第39話 考えはまとまらない方が良い


 雪に閉ざされた長野の山奥。20歳になったばかりの僕たちと十数人の先輩たちはどこか懐かしい匂いのする畳の間で、長机を囲んで一堂に会していました。一日中、雪にまみれて全身を打ち付けた身体をいたわるべく、精のつく鍋を食べ、チョコレートを筆頭に各国の菓子を用意し、痛覚を鈍らせるためにアルコールを摂取します。次第に、広間を覆っていた倦怠感と呻き声は興奮と狂気の声へと変換され、誰もが混沌たる危地へと邁進していきます。


 空になった缶を天井まで積み上げる一団。鳴り響く山手線ゲーム。半分になった先輩の携帯。赤裸々な男女の機微。部屋の隅で行われる猥談。絶え間なく摂取されるアルコールとカロリー。降り積もる雪。個体数を減らすニホンカモシカ。増え続ける人類。


 全ての出来事が世界を構成するかたわら、僕は青春を叫んでいました。


 円形になった人の帯の中で投げ交わされるアオハル。「人の家でパイを投げる」と一人が言えば「青春! 青春!」とそこにいる数人で合唱しながら謎のダンスを踊る。「夜の運動会」と別の一人が言えば「青春! 青春!」と合唱して謎のダンスを踊る。両手を頭の上でひらひらさせ、ひじとひざが落ち合い、くるくるとその場で回転する。そこには阿波おどりとも言えない無数の創造性が実在しました。僕は「俺の尻も青い」と叫び「それも青春!」と先輩に肩を叩かれながら慰みの舞を踊るのです。


「青春踊り」を含めた各種の小集団は大きな畳の広間を隙間なく埋め尽くし、青春を叫び、愛を語り、ポテチに笑い、アルコールに泣きます。まとまりなどはありません。ただ無秩序が広がっていました。


 それこそが創造と記憶の要。強烈な二日酔いと共に誰もに刻まれるひと時となるのです。


 ○


「文章を書くには整理された思考が必要」

「何を書いて良いのか分からなくなり、話が四方八方に飛んでしまう」


 そんな煩悶にお悩みの方。どうすれば思考が整理されるのか、もう既に筋道立てて考える方法論を学ぼうとして挫折されているかもしれません。

 しかし、はっきり言いましょう。それでいいんです。考えはまとまらない方が良いのです。脳内大宴会が必要なのです。


 一般的に考えがまとまらないのは悪いことです。それは「何が食べたい?」と聞かれて「何でも良いよ」と返すと激昂されることが証明しています。でも、ちょっと待ってください。何でも良いと答えるまでには様々な筋道があります。

 イタリアンはどうでしょうか。「イタリアンと言っておけば良いと思ってるんだろう、このスカポンタン!」と軽薄な男に思われるに違いない。中華はどうか。「花椒が全然効いてない。ただ辛いだけじゃねーか味音痴!」とバカ舌がばれる。では、和食はどうか。「この店は十四代も置いてねーのかよ。酒もえらべねーのに和食なんて万年早いわ」と言われて大和魂に傷がつく。


 このような思考が全ての料理に行き渡った結果、出てくるのが「何でも良い」という相手をおもんぱかった回答なのです。何も考えていないのではなく、考えに考えぬいたからこその結論。様々な可能性を検討する思考。これを「進歩的思考」と呼びましょう。


 進歩的思考は文章を面白くさせます。特にエッセイを書く時、前記した大宴会が脳内で開かれればしめたもの。真面目に「これを書こう」と決めた瞬間、横にいる鼻クソみたいな集団が「誇りある命名を!」と大声を出し、また一方では「竹取の翁が見つけた姫はおしり姫と呼ばれていてな……」とまことしやかに昔話が口伝されます。そうなると真面目だった話も思った方向とは異なる方向に飛んでいく。そして予想すらしていなかった場所に着地する。エッセイの妙味を生み出すのはこの「寄り道」なのではないかと思うのです。


 大切なのはその道程をきっちり書いてあげること。突拍子もない結論になった場合ももちろんですが、あなたが「こんなつまんない結論になってしまった」と落胆するような一般論に落ち着いたとしても、それは進歩的思考の結果だったりするのです。結論が同じでも過程が全く異なったりする。それが周りの人にとってはとても面白かったりするものです。


 学生の飲み会で強烈な二日酔いになった、というあるあるエピソード一つとっても然り。何でも良いよと答える男子の発言然り。そこに隠された進歩的な思考の数々を話してみること。考えがまとまらなくてもいい。その過程を人は楽しめるのです。







 そして「あんた馬鹿なんじゃないの?」と怒られる。進歩的思考は独特の面白さを生みますが、解決策を生み出すことはありません。


 

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