冷ますのにちょうどいい。ふと横をみると手のひらサイズの大きなトカゲが近くの木に登っていた。幹の
目線を外して空に目線を投げると、み
○
先週末は連日45℃に迫る猛暑から抜け出して、小鳥のさえずりと小川のせせらぎが聞こえる涼しいコテージで過ごしました。セドナという町です。安室ちゃんとロンブー淳の旅行先としても記憶に残っているでしょうか。金属を含む赤土の影響で、木がねじれて成長する奇妙な光景もあり、最近では日本人にも人気の旅行先になっているらしいですね。
世界でも有数のパワースポットということで占い師も多く「人生でも、普段のキャラでも、カクヨムの方向性でも迷子になっている」と噂の僕にはちょうど良い場所です。とても遠い所にいるようで、実はもう少しで正解に辿り着けると自負しているのですが、その「あとちょっと」が分からないのです。
思えば、僕は昔からちょっと足りませんでした。
身長が20㎝足りない。
もう少しで仲村トオルと同じ身長だったのに。
視力が4.0足りない。
それさえあれば遠くからでもビーチで遊ぶグラマラスボディを楽しめたのに。
お金が3億円足りない。
あとちょっと余裕があれば、雪見だいふくでも一口あげられるのに。
フォロワーが80万人足りない。
それだけで誰かのヒモになれたかもしれないのに。
頭が足りない。
足りてればこんなこと書かなかったのに。
人からすると些細な違いかもしれませんが、僕にとっては大きな違いなのですね。それがないからこそ、それを持つ人が羨ましく、時には妬み、時には憧れるのです。圧倒的にちょっと足りないのです。
最近、Twitterでもこんな発言を見かけました。
「童貞卒業に関してはまじで慎重に『ならない』方がいい。ここで大切な人に捧げよう思って足踏みしてるとまじで童貞スパイラルから抜け出せんくなる。(略) 0と1の差って、もの凄いよ」
思わず「間違いない」と、見事にスパイラルにハマった僕が太鼓判を押したのですが、発言者も初対面童貞の後押しにびっくりされたことでしょう。それはともかく。
あと1が足りない。
多くの人にとっては「たったそれだけで」なのでしょうが、そのちょっとが足りないのです。
それで変わるかと言われれば、答えるのはなかなか難しいです。変わるかもしれないし、変わらないかもしれません。なってみないと分からないので、結局は結果論です。
しかし、その結果を見たくなるのが強欲な人間というもの。些細であっても、僕はあと20㎝身長が欲しいし、3億円が落ちてれば拾うし、視力が良ければ5㎞先のお姉ちゃんをガン見する。そういうものなのです。
○
夜も更けてアライグマが道をトコトコ歩く時間。僕はコテージの中で(先日、共に幸せの渦中にいた)某先輩と(それを見ていた)上司に相談していました。
「どうすればスマートにホテルに誘えるんでしょうか」
僕が発したこの言葉によって、議論は白熱し、
「好きな人をつくれ。作り方がわからない? 好きになればいいんだよ」
「ホテルに誘うなんて高度なことは考えるな。とりあえずキスだ」
「好きになると避けてしまう? 意味がわからん」
「そもそも高望みしすぎ、妥協しろ」
などと、多くのアドバイスを頂いて、やっと答えに辿り着きました。
――5,000人とキスをする
これが0を1にするための第一歩です。
ホテルだろうが何だろうが、まずはキスから始まる。エレベーターでも、路上でも、駅でもホテルでも最初の一手はキスだ。キスがなければ始まらない。出来ないならば出来るようになれば良い。キスが上手く出来れば、自然とホテルにも誘える。だから、経験を重ねろ。それが答えだ。
「なるほど」
僕は深くうなずきます。
確かに、手順を踏むならA(キス)からB(イチャイチャ)からのC(フィニッシュ)でしょう。AがなければBはない。BがなければCはない。自明の理ではありませんか。まさに灯台下暗しで恥ずかしくなりました。僕は論理学の授業で何を学んできたのだ! 三段論法ではないか!! ゲーム理論で何を学んだのだ! キスの利得が、二人とも何もしなかった時の利得の二倍以上であるならば、不完全情報下の純粋戦略ゲームではキスすることが最適戦略ではないか!!
僕はこの時、大学教育の意義を思い知ったのです。初歩中の初歩ともいえる知識だけでも、純潔を散らす為には「まずキスが必要で、キスしようとすることが最適戦略」だと導けるのです。そのことに気付き、脳内のシナプスがある不可知の力で結びつくのを感じました。
そうか。ここはセドナ。やはりこうしたパワースポットには人生に関わるような気付きを促す不思議な力が降りてくるのですね。
「分かりました! 明日から5,000人とキスをして、1,000人とイチャイチャします!」
僕は右手こぶしを強く握って、コークハイを煽りながら決意したのです。
0と1の間にある”ちょっと”。
その距離がとても短く感じました。
その時、僕はあのトカゲの目を思い出していたのです。不意に現れる必然。一生に一度のたわいもない出会い。あの一瞬がなければ、この感覚も、この文章も生まれえなかったという事実。あれこそが0が1になった瞬間なのでしょう。元々、あの出会いを死に物狂いで求めていなかったことを考えると、僕には絶望的に足りてないものはないし、この上なく足りているものもないのでしょう。ただ、全てのものがちょっと足りていないだけなんですね。
彼の大きな目の中にあった姿。
それを一言で表すと、こうでしょう。
アスキューはちょっと足りない。
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