第48話 幸せとは
五円玉をぽろりと投げて、気持ちの良い乾いた木の音に耳を澄ませる。からからと気持ちだけ鈴を鳴らして、二礼二拍手。
さて、なにを願おう。
○
皆さん、神社では何を願いますか?
「無病息災」「宝くじに当たりますように」「家族がいつまでも仲良くありますように」「あの子のパンツが見れますように」「第六天魔王になる」
このような願いが王道だと思います。もちろん、受験期だったら受験合格だとか、試合前だったらノーミスだとか、その時々によってさまざまでしょう。僕もお参りの機会は今まで何度もありました。そして、そのたびに悩むのです。「なにを願おう」と。
そりゃ、真に清らかな心を持った者だけがダイヤの原石として選ばれて、危険を冒してやっと青いウィル・スミスに願えるなら話は別ですよ。紙に書いた長い願いだって叶っちゃいますからね。その場合は人生を懸けて悩み抜き、臨終間際に「思いつかなかったし、もう充分楽しかったからあとは好きにして良いよ」という投げやりな結末を迎えるのもいいでしょう。
でも、たかだか数十円の見返りに激烈に長いお願いをされても神様も困るでしょうし、なによりプーさんのハニーハント並みに待たされた後ろのお客さんと掴みあいの喧嘩になりかねません。そこで、さっさと唱えられて、漠然としたものが良いのではないかと思う訳です。
そこで、僕はいつも「幸せになりたい」と願ってきました。
案の定、幸せってなんだって言われると非常に難しいのですが、結局は本人がハッピーだったらそれでいいのだと思います。
仲の良い地元の友達と小学生時代の痴態(みんなでエロ動画をみる)を話しているとき。仲の良い地元の友達と中学生時代の奇行(ミノムシを食べる)を話しているとき。仲の良い地元の友達と大学生時代の思い出(半裸でかまくらを作る)を話しているとき。
そんな時、僕は幸せだなと思います。会社の人には「そんなことばかりしているからダメなのだ」と呆れられました。ご指摘の通り女っ気は毛ほどもありませんが、あったらあったでマズいと思いませんか? 半裸でかまくらを作れる女の子は一般的なモテ女の定義から外れる気がします。それでも一緒にバカやれる人なら歓迎です。名乗り出て下さい。
そんな風に自らを幸せから遠ざける真似をしておきながらも、一方で幸せを手に入れたいとも思っているのです。幸せはどこに落ちているんだろう。毎日、血まなこになって探していますが、一向に見つかる気配はありません。
僕は幸せになれないんじゃないか……?
そんな不安が押し寄せてくる日々の中、ある日、同期の女の子から衝撃の事実を聞くことになるのです。
○
先日、ある駐在員のお家でホームパーティをした際、料理も手伝いも出来ない僕は先輩と一緒に酒を酌み交わし、早々に出来上がっていました。おやつの時間ごろから始まった宴。即席のラムコークを飲みながら談笑する時間。やはりいつになってものびのびとした飲み会は楽しく、優雅な時間を過ごしました。
次の日、会社で同期の証言を聞いてびっくりします。
「私、人生であんなに楽しそうに笑ったことない」
僕と先輩の姿を見て、上司に放ったという一言。
僕は困惑ぎみです。
「え、ちょっと待って、なんの話?」
と聞くと
「めちゃくちゃ盛り上がってたよ」
と返ってきました。
どうやら僕は先輩と猥談で盛り上がっていたそうです。
「とても幸せそうだった」
と、微笑んで僕に溢します。
その言葉を聞いて、僕は雷に打たれたように感じました。
――そうか、幸せはこんなに身近にあったんだ。
漠然と幸せになりたい、と願ってきたあの日々。幸せはどこにあるんだろうと煩悶していた僕。鬱屈した毎日に疲弊して「もういっそゴールデンレトリーバーやバーニーズマウンテンドッグに埋もれて死にたい」と思ったこともありました。
でも、その全てが様相を変えた気がします。探しても見つからないのは既に持っていたから。頭に掛かったメガネを探すような、左手に握った携帯を探すような、そんなものだったのです。僕は思いがけず手にしていた幸せがあったのだと気付きました。みんな自分が持っている幸せには気付かないまま過ごしているだけ。周りから見ると幸せの渦中にいるのに、本人はそう感じていなかっただけ。幸せとは案外そのようなものなのかもしれません。
僕は目の前に突如として広がった世界の新鮮な空気を吸いながら先輩の元へ行きました。手にしていた幸せを確かめるために。
そして、先輩もこう言ったのです。
「全っ然、覚えてない」
幸せとはそういうものなのです。
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