第58話 帝都潜入

 帝都に潜入した僕たちが見たのは、とても奇妙な光景だった。


「な、なあ、これどうなってんだ」


「分かるわけないでしょ……」


「催眠術にでも掛かってるのかな?」


 帝都全体を霧が覆い、人々が宮殿までの道のりを列をなし並んでいたのだ。

 

「催眠術か……遠からずだな」


「で、これどうするの?」


「ここに居ても、何も分からない。僕たちも宮殿に行こう」


「うん、なんかその方が良さそうね」


「分かったわ」


 僕たちは宮殿に向かった。




 ——道中、魔族兵とも遭遇したが、戦闘にはならなかった。兵達は列の脇を固め、動こうとはしなかった。


「これ、本当に気味悪いね……魔族も襲って来ないし……」


「そうよね……」


 僕達は、領民にも魔族にも何度も話しかけたが、何も返ってはこなかった。

 ただ、宮殿に近付けば近付くほど霧が濃くなってきた。


 宮殿の入り口まで進むと、1人の魔族が、レストランのウェイターのように、お辞儀をし、僕達を待っていた。



「お待ちしておりました。

ルナ様に、エイル様……わたくし、ウァプラと申します」


 両サイドの髪をツノの様に立てた、イカレタ髪型をしているが、ウァプラの物腰は穏やかで、敵意も感じない。


「ん? 貴方はどちら様でしょうか?」


 この世界で、随分有名になったつもりだが、まだまだらしい。


「ハルトだ」


「ふむ、ハルトさまですか……困りましたね……貴方は賓客のリストに載っておられませんね……」


「賓客だと……?」


「申し訳ございませんが、お引き取り願いませんか?」


「それは、無理だ。僕としてはこのまま押し通ってもいい」


「これはこれは、元気なお方ですね……人間は、言葉の交渉で問題を解決すると聞いておりますが……どうやら貴方は違うようですね」


 しまった……僕とした事が、魔族に礼節を諭されてしまった。


「……これは失礼した……だが、彼女達だけで、この先に進ませる事は出来ない」


「ほう……何故でございます?」


「僕の大切な女性ひと達だからだ」


「伴侶でございますか?」


「い、いや、まだ伴侶では無いが……ゆくゆくはな……」


「ふむ……伴侶ではないと……どうしたものでしょうか……」


「伴侶よ」


「「え」」


「私達は伴侶よ、通しなさい、でなければ、貴方のエスコートはお断りするわ」


『いいよ、通してあげて』


「こ、これは、ベルゼバブ様、本当によろしいので?」


『構わないよ』


「ハッ、ではお言付け通りにいたします」


「ベルゼバブ様がお会いくださるようです。感謝するといいですよ」


 僕たちはウァプラの案内で宮中に進んだ。


 宮中でも人々の列が途絶えることはなかった。

 だが、奥に進めば進むほど、人々から生気が薄れているような気がした。


 僕たちは謁見の間まで案内された。


「ベルゼバブ様、お連れいたしました」


「ご苦労だったね、ウァプラ」


 優雅に玉座に腰を掛けるベルゼバブ、人々の列はここまで続いていた。


「これはこれは、勇者に、ドルイドに……うん……珍客だね」


 俺の事を指しているようだ。


「フッ、そうか君が彼のゲストなんだね、しばらくここで待つといいよ」


「彼……サマエルの事か……」


「「サマエル?」」


「そうだよ、私の数少ない友人だよ」


 やはりサマエルが関わっていた。


「ベルゼバブ、これは何なの?」


 ルナがいきなり本題に切り込んだ。


「おや? その瞳……そうか、君はあの女の末裔なのか」


 あの女?……。


「何をわけの分からない事を言っているの」


「ん、君は真実を知らされていないのか……まあいいだろう」


「そんな事より、この人たちは!」


「ああ、そこの人間どもか……私が直々に面談をしてやってるんだよ」


「面談って……」


「私の家臣として相応しいかどうかだよ、ドルイド」


「家臣ってなんなのよ」


「フフフッ、サマエルがね、私に「邪神の魔石」をプレゼントしてくれたんだ……これを使うと、魔人を作り出すことができるんだよ、なかなかブッ飛んだアイテムだよね」


 僕の罪は確定的だ……。


「でもね、私の家臣は誰でもいいってわけじゃないからね……素質がないゴミはいらないんだよ」


「ゴミだと!」


「おっと、戦神よ、君の相手は私ではない、勘違いしてはダメだよ」


「「戦神!」」


「え、え、え、戦神って……ハルト神様なの?」


「ハルト……そうか今はハルトと名乗っているのか、アーサーソール」


「誰だよ、アーサーソールって」


「君のことだよ、転生していたんだね」


「「「転生?」」」


 ひょんな事から、僕の正体がわかった。

 ファフと共に戦った戦神「ソール」だ。


 うん……なんだ……力が溢れ出てくる……。

 ソールの使っていたスキルの記憶も流れ込んできた。


 もしかして真名を知った事で能力が覚醒したのか……。


「さて、勇者よ……私の妻にならないか?」


「なるわけないでしょ!」


「……そうか、残念だよ……やつの血を引いている、君なら私の子種を宿すのに相応しかったのにね」


 なんだか凄くムカついてきた。


「ベルゼバブ、あんたは子孫なんて残せないわ、今ここで私に倒されるのだから」


「フフフッ……言ってくれるね勇者……」


「格の違いを教えてあげるわ、かかってきなさい」


「舐めた口を……まあいいだろう、そのやすい挑発にのってあげるよ!」


「ルナ!」


「ハルト、エイル、手出しは無用よ」


「で、でも!」


「エイル、結界をお願い、帝都の人たちが戦いに巻き込まれちゃう」


「……わかったよ」


「ウァプラ、君は下がっていなさい」


「ハッ、かしこまりました」


「ルナ!」


「ハルト……」


「負けるなよ!」


「任せといて!」


 僕はルナの戦いを見守る事にした。

 相手は3大魔王の1人、ベルゼバブだ、本来なら1人で戦わせたくない。

 だが、僕はサマエルに備える必要がある。


 姿は見せないが、サマエルの存在は感じる。

 快楽主義のやつのことだ。

 もしかしたら2人の戦いに介入してくるかもしれない。


「エイル僕も手伝うよ」


「ありがとう……えっと……ソール様だっけ?」


「やめてくれ、僕はハルトだ」


「うんハルト!」


 僕はエイルの結界を手伝いながら、探知を張り巡らせ、サマエルを警戒した。


「勇者よ……私は君との戦いに因縁めいたものを感じるよ」


「……あんたはさっきから、何がいいたいの?」


「そうだね、私は君よりずっと長く生きてきたんだ、色々あったのだよ」


「年寄りの昔話に付き合う必要なんてあるのかしら?」


「煽るね、勇者、もしかして私を恐れているのかな?」


「冗談言わないで!」


 先手はルナだった。

 青白いオーラに包まれ、聖剣グラムで斬りかかかる。


 ベルゼバブは一合目を、三叉槍で防いだ。


「おや、その光……君はソールの伴侶だったのか?!」


「え、ハルト、どういうこと?!」

 即座にエイルが反応した。


「え、どういう事なんだろうな……」


 なんで、オーラだけで分かるのだろう。


 動揺をあらわにする僕をよそに、ルナはベルゼバブに攻撃を続ける。


 ルナの剣さばきはいつ見ても鮮やかだ。

 だが、ベルゼバブは苦もなくルナと打ち合う。

 やはりこれまでの魔王とは格が違う。


 ルナはベルゼバブと少し距離を取り、剣の衝撃波を打ち込む。

 ベルゼバブは、衝撃波を三叉槍で薙ぎ払う。ルナはその隙に、ベルゼベブの懐まで飛び込み、グラムで斬りあげるも、すんでのところで、かわされる。


 見ているだけで、ヒリヒリする攻防だ。


「今度は私から行くよ!」

 ベルゼバブが三叉槍で、連続突きを繰り出す。

 ルナはこれを紙一重でかわす。

 

 もしかするとこの戦いこそが頂上決戦なのかもしれない。


 ルナもベルゼバブも後方に飛び、お互いに距離をとった。


 ベルゼバブの頬から血が流れ、ルナの腕にも血が伝う。

 ルナは避けているだけかと思ったのだが、きっちり反撃していた。

 そして全て避けきっているかと思えた、ベルゼバブの攻撃はルナをかすめていた。


 本当にしびれる戦いだ。


「ハハハ、楽しいね! 楽しいよ! さすが奴の血を引くだけのことはあるね!」


「……あんたさっきから、一体何を言ってるの? 私、あんたと会うのはじめてよね?」


「ああ、君と会うのは、はじめてだよ……でも君の始祖の事はしっているよ」


「私の始祖?」


「そうだよ、君こそが魔族の頂点にたったあの男、ルシファーの末裔なんだからね」


『『えっ』』


 ルナが魔王ルシファーの末裔……。

 ベルゼバブから衝撃の事実が伝えられた。

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