第35話 覚醒

 悪夢のような光景だった。強大な魔物に蹂躙される冒険者達、助けを求める者、抗う者、阿鼻叫喚とはまさにこの事だ。どれだけの生存者が居るのかも不明だ。


 強大な魔物は、ミノタウロス。牛頭のマッチョ巨人だ。1頭でも倒すのが困難だと言われているミノタウロスが、群れをなして冒険者達に襲いかかっていた。しかも魔族も混ざっている。勇者クラスでなければ太刀打ち出来ない魔族にミノタウロス。


 この絶望的な状況に、エイルは助けを求めたのだ。

 

「エイル!」

 僕はエイルに襲いかかっていたミノタウロスの集団を、全て斬り伏せた。


「は……ハルト……」酷い負傷だ。


「いま治しますから」エイルに全回復をかけた。


「あ……ありがとう、でも何故?」


「エイルの声が届いたからですよ……しかし、この状況は一体?!」


「分からない……気付くと魔族に囲まれていて……」

 エイルも混乱していた。まずはコイツらを何とかすることが先決だ。エイルの目と鼻の先にロランとレヴィの姿があったが、2人も激しく負傷していた。


 エイルの周りのミノタウロスを駆逐しつつ、ロランとレヴィの元へ向かった。


 しかしミノタウロスの数が多すぎる、ロランとレヴィは魔族の相手もしている。このままでは危ない……。この場にルナが居ないのも気になる。


 僕はこの状況を打破するためにインヴィンシブルを使った。


 フレイヤ様に聞いていた通りだった。僕は静止した時の中でミノタウロスと魔族を次々と斬り捨てた。どれほどの数を斬り倒したか分からない……だが、ここにルナは居なかった。嫌な予感がする……僕は瞬間移動でルナの元へ向かった。



 嫌な予感は的中した。



 ルナが、魔族の凶刃に胸を貫かれていた。



 ルナを助け出し、魔族を蹴り飛ばして距離を取ったところでインヴィンシブルの効果が解けた。僕は急いで全回復をかけたが発動しない。インヴィンシブルの副作用だろうか。


「ルナ!ルナ!」


「……は……ハルト……」


「今、エイルの所に連れていくから!」

 ルナを抱きかかえ瞬間移動でエイルの元へ向かおうとするも、発動しない。これもイヴィンシブルの副作用なのだろうか。


「くそ!なんでだよ……なんで……」


「ハルト……こ……あぶ…な…」


「ダメだルナ喋っちゃダメだ」


 僕はルナを抱きかかえ、退路を探った。探知も使えなかった。フレイヤ様に頂いたスキルが一通り使えなくなっている感じだった。辺りを見回し、通路を一つ見つけたので急いで駆け出した。身体中が痛くて鉛のように重い、だが弱音を吐いている場合じゃない。


「ぐあっ……」


 背中に強い衝撃が走った。さっき蹴り飛ばした、魔族の放った魔法が直撃した。衝撃に耐えかねて、その場に崩れ落ちた。


「ウォータープリズン!」

 フレイヤ様のスキルと無関係のウォータープリズンは発動した。なんとか魔族を閉じ込める事が出来たが、今の僕のウォータープリズンがいつまで保つかは分からない。


「は……ハルト……に……にげ……わ……たし……おいて」


「馬鹿言うなよ……出来るわけないだろそんな事……」

 ルナの顔から見る見る血の気が引いていく。


「……は……ハルト……ぐふっ」ルナは激しく吐血する。


「さ……最後に……あえ……て……よかった……」


「やめてくれよ、ルナ……最後とか言わないで……」


「ハルト……ス……スキ……だ……よ……」

 ルナは僕にそう告げると、満足そうな笑顔で瞳を閉じた。


「ルナ……こんなタイミングで……卑怯だよ……」


「な…なあ…ルナ……嘘だろ……ルナ……ルナ!!!!!!」





 目の前が……





 真っ赤だ……


 



 ルナが死んだ?





 そんな現実を僕に受け止めろと言うのか?……


「ぐっ……」


 また、負の感情に支配されそうになったが…………


「ぐおぉぉぉぉっ!」


 今回は踏み止まる事ができた。負の感情を受け入れるのは、ルナの死を受け入れるのと同義だ。そんな事出来るわけない。


 あのルナだぞ……


 認めない……


 認めない……認めない……


 認めない……認めない……認めない……


 認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めない!!!


 認めない!


 こんな事実、認められない!


 ルナが……


 ルナが……


 ルナが……ルナが居ない世界なんて、僕は認めない!


「僕はルナの居ない世界を認めないぞ!!!!!」


 僕の中で何かが弾け飛んだ。


 僕とルナを蒼白い光が包む。


(な……なんだ?これは?!)


 光が輝きを増すと、全身に耐え難い痛みが走った。


「ァッッッッッッッッ!!」


 僕は声にならない声で叫んでいた。この痛みはいつまで続くのだろうか?この時が永遠と錯覚する程、痛みは激しいものだった。


 やがて、痛みが止むと僕は自分自身の変化に気付く……


 力が溢れ出ていた。


「これは……?」


「ガハッ!」


「!!!」ルナが吐血した。生きてる?


 僕は再度、全回復を使ってみた。


 ルナの傷がみるみる回復していく。


 僕はこの瞬間を生涯忘れない。こんなにも嬉しい事は、恐らく2度と無いだろう。心の底から神に感謝した。


「ルナ!」


「はっ……ハルト?!」


「良かった……」


 僕はルナを抱きしめた。


「ハルト……あなたがどうして……わっ……私は……確か……」


 その時、僕の背後で大きなエネルギーがはじけた。


「主様、おめでとう、先ずは第一段階卒業じゃのう」


「我が主よ、イチャラブはもう少し先になりそうだぞ」


 レーヴァテインとクレイヴソリッシュが顕現して、魔族の攻撃から守ってくれたようだ。


「あっ……アンタ達は一体?……」


「勇者よ話しは後じゃ……主様、先ず、ヤツを倒して来るのじゃ」


「あっああ、分かった……」


「さあ、ワシらに命じるのだ」


「こい、レーヴァテイン、クレイヴソリッシュ!」


 レーヴァテインとクレイヴソリッシュが剣化した。今までよりも大きな刀身で、溢れ出るエナジーも比較にならない。


「ハルト!気を付けて、そいつは魔王、アバドンよ!」


「ま、魔王……」


 どんな手を使ったのか知らないがルナを追い込んだんだ。そのクラスでなきゃ困る。


「なんだ貴様は……今一歩のところを」


「今一歩じゃねーよ……どんな手を使ったのか知らないが、真面まともにやりあってお前がルナに勝てるはずねーだろ」


「言ってくれるな、人間……うん?……お前は人間か?」


「知るかよ、無駄口叩いてないでとっとと掛かってこい」


「生意気な奴め……後悔するなよ!」


 アバドンが猛スピードで正面から仕掛けて来た。僕は懐かしの名アニメの白いやつと青いやつの対決をイメージし、クレイヴソリッシュで、アバドンの両腕を斬り飛ばし、レーヴァテインで胸を貫いた。


「ガハッ……ば……馬鹿な……こんな……」


 クレイヴソリッシュで、アバドンの首をはねた。


 僕は探知で、周囲を調べた。探知の範囲も精度も格段に上がっていて、手に取るように皆んなの居場所が、分かった。どうやら皆んなは壁を隔てた隣の大空洞にいるようだ。


「ハルト……本当にハルトなの?」


「え……そうだけど、何で?」


「髪の色も変わってるし……喋り方が」


「まじか、あっあれ、本当だな……なんでだしょ」


「なんか、余計おかしくなってるし……無理しなくていいわよ」


「分かった、そうするよ……一時的なもんかも知れないしな」


「ほら、これ見て」ルナが鏡を見せてくれた。


「ななななな、何じゃこりゃ!!!」


 髪が部分的に白くなりメッシュが入ったみたいになっていた。あの痛みのせいで一部白髪化したようだ。


「……とりあえず、みんなの所へ戻ろうか……」


「そうね……色々聞きたいことはあるけど、まずは合流しないとね」


 僕は壁に手を当て、魔力を込めた。理屈はわからないが、こうすると壁を粉砕出来ると思ったからだ。壁は思った通り粉砕され隣の大空洞へ繋がった。


「アンタ……更に何でもありになったわね……」


「そっかな?」


「ハルト!」「ルナ!」


 エイル達がこちらに気付いた。そして冒険者から歓声が上がった。


「2人とも無事か?!司教様は?!」


「無事よ、司教様は……魔王アバドンが化けていたの、その魔王アバドンもハルトがあっさり倒しちゃったわ」


「まっ……魔王!!!」

 冒険者から更に歓声が上がった。


「そっちは?」


「こっちも、ハルトがアッという間に倒した……」


「あの数を?!」


「そのようだ……私が気付いた時にはもう、ハルトはここには居なかった」


「ハルト……アンタ何やったの?て言うか何でここにいるの?マイオピアからここまで10日はかかるよね?」


「あーあれだ、瞬間移動だよ」


『『へ』』


「エイルから「助けて」って念話が入ったもんだから、そのまま瞬間移動で駆けつけたんだよ」


『『念話!』』


『これだよこれ……みんな聞こえるだろ』


「「「「聞こえた!」」」」


「そんな便利な能力もってたの?」


「んーまあな、発動条件があるから誰にでも使える訳じゃないけどな」


「つか、ハルト、キャラ変わってね?喋り方も見た目も……何つーか……更にイケメンになったな!」


「サンキューレヴィ、なんかさっき、頭の中で何かがはじけて……それからおかしいんだ」


「そのままでもいいかも……男らしい!」


「ありがとう、エイル……でも歳下なのに生意気じゃねーか?」


「そんなことないよ!」


「そっかそっか」


「まぁ兎に角……街に戻ったら色々聞かせてもらうわ」


「そうだな……回復してやったから怪我人はいないが……」


 100人の精鋭で臨んだ大模調査でだったが、半数以上の命が奪われた。王都の事件との関連性は今のところ不明だ。どうやら遺跡の調査自体は本当で、過去に類を見ない規模の大迷宮の探索だった。ここに到達するまでに、3日を費やしたらしい。


『主様よ、この迷宮はこの下の階で終わりじゃ。下の階には奥の部屋にある、階段から降りられる。そこにデュランダルがあるのう』


『デュランダル?』


『聖剣じゃよ』


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