第42話 書いたことのないジャンルに手を出してみた
そろそろね。新しい可能性に挑戦しようと思うの。鳴かず飛ばずでおいこらやってきた初デートはラーメンでも一向に構わない系女一筋28年だったけど、そろそろ飛びたいわけ。そりゃあ、空を飛ぶなんて先人が汗水とか涙とか愚痴とか癇癪とかいろいろ垂れ流して辿り着いた境地だから高望みしてるってことは分かってる。でも、ちょっとくらい振り返ってくれる男の人がいてもいいじゃんね。
やっぱり現状を打破するためには、常識を打ち破った窪塚洋介のように勇気を出さなきゃねって思ったんだ。仮に飛べなくても、一歩踏み出したって感覚があれば良い。落ちるだけだとしてもね。むしろ落ちながら「落ちているだけだ。かっこつけてな」とかっこつけて言いたい。重力加速度をそのまま体現したような綺麗な垂直落下を見せてね、「ほら、これが9.8m
でも、いきなりベランダから飛び降りるなんてエキセントリックにはなり切れないから、まずはゆっくりコトコト地道に変えて行こうと思ったわけ。具体的に言えば日常の中での変化に手を付けていこうって決めたのね。
そこでちょうど鶏肉に目を付けたんだわ。ほら、料理出来る私すごい、みたいな。キャベツの千切りはあごの筋肉を発達させるくらい歯ごたえがあるんだけど、もう筋肉発達しちゃったから問題ないの。あごの筋肉キレてる私すごい、みたいな。
いつもは醤油とみりんと
で、実食よ。そりゃもう、旨いのなんの。ニンニクの風味が香り立って、ピリッとしたレッドペッパーがアクセントになって、柔らかい鶏肉のジューシーさを引き立ててる。「これ、クックパッドで公開したら大人気になるわ。Twitterでもインスタでもバズりまくり、Youtubeの専用チャンネル『新世界の女神』で副収入も夢じゃない」って本気で思った。
そんな浮ついた未来を思い浮かべながら二口目を口に運んだ時、神経が発火してビビッと頭の中を通り抜けたんだ。
「私、この味知ってる……」
あれ、この感じ。なんだろう。初めてなのに初めてじゃない感覚。いわゆるデジャヴ。私、キミとどこかで会ったことある? もしかして、前世で運命的なドラマがあったのかも。名前を教え合った? いやいや、愛するあの人が好きだった料理なのかも――。
その瞬間、私はまさに時空を飛んでいるような感覚に陥った。記憶にはないけど魂が覚えている感覚。私は絶対にこの味と運命的に結びついている。いつもと違う日常の隙間から、無限の彼方へと道が拓けた気がした。イメージの世界では過去の英傑たちが時空の果てを飛び去っていく。ハンニバル、アレキサンダー大王、クヌート王、ラピュタ王、クシャナ、モコミチ……。
そして気づく。
「あっ、これアヒージョや」
無限の彼方へ続いていたはずの宇宙世界は急激にしぼみ、愛するあの人も過去の英傑も吹き飛ばされて、現実を噛み締める一人の独身女がそこにいた。さっきまであんなに浮かれていた自分はもうどこにもいない。
「前世どころじゃない! 今世で、というか半年前に食べたやつ!!」
デジャヴではなく、ジャメヴだったというありがちなオチに打ちひしがれながら自分の脳みそを呪った。「お前よくもあんなにワクワクさせてくれたな。最初からちゃんと機能していればぬか喜びも恥ずかしい誇大妄想もなかったし、どーせなら夢のままでいさせてくれよ。中途半端にモコミチいれてくんじゃねぇ」と。
未開拓の地に足を踏み入れたはずが、阪神高速もびっくりの整地具合。先人の知恵を借りまくりで恥ずかしくなった。
多分、私は今迄もこうして先人が苦労して手に入れたものを、さも自分が発見したかのように(無意識のまま)パクりまくっているのでしょう。度し難いものです。日常生活からしてそうなんだから、文章なんて考える余地もなく、弁明の余地も、猫の額ほどの余地もなくすべてが借り物なんだと思われて仕方がない。ふと「土佐日記」が頭をよぎったが、すぐさま
しかし、こうなったら仕方がない。あるがままの自分を受け入れて生きなければならない。「このレシピは画期的だと思い込んだ恥ずかしい自分」を認めて生きなければならない。「新しいものを書こうとして、二番煎じどころか
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」というが、私は歴史に学び、また経験にも学んでいる。学びまくりである。そう思うと実は賢いのではと錯覚しそうになるが、二回も学ばないと頭に入らないところが誠にポンコツである。いや、学んでいるつもりで頭に入っていないおバカさんという形容が残酷ながら真実なんだよね。
悔しくなって目の前の美味しいアヒージョ(風)をかきこんだ。
「このオリーブオイルめ! いい感じにどろどろピリピリしやがって!!」
ちょろっと足した塩が良い感じに効いている。苦みのあるビールも味わいを深めている。
美味しい鶏肉と歯ごたえのあるキャベツを貪りながら「もう二度とこんなみじめな真似はしない」と心に誓った。
大丈夫。私は何度もみじめな気持ちを封印することが出来ている。学んだことは無駄にならない。また一口、がぶりとかぶりつくとニンニクの良い香りが鼻に抜ける。「くそぅ、旨いな! これ!!」鳴かず飛ばずだった推しのバンドがヒット曲を打ち出したような複雑な心境を抱えながら、見知った味が胃の中へ落ちていった。
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