失恋、そしてわたしは……

チタン

第1話

 「別れてほしい」と あなたは言った。

 理由は教えてくれなかった。ただ「ごめん」というあなたの電話口の声だけが耳に残った。


 それ以来、あなたは連絡を返してくれない。

 それで全部終わらせるつもりなの?

 私は今でもあなたのことが……。


 だから、わたしはあなたに会うために車に乗った。

 昨日聞けなかった理由を聞くために。


 エンジンをかける。

 そのとき車のキーに付けたキーホルダーが揺れた。そういえば、これもあなたがくれたモノだった。

 この車の中だって、あなたの残した気配を感じて泣きそうになる。


 あなたの声が好きだった。

 その声で「愛してる」って何度も言ってくれたのに。

 昨日聞いた「さよなら」は聞いたことのない声だった、同じあなたの声なのに。


 赤信号で車を止めた。

 あなたの家へ行くときの信号待ちはいつも長く感じたのに、今日はすごく短く感じる。


 この信号を越えたら遠くにいる海が見えてくる。


 もしも、わたしが行き先を変えて、あの海へ向かったら。

 遠くに見えるあの海に身を委ねたら、そうしたらあなたはこの先ずっと、わたしのことを覚えていてくれるだろうか?


 何かの間違いだったら。

 すべてあなたの冗談で、今にもケータイが鳴ってあなたが「ごめん」と明るい声で言ってくれたら。

 けど、あなたがそんな冗談を言わない人だとわたしは痛いほど知っている。

 そしてあなたの別れの言葉が二度と取り消せないことも。



 信号が青に変わった。


 わたしはあなたのことが好きでした。


 愛した人へ別れを告げに、もう一度アクセルを踏み込んだ--。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失恋、そしてわたしは…… チタン @buntaito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ