力の一端

 人が駆けつける前に、コーストは一応、その場から離れた。

 妹の元へと急いだのだった。

 体調を崩した妹からは、黒い腕に驚きの声を上げられた。

 すぐにコーストは、『呪われし右腕カースド・アーム』でその少女に触れ、その能力の一部を発揮した。

「何をするの?」

「大丈夫だ、お兄ちゃんに任せろ」

「ふふ、なんかくすぐったい」

 黒い腕から、妹へと光明こうみょうが流入する。

 『呪われし右腕カースド・アーム』の治癒ちゆや基礎免疫めんえき力の強化が発動したのだ。

 風邪からの回復や、病弱さがなくなるのももはや、時間の問題だろう。

 この『呪われし右腕カースド・アーム』は戦闘用の攻撃魔法だけでなく、治癒もこなす。

 他にも膨大な種類の能力を保有しているようだが、あまりにも数が多すぎて、術者たるコーストにもまだ把握しきれていない。

 コーストはとりあえず、家にあった包帯で腕を覆った。

 これからどうするべきか。

 一番の情報源たるヘイスト老人は早々に死んでしまった。

 あまりに自業自得な最期だったが、コーストは他人の死を喜ぶ性格でもない。それがたとえ邪悪な実験を繰り返し、膨大なしかばねの山を作った魔法使いでも。

 既に黄昏たそがれどきの時間帯で、その日の晩に事は起こった。


 妹がすやすやと寝息を立て、コースト自身も休みをとるか、と妹とは反対に位置する場所に置かれたベッドに横になろうとしたときだった。

 家の、木の扉を叩く音が聞こえた。

 最初は小さく、その後は無遠慮ぶえんりょに殴りつけてくる。

 のぞき穴から相手を見ると、それは雇い主の農家の主だった。

 挨拶をして鍵と扉を開けるなり、主たる初老の男性はすぐに口を開いた。

「コースト。

 ヘイストという魔法使いの家が火事で全焼したそうだが、心当たりはないか」

 とっさに「ありません」と嘘を吐くコーストだった。彼自身、嘘は大の苦手で嫌いだったが、妹のためを思ってそうしたのだった。

「ここから先は我らが聞く。

 どけ、農家の主よ。魔法で焼かれたくなければな」

「ひっ」と農家の主は文字通り飛び跳ねて、コーストから横にれた。

 農家の主の後ろ、何メートルか離れた路上に居たのは、短髪の女と男だった。

 声の主は女性のものだった。

 明かりが灯る。二人は顔立ちがよく似ている。強い光で照らされ、赤毛だと分かった。

 衣服は赤茶色のぶかぶかとしたローブ姿で、頭を全てではないがかなりを覆っている。

 二〇代かそうでないかといった年齢のローブの女が、声を張り上げる。

「我らはアンタップとタップの姉弟きょうだい

 トランプル王国から特命を受けてこの町に来た。

 その右腕の包帯、本当にヘイストによるものではないな?」

「それは……その」

「アンタップ姉さん、もう手っ取り早く調べてしまいましょうよ。

 もし違っていても誰も文句は言えない」

「……。そうね。

 でも、死なない程度にね。私は魔力供給の補助はしないわ。」

 タップ、弟だろうか――はふん、と鼻を鳴らすと、「わかったよ、姉さん」と言い、空中に赤色に輝く魔法陣を展開し、呪文を唱えた。

らえ、炎の奇魔きまよ」

 この国、トランプル王国でよく使用される、軍用の火炎魔法だった。

 火炎の球体が生まれ奇妙な生き物の姿をした炎に形を変え、コーストの元へと飛びかかる!

 冗談じゃない、とコーストは思った。あんな炎を浴びれば、骨まで焼かれてしまうかもしれない。

 なにが死なない程度に、だ。

 右腕がうずく。

 炎がコーストの直前で停止した。

 アンタップ・タップ姉弟の目が見開かされる。

 コーストの右腕の包帯が切りかれ、『呪われし右腕カースド・アーム』が顕現けんげんする。

 火球が生き物のように苦しむような動きを見せたかと思うと、火花を散らして霧散した。

 ひぃっ! と農家の主は声を上げて逃げ出していった。

「追いかけなくていい。全力でこいつを生け捕りにしろ」

 タップが厳命した先、見ると周囲にはトランプル王国の正式な軍人が武装し、抜剣ばっけんしていた。

『了解!』 

 窓や壁に穴を空け、姉弟の手の者がコーストの家へと侵入していく。

「止めろ、右腕が言うことを聞かない!」

 右腕を左手で抑えようとするが、あまりに魔力が暴走しつつあり、迂闊うかつに触れるとこちらの左手が大怪我をしかねない。

「この娘は?」

「妹だろう」

「え、あなたたちは誰?」

 音に驚いて起きたコーストの妹に、軍人が剣をかざす。

「やめろ、妹には手を出すな!」

 害意を、コーストは軍人に露わにした。

 黒の右腕が実体化し、霧の槍が猛烈な速さ、颶風ぐふうとなって軍人たちのへとたどり着き、急所を自動で突き刺した。

「がっ」「ぐあっ」「がはっ」それぞれの苦鳴を上げ、三人の軍人が倒れ伏す。

 妹が悲鳴を上げ、さらにタップが動く。

すきあり!」

 今が好機と見たか、タップ青年が短剣でコーストの背中を刺しに向かう。

 部屋に入った軍人たちは、元より捨て駒のおとりらしかった。

 確かに、逆方向に攻撃を行っている今ならば、すぐに魔力を背中の敵に向けるのは難しい。

 普通の自動攻撃・防御程度の魔法ならば。

『愚かな。

 我、『呪われし右腕カースド・アーム』は王の力。

 我は完全無敵なり』

 傲岸不遜ごうがんふそんに、『呪われし右腕カースド・アーム』が久しぶりの声を上げた。よほど余裕があるらしい。

『まずい!』

 姉弟が声を揃える。

 アンタップが魔力供給を肥大化させ、タップの短剣の周囲に防護結界ぼうごけっかい展開てんかいさせる。

 タップがコーストに刺しかけた短剣を即座に手放し、その身を離した。

 直後、防護結界から外れた短剣が、恐ろしい形に金属音と共に変形し、ひしゃげねじじり切られ、丸く潰される。

「馬鹿な、鋼と魔石でできた特殊短剣だぞ!?」

 タップが驚きの声を上げた。アンタップも驚きを隠せないようだった。

 手首をさするタップ。危うく手首から先がなくなるところだったのだ。無理もない。

「今の我々では力不足のようね。

 良いわ。一旦は撤退してあげる。でも、次は万全の準備をしてかかるわ」

 アンタップがそう言うと、懐から白い球体を取り出し、地面へと投げつける。

 着弾と同時、強い白い煙、煙幕が発生する。

 煙幕に反応し、『呪われし右腕カースド・アーム』が煙の方面へと防壁を展開する。

 煙が出ただけで無害だと右腕に言い聞かせ、コーストは右腕からの魔法発動を解除する。

 右腕が、チクチクとうずいていた。

 あまり魔力を消費すると、こちらの体力まで削り取られるようだった。

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