不戦勝

 途中、王都の街並みの壮観そうかんさを見ていたので退屈はしなかったが、奇襲に備えて自動防御の魔法を臨戦態勢りんせんたいせいに持って行っていた。

 二時間ほどで、王都の中枢ちゅうすう手前の闘技場とうぎじょうに着いた。

 古代からあるとされる、石造りの円形闘技場で、今でも見世物があるとされている。

 近づいただけで圧倒される、巨大な建築物に、さらに大声おおごえが連なる。

「客が入っているのか」

 コーストの問いに、馬のくらまたがった指揮官が答えた。

「中では奴隷どれい魔獣まじゅうが戦っている。

 毎回、どちらかが死ぬ」

「私は客ではないのでしょうね。

 奴隷になる気もありませんが」

「お前には、この国の王と戦ってもらう」

「もう一度言ってくれ」

 思わず、二言を求めるコーストだった。

「魔法により、お前の情報は王に届いている。

 なぜかは分からないが、それは国王のセッシ・デスタッチ本人から聞いてくれ」

「セッシ・デスタッチ?

 この国の王の名前は……」

革命かくめいさ。

 臨時りんじ政権せいけんが今の支配者だ

 どうなることやら、全く分からない」

 円形闘技場の客は大騒ぎしていた。

 闘技場の魔獣の死体が片付けられ、勝者の奴隷が帰ったと思ったら、国王が観覧席の椅子から飛び上がり、華麗に着地したのだ。

「国民の諸君!」

 華麗な貴族服をまとった現・トランプル王国の支配者、セッシ・デスタッチが声を上げる。

 魔力によって拡声された声である。

 しん、といったん静まり返る場内だった。

「これより、私、セッシ・デスタッチがこの国の王であることを証明する」

「どういうことだ?」

 闘技場内の、観客席ではなく戦う場所への入口の鉄格子てつごうし越しに、コーストは問うた。

 無論、セッシには聞こえていないだろうが。

「トランプルの王は初代より、右腕を包帯で覆う習わしなのは、皆が知っていることだろう」

「初めて聞いた」

 コーストが住んでいたのは辺境の町で、情報はそう多くない閉鎖的な場所だった。

「この魔法は『呪われし右腕カースド・アーム』と呼ばれる呪詛魔法。

 呪われし王の力だ」

 ざわつく観衆たち。

 さらに、セッシが右腕の包帯を取り、その漆黒の右腕を見せつける。

 ざわつきが一層、大きくなった。

 セッシの居た北側の闘技場内への入口の鉄格子が開き、さらに包帯をまとった者たちが入場する。

 次々にその呪われし魔力で包帯を引き裂き、呪詛魔法を顕現けんげんさせる。

「どういうことだ?」

 王の証、と言った『呪われし右腕カースド・アーム』を持った者が他にも、計一二人。

 セッシを合わせれば一三人現れたのだ。

 セッシを中心、最後にして残る一二人が両脇に六人ずつ配置についた。

「我々の『呪われし右腕カースド・アーム』は量産型。

 本物の原本を持つ前王は私が殺害した!」

 絶叫のような声すらも聞こえる場内だった。

 場内が静まるのを待ち、セッシは発言する。

「本来ならそこで、王を殺したはずの私に本物の『呪われし右腕カースド・アーム』が移植されるはずだったが、次代のカースド・アームズを所有している者がもう一人だけいたのだ。

 あの盗人。

 『呪われし右腕カースド・アーム』の量産化計画の主任研究員だったヘイストの忌まわしい所業だ!」

 場内には意味がわからない、という疑念の表情の者が多数いて、コーストは立場ゆえに、事情をよくんでいた。

「結局、我らは偽物の呪詛を受け取ったが、配下の者に本物の原本、ヘイストの行方を追わせた。

 そして、本物の『呪われし右腕カースド・アーム』を持つものは、ここに居る!」

 コーストの居る、鉄格子の両脇に控えた兵士たち二人が、いきなりその格子を引き上げた。

 滑車かっしゃが回り、がらがらと金属音を立てて、コーストがとご登場、となる。

 観客の視線を痛いほど浴びた彼は、観念してその場から何歩か歩みでた。

「奴は、ヘイストの忌まわしい実験により、その身に本物の『呪われし右腕カースド・アーム』を宿した男だ。

 これから、この男を殺し、私は真の王の称号を得る!」

 怒号が舞い散る闘技場内だった。

「殺せ! 殺せ!」の声が響き、これから起こるであろう血なまぐさい争いに人々は興奮した。

『愚かなり』

 底冷えのするその声に、場内は静まり返った。

 その場に居る、全員の心臓をわし掴みにするような、拡声された声。

『ようやく思い出したが、我の力を不完全に複製しようと実験していたのだな』

「喋る、意思を持った呪詛魔法か。

 さすがは原本だ」

 セッシが驚くが、ある程度以上には魔法・魔術の知識があるのか、そこまで大きな驚きはないようだった。

『トランプル王国の次なる王は、この国で最強の者だ。

 すなわち、我を持つ者が絶対の指揮権を握る』

 コーストを置き去りにして、『呪われし右腕カースド・アーム』とセッシが向かい合う。

「全軍や宰相への絶対の命令権、逆らえば自由自在に苦しめ、殺害できる呪詛能力か。

 だが、その力は王宮の玉座に座るまで発動しない仕掛けだ。

 力を完全に取り戻したければ、我ら『呪われし兵団カースド・アームズ』を退けてみろ!!」

 一三人全員が、臨戦態勢になる。

「面倒極まりない事態だ」

 コーストは呟いた。

 こちらは、妹、ついでに自分に危害が及ばなければそれでいいし、次の王がどうの、というのにも興味がない。

 戦わなければ死ぬみたいだし、結局は『呪われし兵団カースド・アームズ』とやらを排除するしかないのか。

 いや、とりあえず力量を測るか。

「こちらも死にたくはないし、君たちの力がよく分からない以上、手加減はできない」

「死ぬがいい!」

 セッシたちが黒い雲霞を実体化させ、黒槍を放つ。

 コーストは『呪われし右腕カースド・アーム』を掲げて魔刃を半円周状に放射する。

 死神の鎌のような一閃で、黒槍を全て打ち消す。

「ただの魔力放射だぞ。そちらの黒槍と違い、収束もさせていない」

 コーストはセッシたち諦めるよう、説得するために声を出した。

 たじろぐもなく、セッシは「全員、散開!!」と他の者に命じる。

「最強の『呪われし右腕カースド・アーム』は、この私だ!!」

 セッシが叫ぶ。

 闘技場を構成する壁や柱に跳ね、『着地』して、三次元の多方向から黒槍を放つ一三人の『呪われし兵団カースド・アームズ』。

「無駄だ」

 コーストは腕を形だけ掲げて自動防御を発動させる。

 一三人分の魔力・偽物の黒槍が完全に分解され、粒子となって消えていく。

 地面に落着し、たじろぐセッシたち。

「ここまで来たんだ。

 絶対に、絶対に『原本』を入手する!」

 次のセッシの攻撃は、命を削りかねないほどに魔力を注いだものだった。

「何度も言うが、無駄だ」

 コーストは、その場から飛翔ひしょうした。

 身体の重力制御じゅうりょくせいぎょと、圧縮あっしゅく空気の制御。

 セッシの黒槍は、虚しく目標を外れ、反対側の闘技場の内壁に着弾する。

 コーストは、闘技場から逃げた。

「馬鹿な! 飛行魔法だと!」

 セッシの叫び。

 空中で、コーストは微笑む。

「その様子だと、飛行魔法は持たないようだな」 

「王宮の玉座とやらに座らせてもらう」

「そんな……」

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