呪われし、王の力。カースド・アーム

 ヘイストに立てと言われたのは、床に朱色しゅいろかれた魔法じんの上だった。

 場所は、老人の邸宅ていたくの一階。

 木の床に、鉄板が敷かれ、その上に朱で描かれているものだ。

 古来より、魔法の儀式ぎしきに使われるもののはずだが、魔法は医学と同じような専門職だ。

 門外漢もんがいかんのコーストにはどのような魔術がなされるのか、全くわからなかった。

「妹の病気は……」

 コーストの最大の気がかりを、ヘイストはさえぎった。

「これから執り行う魔法が成功し、お前に定着すれば、治せるだろう」

 老人は、そう断言した。

「さて、名前は何だったな? 青年」

「コーストです。コースト・ギャザリング」

「ふむ。

 なんじ。名を、コースト・ギャザリング。

 これから行う呪術契約じゅじゅつけいやくしたがうかね?

 魔法からの問いかけに答えるがいい」

 コーストの下の半径一メートルほどの魔法陣が輝き出す。

 黒色のくものような、水の中に炭を思い切り溶かしたようなどす黒い色がコーストの前に現れる。

 大きさは一抱えできる程度だが、なにやら禍々まがまがしさがある。

「質問は……」コーストがその黒いなにか、魔法か呪術かに問いかけようとすると、

『質問は私がする』

「魔法が、しゃべった!?」

 コーストは驚いた。

 明らかに生物ではないような魔法は、しかし、ヘイストとは別の声で喋っていた。

「人に対してだけは、説明する義務が発生するようだな。おそらく、対人を専門とした魔法なのだろう」

 ヘイストは断じた。口ぶりから、動物と人間、その両方で実験を行っているはずだが、コーストには聞き、考えている余裕がなかった。

「私たる、この魔法を行うにあたって、最低限さいていげんの情報を提供ていきょうする。

 私は呪いの一つだ。

 一度かかれば、定着するまで、凄まじい激痛を伴い、適合しなければ燃え尽きて死ぬだろう」

「あの庭の炭は……」

 コーストは気づいた。ヘイスト老人は動物にこの魔法をかけ、失敗しては捨てていたのだ。

「激痛と危険を糧に、私はお前に素晴らしい力を提供する。

 この世を支配または蹂躙じゅうりんする王の力だ」

「王の、力……」

「我が名は『呪われし右腕カースド・アーム』。

 私の力を受け取る覚悟があるなら、右腕みぎうでかかげよ。

 そうでなければ、すぐに魔法陣の上を立ち退け」

 コーストは、ヘイストの方を見た。

 ヘイストの口が、なにやら動いた。「やれ」と言っているようだった。

「妹のためだ」

 呟いて、容赦なくコーストは右腕を掲げた。

仮契約かりけいやくは完了だ。

 生き延びれば、本契約の履行りこうとなる」

 黒い呪詛が右腕にまとわりつく。

 直後。

 誰の悲鳴ひめいなのか、わからない。自分の悲鳴だと気づいたのは一瞬後だった。

 腕だけではない。それを中心に、全身に激痛げきつうい回った。

 しばらく叫び続けていると、

「やかましい」

 と、心底鬱陶うっとうしそうにヘイスト老人が言った。

 コーストが、かろうじて横目でその姿を見ると、地下室への入り口を開いているところだった。

「とりあえず、静かになってもらおうか」

 にやりと笑った老人は、風の基礎きそ魔法でコーストを吹き飛ばし、地下室の内部へと転げ回させた。

 コーストには、もはや乱雑らんざつに転げ回させられた痛みはない。

 ただ、呪いの激痛だけが響いていた。

 地下室の階段を転げ落ちると、大量の炭。

 犬や猫、家畜の形の炭。そしてコースト以外の、間違いなく呪術に耐えきれずに焼け死んだ人間の形をした炭があった。

 ヘイストは乱暴に地下室への扉を閉めた。

「やはり、人間が実験体として一番適合するようだな」

 老人は窓の外から日の入り具合を見た。

「さて、何時間もつかな。

 まあ、次の被検体までの繋ぎだ」

 老人は秘術の完成が近づくのを見越して、うすく笑った。

 コーストの激痛は、全く意に介していない様子だった。

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