カースド・アーム

書い人(かいと)/kait39

コーストとヘイスト

 コーストは金髪・金目の青年だった。

 ようやく少年とは言われなくなったくらいの年齢で、普段は畑仕事をしているため、それなりに筋力がある。体格もやや大きめだ。

「妹さんはまだ大変なのか」

 関心があるのか、そうでないのかわからないようするに言い草で、農家の主はそうコーストに聞いてきた。

 四〇歳過ぎの、農業一筋のうぎょうひとすじ無骨ぶこつな男性だ。

「今度、町外れのヘイストという魔術師に見てもらおうと思っています」

「あまり関心はしないねえ」

 その口ぶりから、コーストは農家の主もヘイストのことを知っていると気づいた。

 そこまで有名なのですか、とコーストが問いかけると、農家の主は「王宮を追われたとか、むしろ秘術を盗んだで王宮から追われているとか、いろいろ聞く。怪しげな呪術を用いて動物や人で実験をしている噂まであるよ」

 ――親切に、どうもありがとうございます。

 そう言って、農作業を再開しようと金属製のすきを持ち上げたときだった。

「コースト、大変だ!

 妹さんの容態ようだいが急変したらしい!」

 他の、年上の作業者がそう声を荒げてコーストに伝えてきた。

 気付き、理解したように、農家の主も口を開く。

「コースト、今日はもういい。

 妹さんのところに向かってやれ」

 農家の主に礼を言い、すぐにコーストはその農家からそう離れていない自宅へと駆け出した。



 もともと身体が強くないのでしょう。今は風邪が悪化しているだけですが、それだけでも妹さんにとっては命に関わります。

 そう、かかりつけの医者は言った。ただの風邪なので、特効薬もない、とも。

 栄養がつき、食べやすいおかゆでも食べさせてやってください、とだけ言い残して医者は家を去った。

「どうしようもないのか」

 まだ一四歳の、自分と同じ金髪と金目の妹だ。

 そのせきばかりがひびく室内で、コーストはうなだれた。

 ――まだ魔法がある、呪術でもなんでもいい。それこそうわ言のようにコーストは呟いていた。

 コーストは米と野菜を混ぜたお粥を作り妹のかたわらに置いて、「待っていろ。お兄ちゃんがなんとかしてやる」と妹に言って家を出た。


 行く先は草木もほとんど生えていない荒れ地だった。

 魔法使いが、そこに居る。

 魔法使い、あるいは呪術師たるヘイストの住みかは、元は領主の別荘だったらしい強固な石造りの邸宅だった。

 コーストの自宅からは歩いて四時間ほど。コーストは一時間ほどで道中を駆け抜けた。

「また失敗か」

 コーストがその邸宅に近づくと、小さな、しわがれた声が聞こえた。

「ヘイストさんですか?」

 あるいは弟子などの可能性も考えたが、外見はいかにも、といった魔法使いのローブに、なにやら怪しげな魔法じんの書かれた魔術書の類を持っている、老齢の男だった。

「いかにも。

 私がヘイストだ」

 ヘイスト老人は、庭でなにやら炭とおぼしき物を捨てていた。

 動物かなにかの形にも見えたが、真っ黒な炭だった。

「青年よ。何かお困り事かな?」

 ヘイストはコーストの心を見透かすようにそう言った。

「妹が病気なんです。いえ、元から病弱で、風邪が悪化して……」

 ずっと走っていたために体力が消耗しているのと、複数の理由から来る焦燥と緊張で、コーストはしどろもどろになった。

「ああ、わかったよ」

 ヘイストはそう断じた。

「私の家の中に来なさい。

 今はとある魔法の実験中でね。

 もし成果を出せたら、妹さんも治せるだろう」

 返事も聞かずに、ヘイストは自分の持つ邸宅へと歩いていく。

 この怪しい老人に着いていくかはコースト自身の判断だったが、今はわらにもすがる思いだった。

 表玄関おもてげんかんの扉を開ける際にヘイストは、一度振り返った。

 青年が本当に着いてきたかを確認し、手で少し玄関の扉を押さえたあと、さらにおくへと進んで行った。

 閉じていく扉をまた押さえて、コーストも老人の後を追いかけた。

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