第44話 修羅場

 誰が想像したであろうか、こんな展開を……まさかの出来事である。僕がこのポイントを選んだのは、人通りが少ないからだ。しかし、瞬間移動したその先には……


「ハル?」「ハルト?」


「ドリー……ディアナ……」


 ドリーとディアナがいたのだ。


「ハル……随分雰囲気が変わったね……」


「ああ、色々あってな」


「伯爵、そちらの美しい女性の方達は?」

 伯爵……ディアナは明らかにトゲがある。


「あ……そ、そうだな、紹介するよ」

 

「こちら、勇者ルナ、勇者ロラン、ドルイドのエイル、賢者レヴィ。で、こちらはディアナ王女、マークアップ侯爵令嬢ドリー姫だ」


 紹介していて凄い面々が一堂に介していると思った。


『『『えええええええええっ!!』』』


 いくら自分がビッグネームでも、他のビッグネームに会うと驚くらしい。


「は、はじめまして、ディアナ王女、ドリー姫」

 いつもながら口火を切るのはルナだ。て言うか……やっぱり似ている。ルナとディアナは双子のようだ。

「「「はじめまして、ディアナ王女、ドリー姫」」」

「「はじめまして」」


「勇者ルナ様、初対面で失礼ですが……私とルナ様はよく似ていますね」


「私も思ってました……とても他人とは思えません」

「確かにルナと似てるな、クリソツだぜ……」

「そうね、髪と目の色ぐらいしか、違いが分からないね」

「本当だな……」


「妙に親近感がありますね、これも何かの縁、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


「ハル……何故ここに?何故勇者様達と……髪の色は?本当にハルなの?」

 ドリーの反応は凄く当たり前だ。学園では誰にも声をかけられなかった程変わったのだから。


「グーテンベルクに行くのに、ここを経由しようと思ってな、髪の色は魔王と戦ってる時になっちまったんだ」


「「まっ……魔王!!!」」


「聖皇国に魔王がいたのですか?」

「ああ、アバドンってやつがな」


「き、きっと熾烈な戦いだったのね……」

「ま、まあな」


「倒したのですか?」

「倒したよ、そのうち皇国から発表されるよ」


「たった数日の間にまた凄いことを……」

「まぐれだよ、まぐれ」

「まぐれで魔王は倒せませんよ……」


「ま、そんなわけだ」


「皆様、立ち話しもなんなので、宜しければ王宮へ参られませんか?兄上達や父上も喜ばれると思いますので」


「あーでもな、今から立たないと、夜になっちまうからな……」


「あら、いいじゃない。折角のお誘いだし、私もイロイロ聞きたいし」

「そうね、私もイロイロ聞きたいわ」

「そうだぞ、折角のお誘い無下に断るのも良くないぞ」

「ウチは行きたい!行ってみたい!行く!」


「皆様そうおっしゃってますよ、伯爵」

 伯爵……満面の笑みだが、威圧にしか感じない。


「まあ、皆んながいいなら、いいか……」

 最悪、遅くなってもこっちにも屋敷があるし、瞬間移動で仕切り直してもいい。


 僕たちは、ディアナに案内され、王宮へ向かったのだが、この面々で王都に入ると、もの凄い騒ぎになってしまった。


「勇者ルナ様よ!」「ロラン様も、エイル様も、レヴィ様も居るぞ」「王女様も、ドリー様も一緒だ」「皆んな綺麗」「ルナ様とディアナ様、良く似てらっしゃる」「あの男誰?」「でも、なんかワイルドで格好良くない?」「もしかして、王国の剣聖ハルト様じゃない?」

 大歓声が僕達を包み込む。僕については面が割れていなかったことが災いした。剣聖に相応しい風貌になってしまったからだ。


 しかし皆んなはこの辺の所作に慣れている。自分がその立場になってやっと気付いたが、これはこれで大変だ。芸能人や政治家が高収入なのも頷ける。


 予告なく勇者一行が来たものだから、王城に入っても騒めきは続いた。


「勇者様だ……」

「みんな可愛い!」

「王女とそっくりだな」

「あの男誰だ?」

「噂のグーテンベルク伯爵じゃ?」


 ディアナは周りの様子など気にする事なく、謁見の間までずんずんと進んでいった。


「お父様、お兄様」


「お、ディアナ……その方々は」


「伯爵と勇者様達です」 


「な、何!勇者様だと」


「陛下、御初お目に掛かります。勇者ルナでございます」「ロランです」「エイルです」「レヴィです」


「これは、よくお越し下された。で、そちらの方は?」

 やっぱり気付かれなかった。


「……ハルトです……」


「ハルトくんか!」「え、ハルト!」「し、師匠!」


「し……しかし、2、3日見ない間にその変わりっぷりは……何が有ったんだい?」


「魔王アバドンと戦われて勝利したらしいですよ」


「「「な……」」」

 謁見の間から歓声が上がった。


「詳しくは、皇国から発表があると思います」


「流石、師匠ですね!」


「ハルト、今日はその報告できたのかな?」


「違います、今日はグーテンベルクに向かう道中に、ディアナ王女とドリー姫にばったり出会っただけです……しかし、報告したい事は別にあります。準備が整い次第、改めて報告いたします」


「そうか……楽しみにしているよ」


「お父様、例のお部屋をお借りします」


「うん、分かった」


「では、皆さん、参りましょうか」

 僕達はディアナに導かれるまま、謁見の間を後にした。


「……父上、ディアナのやつ……」


「うん……荒れていたね……」


「これは、修羅場ですね……」


 ディアナに王族御用達の例の部屋に案内された。以前来た時は、手狭と思っていたがこの人数でも圧迫感はない。やはり相応の広さだったようだ。


 僕にとっては重いこの空気の中で、口火を切ったのはディアナだった。


「皆さん、私はいずれ、伯爵を夫として迎えたいと思っております。皆さんは伯爵の事を、どう想ってらっしゃるのですか?」


 ディアナの宣戦布告だ。


「それは、駄目だぜ王女様、ハルトはウチを幸せにしてくれるって約束してくれてるしな」


 まずはレヴィが応戦した。真実ではあるがニュアンスが少し違う。


「し……幸せに……ハル……本当なの?」

 ディアナより先にドリーが反応した。


「ああ、本当だ」

 ニュアンスは違うが本当だ。


「……あのキスは嘘だったの?……」


『『キス?!』』

 僕の記憶が確かなら、そのキスはドリーが、お礼だってしてくれたものだ……


「伯爵……ドリー……それは……どう言う事……」


「へーキスしたんだー私も詳しく聞きたいなー……教えてねハルト」

 また、エイルか壊れそうだ。


「私にも詳しく聞かせてくれ……」

 ロランの肩が震えている。心なしかオーラが漏れている。怖い……


「確かにした、ドリーとキスした、でもあれは……お礼だって……」


「アンタへのお礼はキスなんだ……」


「い……いや、そう言う?!」

 ルナが僕の唇を奪った……ドリーと交わしたライトなものではなく、ディープな感じで……


「あ……アバドンから助けてくれた……お礼よ!」


「う……うん」

 呆然としていた僕に、今度はエイルがキスをした。


「あの時のお礼、したかったの……来てくれてありがとうね」


「う……うん」


 続いてロランも……


「今の私があるのはハルトのおかげだ、わたしもずっとお礼がしたかったのだ」


「う……うん」


 当然のごとくレヴィも……


「いつも気付かない間に助けてもらってるよな、それでもウチは感謝してるぞ」


「う……うん」


 何とも言えない空気になってしまった。こんな美女達に入れ替わり立ち替わりキスをされるのは、男としては割と夢だ。舞い上がりそうな気持ちと背徳感と罪悪感……僕の感情も空気と同じく何とも言えないものになっている。


「は……伯爵はやっぱりおモテのようですね……」


「い、いや……モテとかじゃなくて」


「あの時の言葉は嘘だったのですか……」

 ディアナが泣き出した。

「一緒に時を重ねて行こうって言ってくれたのは……」


「あ、いや、それは……」

 もう、たじたじだ。


「ハルは……そんな人だったんだね……」


 どうしよう…………


「分かりました……私とドリーもグーテンベルクに一緒に行きます」


『『え』』


 どう分かったのだろうか……


「宜しいですね?皆さん」


 ディアナはそう言うと、僕の唇を奪った。


「私も、ハルトには幾らお礼を言っても足りない恩義があります。それに、私だけしてないのは不公平です」


「う……うん」


 僕は完全に思考が止まった。もう、どうすれば良いのか分からない。


「いいわ、ディアナ王女もドリー姫も一緒に来る権利があるわ」


「私もそれでいいよ。まだまだ、これからだもんね」


「私も、異論はない……負けるつもり無いがな」


「何かそっちの方が楽しそうだしな!ウチもイイぜ」


「私、行きます、ハルを正しい道に導きます!」


「決まりですね」


 当事者を無視して話がどんどん進んでいった。これが散々ウンディーネに忠告されて、何もして来なかった結果だ。ぶっちゃけ僕にとっては都合良く事は運んでいるように感じるが、僕の常識で照らし合わせていれば終わっていたかもしれない……非常に心臓に悪い出来事だった。

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