軍人の使命

 翌日から、元気になった妹は名字のみ偽名ぎめいで、正統教会の下にある修道院に預けることができた。

 下働きをする代わりに、無料で勉強などができる仕組みだ。前から妹はこれに入りたがっていたので、やっと夢の一つを叶えさせてやる事ができた。

 コースト自身は、自分の呪いの右腕のせいで周囲に危害が及ぶことを避けるため、トランプル王国の首都にまで向かうことになった。

 トランプル王国は絶対王政の強権きょうけん国家だ。軍人を殺したとなれば、町を出ていく必要はどうしてもある。

 唐突とうとつな別れに妹は泣いていたが「必ず戻るよ」、と何度も言い聞かせたら、納得したようだった。

 農家の主は、ほぼ無言でコーストを送った。これから先、とんでもない試練が待ち受けてそうな、そんな予感を感じ取ったのかも知れない。

 辺境へんきょうの町から、巨大王国トランプルの首都までは相当な距離だ。

 荷馬車に食料を詰め込んで、コーストは出発した。

 ヘイストを除けば町一番と言われる魔導まどうの研究者に右腕を見てもらった結果、『呪われし右腕カースド・アーム契約けいやく型の呪いだという。

 これだけ強力な呪いを解くには、なんらかの契約を履行して解除する必要がある。

 その契約の内容は、さすがに不明だった。

 暗殺者あんさつしゃらしき姉弟が襲いかかってきたことからすると、なんらかの軍事機密ぐんじきみつなのかもしれなかった。

 なにはともあれ、コーストは馬と共に町を出た。

 アンタップとタップの姉弟や、その他軍人からの襲撃を、コーストは予想していた。

 おそらく、道の途中で潜伏せんぷくし、襲撃を仕掛けてくるはずだろう。

 網を張っているのはコーストも同じだった。

 かえちにして、この右腕の情報を聞き出す。そのつもりだ。

 荷馬車で林道を移動し始めて一時間もせず、荷馬車を引く馬のくらにまたがるコーストに、何十もの火球がいくつも殺到さっとうした。

 全ての火球がコーストの手前で停止し、コーストに一切の熱さを感じさせることもなく霧散むさんする。

呪われし右腕カースド・アーム』の能力の一つの自動防御。強大な魔力分解だった。

「一斉の、飽和ほうわ攻撃でも無理か」

 数十人、いや、一〇〇人程度か。

 よろいを着た魔法騎士たちが取り囲んでいた。

「彼の者が配下たる、一番隊隊長、アンタップ」

「同じく二番隊を率いるタップ」

 また同じ二人が、木の上から飛び降り、コーストの前へと着地して現れた。

『推して参る!!』

「彼の者?」

 宣言の意味を測りかね、コーストは問いを投げかけるが、アンとタップの姉弟は無視。

 昨日と同じローブ姿で、周囲の軍人とは違い鎧を着ていない。

 代わりに魔力結界が薄く展開されていた。

 弟のタップは手前、姉のアンタップは後ろに配置している。

 昨日と同じく、アンタップがタップの魔力補助を行い、強力な魔法を発動させるようだった。

 周囲の魔法騎士たちが、それぞれの剣かざし、魔法の詠唱を行いつつ、距離を詰める。

「待て。この右腕はなんなんだ!?」

 コーストの心からの疑問。

 タップが「お前が知る必要はない。呪詛の原本だけを残して、お前には死んでもらう」とぞんざいに応対する。

『笑わせる』

 声が、林間りんかんに響いた。

「待て、まだ早い!」

 コーストの表情には焦り。

 意思に反して、『呪われし右腕カースド・アーム』の呪詛じゅその取りいた右腕が掲げられる。

 包帯は先ほどの自動防御を発動した際に、とうに破かれ、漆黒の右腕が他の皆に見せつけられる。

『貴様らがいかに無謀で無力か、教えてやろう』

 膨大な魔力が圧縮され、開放される。

 円環のように一薙ひとなぎされる、黒色の魔力の刃。

呪われし右腕カースド・アーム』の意思による攻撃魔法だった。

『小賢しい策など、我の前には無意味だと、何度でも教えてやろう』

 魔腕による死の宣告が終わる頃には、最前線に円形に配置された魔法騎士たち十人以上が、その胴体を真っ二つにされて即死していた。

 タップは前面に最大の魔力障壁を展開し、攻撃をブロック。

 しかし、それでもアンタップと共に大きく退いていた。

呪われし右腕カースド・アーム』の魔法攻撃に押しのけられ、くつが地面にめり込んでそのまま後方へと引いている。

 姉弟の足元、やや濡れた地面に、わだちのような足跡が引いて続いていた。

「なんて力だ……」

 タップがうめく。

 次いで、円周状に近くの木々が、音を立てて倒れていく。

「隊長! あれは何なんです!?」

 生き残った後方の魔法騎士の一員が、声を張り上げた。

「全ては奴の右腕の力だ!

 厳重警戒!」

「り……了解……」

 魔法騎士たちが防護魔法や身体強化の呪文を唱えていく。

「数で押せ! 相手は一人だ!」

 騎士団員が各々の声を上げて命令に従う。

 アンとタップの姉弟は合計で一〇〇人もの騎士を配下に置いているようだ。

 士気しきも高めで、厄介な相手だ。

 なによりも、コースト自身が生き残るためには、敵を全員殺すかあるいは敗走させるかをしなければならないのが精神的にきた。

 基礎的だが効果的な、身体強化の魔法で距離を詰めた魔法騎士の一人が、魔力の宿った鎌を馬車から降りたコーストの後ろから振り下ろす。

 死角になっている背後からの攻撃に、『呪われし右腕カースド・アーム』の自動防御オートガードが発動。

 鎌の刀身が握りつぶされ、凄まじい烈風を浴びたその魔法騎士団員が後方に吹き飛ばされ、それなりに大きい樹木に激突、全身の骨や臓器が一瞬で破壊され、血を吐いて絶命する。

 奇襲の無意味さをさとり、仲間の死を無駄にしないように逆方向、コーストの前面に炎の魔弾が発射される。

 『呪われし右腕カースド・アーム』は放たれた魔弾全てを分解するよりも、コーストの魔力消費が少ない方を選んだ。

 漆黒の魔力が伸びて、地面を蹴って跳躍する。

 さながら、圧縮が開放された撥条ばねのようだった。

 樹木の太い枝の上に乗り上がり、魔弾が遠くへと飛んでいく。

「くそっ!

 上にも上がれるのか!」

「総員、あれを狙い撃て!!」

 タップが驚きの声を上げ、アンタップが命令を下す。

 火炎の弾が放たれるが、コーストと『呪われし右腕カースド・アーム』はすぐに別の樹木へと飛び乗る。

 さらにコーストの右腕から、数本の呪詛の槍が枝分かれして伸び、槍と同じ数だけの魔法騎士の胴体に風穴を開ける。

「右腕よ、話を聞け」

 コーストは『呪われし右腕カースド・アーム』に話しかけた。説得するような声だった。

「これ以上、死人を増やしたくない。

 あのタップとアンタップだけを狙え」

『あいつらは防御が堅い。

 しかも、殺さずに手心を加えるとなると、お前の身に危険が出る。

 それはできんな』

 『呪われし右腕カースド・アーム』は所有者、コーストの命を最優先するようだった。

 人に優しいのか、そうじゃないのかよくわからない。

「ならば、こちらが操縦するだけだ。

 自動攻撃・防御を全て停止させる」

『命知らずだな。

 ふん、好きにするがいい』

 所有者の命令には仕方なしと従うらしい。

 あくまでも、これはコーストの呪詛じゅそ、そして魔法なのだ。

 コーストは敵の動きを把握しつつ、先ほど習得した魔力の『撥条ばね』による跳躍を繰り返した。

 高所への跳躍や飛翔魔法は、稀有けうな魔法だ。

 いったん木の上にまで上がられると攻撃は立体的なものを要求され、ひどく戦線は混乱する。

 とはいえ、まずは多勢に無勢の状況を打破しなければ、とコーストは思案した。

「全員、対天使てんし用戦術!」

 トランプル王国お得意の、地上から飛翔兵を仕留めるための戦法。

 それを姉弟とその配下の魔法騎士団は使ってくるようだった。

 その名が『対天使用戦術』というのは、なにやらとてつもない皮肉に聞こえるが。

 魔法騎士団が一〇名ずつほどで陣を組み、魔法陣を形成する。

 例の姉弟も、わずか二人で同様の魔法陣を組んでいた。

 コーストは黒くて細い、糸を一〇個の魔法陣に拡散させて放った。

 それは魔法陣の構成を読み取る、解析の魔法能力だった。

(誘導弾! いや、魔力でできた生物か!)

 敵が唱えている魔法陣の呪文は高温の炎にかりそめの、擬似的な命を吹き込んだ魔法だとコーストは理解した。

 一度唱え終われば、数分間はこの森の中を暴れまわる。

 目標は自分一人に限定しているため、発動を許せば対処に終われるだろう。

 ついでに、炎が回ればコーストの荷馬車が馬ごと逃げてしまう。

(利用、逆算、改変!)

 しかし、『呪われし右腕カースド・アーム』王の力。

 不可能はないのだった。

 魔法陣に絡みついた呪詛の糸が、魔法陣の内容を強制的に書き換える。

「なんだ!?」

「魔法陣が、消えた!」

「陣が消えたぞ!」

(『攻撃対象を変更して、あの雑魚どもを焼き払うこともできたはずだ』)

「それは、最後の手段さ」

 冷酷な『呪われし右腕カースド・アーム』の声に、冷や汗をかきながらコーストは応じた。

 いきなり魔法陣が消えて驚くタップとアンタップに、二本の黒槍が突進する。

 とっさに姉弟二人は防壁魔法を展開したが、いとも容易く黒槍は防壁を貫通し、二人の手足を奪った。

 ぼとり、と宙を舞ってタップの右腕とアンタップの左足が地面に落ちてめり込む。

「がはっ」と二人は同じような悲鳴を上げてその場に崩れた。

『隊長ー!』

 魔法騎士団達が叫ぶ。

「見ての通り、こちらはあなた達に圧倒的に有利だ。

 まだやるなら、そこの隊長たちごと死んでもらう」

 コーストはなるべくおどすように言った。

 ただの脅迫だったが、魔法騎士たちは悲鳴を上げて逃げ出していった。

 一人が逃げると、二人目、三人目と総崩れだ。

「アンタップ姉さん……」

 右腕を失くし、ぼたぼたと血を流し、落としているタップがアンタップの方へと向かう。

「今ここで死ぬ必要はない。

 この右腕、『呪われし右腕カースド・アーム』について知っていることを喋ってもらおうか」

「タップ……、終わりよ。

 私たちでは無理だった」

 二人は同時にうなずくと、凄絶せいぜつな笑みでコーストに向かって叫んだ。

『王国に勝利を!』

 地面に魔法陣が展開される。

 輝く魔法陣がその周辺一帯を照らす。

 コーストが『呪われし右腕カースド・アーム』の自動防御を遮断し、解析や分解をしようとしたのがまずかった。

 陣の展開が早すぎ、『呪われし右腕カースド・アーム』でも対応が遅れた。

 危険を察知した『呪われし右腕カースド・アーム』がコーストの生命を最優先すべく、自動防御を発動する。

 二人の姉弟が発動したのは、生贄いけにえを必要とする呪術だった。

 それは、異界の門を開け、通常は封印されて眠っている強大な怪物を呼び出すもの。

 運が悪ければ、コーストも同じくにえにされていた。

「かなり魔力を消耗したな。

 これからの戦い、生き残れるかは賭けになるぞ」

呪われし右腕カースド・アーム』がコーストに語りかける。

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