第52話 ファフニール

 小さい方が素早さは上、単純にそう思っていたが、ドラゴン相手にその考えは通じなかった。的は大きいのだが飛行速度が速くて、なかなか捉えきれない。その飛行速度を活かしたドラコンの攻撃は速さと鋭さを兼ね備え避けるのも一苦労だ。


 巨体故に、旋回に時間がかかってしまい、連続攻撃がないのが唯一の救いだ。


 僕はサマエル戦で会得した加速魔法と瞬間移動を駆使し、ドラゴンの懐に入りヒットアンドウェイを繰り返した。


「もう!ちょこまかちょこまかと!だるいやっちゃ!」


 嫌がっているようだが、そんなに有効打にはならない、一進一退の攻防が続いていた。


「あーほんまマジムカつくわ!!!謝んのやったら今のうちやで!!!」


 ドラゴンは単純な飛行攻撃を止め、四肢による攻撃に加え、尻尾を使った攻撃も織り交ぜてきた。僕は尻尾のリーチがわからず、1発モロに食らってしまった。

 

 遠心力の加わった、その打撃は、これまで食らったどんな攻撃よりも重かった。森の中央にいた筈なのに、皆んなが待っている森の端の崖まで吹き飛ばされてしまった。


「師匠!」「ハルト!」「ハルト様!」


 皆んなの声は届いたが、返事をしている余裕はなかった。僕はそのまま瞬間移動で、ドラゴンの後方に移動した。


「こっちだ!」


「何やて!?」


 振り向きざまのドラゴンの顔面に、勢いをつけた渾身の1発をくれてやった。


「いてぇぇぇぇ!!!!」


 クリーンヒットした一発は自分で思っていたよりも威力があり、僕と同じくドラゴンも勢いよく吹っ飛んで行った。しかも同じ方向に……場所が悪い……そっちの方向には皆んながいる。


 皆んなを抱えて瞬間移動、皆んなの元へ移動してドラゴンを受け止めるの2択で、僕は後者を選択した。


 瞬間移動で皆んなの元へ移動し、ドラゴンを受け止めた。


「ぐっ!」


 ドラゴンの重みと加速で衝撃が半端なかった。だが伝わって来たのは衝撃だけでは無かった。


 走馬灯のように色んなイメージが頭の中に入ってくる。


 ドラゴンとの出会いのシーン……

 ドラゴンの背に乗って飛んでいるシーン……

 ドラゴンと共に巨大生物と戦っているシーン……

 黒髪の美女と食事しているシーン……

 黒髪の美女と肩を並べて戦っているシーン……

 そして……これは……僕が看取られるシーンなのか……


 これはもう1人の僕の記憶なのだろうか、それともこれからの未来視なのだろうか、どちらにせよ、このドラゴンと僕の間には浅からぬ縁があるようだ。


「し、し、し、師匠……」

「皆んな大丈夫か?」

「は、はい、師匠こそ!」

「僕は……まだまだ元気だ」


「め……滅茶苦茶ですね……」

「ええ……」


 この場から離脱する為、ドラゴンを投げ飛ばそうとしたした刹那、ドラゴンは眩い輝きを放ち、人化した。さっきのイメージに登場した黒髪の美女だ……


 腰まで伸びた長い黒髪、青い瞳にモデルのように整った顔立ち、この顔でもあの喋り方なのだろうか……


「アーサー様」


 僕のことをそう呼び、彼女は僕に抱きついてきた……一糸纏わぬ姿で……僕の心臓は爆速でビートを刻み始める。


「「「えっ!」」」


 皆んなも驚いたが、1番驚いているのは絶対に僕だ。ドラゴンがこんな美女だとは思っていなかったし、抱きつかれるとも思っていなかったし、知らない名前で呼ばれると思っていなかった。極め付けはマッパだ……誰がこんなシチュエーションを想像出来ただろうか。


「ハルト様……貴方はまた新しい女性とそのような関係に……」

「いや、見てたよね今の」


「ハ……ハルト、不潔!」

「これは事故だ!」


「流石師匠です、一応ディアナに報告しておきますね!」

「僕は無実だ!」


「アーサー様……」


「僕はハルトだ」


「私には分かります……アーサー様……生きて再びまみえる日が来ようとは……」

 彼女は僕の胸で泣きだした。何とも言えない空気になってしまった。この空気とは関係ないが、人化した彼女が関西弁でなかった事に、ホッとした自分と残念に思う自分がいる。


 ___「改めまして、アーサー様、ファフニールです。昔のようにファフとお呼びくださいませ」


「「ファ、ファフニール!!!」」


「ステル、ラグイン、2人は知ってるのか?」


「師匠……知ってるも何も……神話に出てくる神竜じゃないですか……知らなかったんですか?」


「邪神を討ち滅ぼした後、何処いずこかへ去って行ったと伝えられております」


「あーしは、知らなかった……」


「僕も知らなかった、ファフニール、お前はその神話の神竜なのか?」


「はい、アーサー様」


「そうか……だがファフニール、僕はアーサーではないぞ」


「ファフです、アーサー様」


「……ハルトだ、ファフ……とりあえずこれを羽織ってくれ、目のやり場に困る……」

 空間収納から適当な上着を見繕って彼女に渡した。


「アーサー様は相変わらず照れ屋さんですね」

 ちょっとドキッとしてしまった。しかし……


「なあ、アーサー様はやめてもらえないか?それとアーサーって誰なんだ?」


「アーサー様はアーサー様です!」

 押し問答が続く。


「分かったよファフ、アーサーの件は一旦置いておこう。ファフは何故あんなところに居たんだ?」


「勿論、アーサー様をお守りする為ですわ」

 意味が分からない……


「何故、あんな所に居ることが、アーサーを守ることになる?」


「アーサー様が眠っておられるからです」

 何となく察っしがついた。


「そうか……ファフはこれからもその場所で、アーサーを守るのか?」


「いいえ、アーサー様とご一緒します!」

 まあ、そうなるだろう。


「どうしたものかな……」


「我が君、ここは私にお任せください」

 突然のフレイの登場に皆んな呆気にとられていたが、ファフだけは違った。


「フレイ!!!!」

「久しぶりね、ファフ」


「我が君は一旦砦に戻ってご報告をしてきてください、ファフの出現にきっと兵士達も驚いているはずです」


「あ……ああ、そうだな」


「終わったら念話しますので、迎えに来てください」


「了解だ」


 僕は3人を伴い、砦に戻った。案の定、ドラゴンの出現に砦は混乱していたが、ステルが事情を上手く説明し、平静を取り戻した。僕たちは砦で休憩を取ることにした。


「師匠……ファフニール様どうされるのですか?」

「どうも何も、連れて行くしかないだろうな……」

「また、ハーレム要員ですか……」

「なっ、ラグインなにを……」

「さっきの美しい女性の方は誰なのですか!?」

「あーしも気になる!」

 話が逸れて行く……


「フレイは剣神、僕の神剣に宿る神だよ」


「「「へ」」」


「神剣には神が宿るんだ、後で本人に聞くといい……それよりもファフニールについて知っていることを教えて欲しい」


「神話の出来事なので詳しくは分かりませんが、ファフニール様については、戦神ソールと共に邪神達と戦った記述が残っています。中でも邪竜ヨルムンガンドを倒した話しは民間でも語り継がれている有名な神話です」


「そうなのか……ファフニールと一緒に戦った戦神ソールってのは?」


「ファフニール様と共にヨルムンガンドを討ち、平和の礎を築いた神だと伝えられております」


「因みにその神話に、アーサーと言う神は出て来るのか?」


「いいえ、神話の前半は戦神ソールとファフニール様のご活躍が記され、後半は戦神ソールの後を受け継ぎ、世界を平和に導いたフレイヤ様のご活躍が記されていて、アーサーと言う神は登場しなかったと記憶しています」


「そうか」


「因みにハルト様のレーヴァテインとクレイヴソリッシュは、神話の中でフレイヤ様の剣として記されています」


「なるほどな、王立図書館に行けば神話に関する書物は沢山あるのか?」


「その手の書物は聖皇国の方が圧倒的に豊富ですね……ですが、聖女様が管理しておりますので、まずは聖女様の許可が必要です」


「シェラの許可か……何か根掘り葉掘り聞かれてそうだな……」


「シェラ……まさか、聖女様まで……」


「いや違うぞラグイン……シェラとはそんな関係ではないぞ」


「ハルト……見境ないんだね……」


「流石師匠!ディアナに報告しておきます!」


「だから、違うって……」


『我が君、迎えに来ていただいてもよろしいですか?』


「フレイから連絡が入った、迎えに行ってくる」


 丁度いい助け舟だ。2人を迎えに行くと、ファフは何故か巫女服のような和装になっていた。


「似合うじゃないかファフ」


「ありがとうハルト」

 ……ハルト……さっきまで頑なにアーサーと呼んでいたのに……


「我が君、如何されましたか?」


「いや、ファフがハルトって」


「アーサー様ではなく、ハルトなのでしょ?」


「フレイから話を伺って理解しましたわ」


 やられた……これもきっともう1人の僕、つまりアーサーの意識なのだろう。間を置かずにもっと色々聞いておけばよかった。


 答えには自分でたどりつく必要があるようだ。神話について詳しく調べる日はそう遠くない。

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