第34話 王国の剣聖

 国王との謁見で破格の恩賞を賜った僕は、例の王族御用達の応接室で、今後について相談を受けてもらうことになった。伯爵としての振る舞い、領地の運営、分からない事だらけだ。


「まさか、爵位と領地をいただけるとは思ってませんでした」


「ハルトくんの活躍からすれば、まだ足りないぐらいだよ」


「恐れ入ります」


「ハルトにはディアナやステルも助けてもらったしね……王家が君に受けた借りは大き過ぎるよ」


「バイルス……」


「そんな私情を抜きにしても、父上の言う通り、今回の活躍からすれば少ない方だよ」


 しかし……僕にも事情がある。


「陛下、バイルス……政治的な意義が大きいのも分かっているので、この恩賞を受けましたが、僕はまだ学生で、勇者パーティーの一員でもあります。そんな僕が領主では、まつりごとが疎かになってしまうかも知れない不安があります」


「それについては、大丈夫だ、僕の優秀な腹心を2人、君に付けるよ」

 バイルスから願ってもない申し出を受けた。


「本当ですか!ありがとうございます。助かります!」


「今夕、君の所領の首都に当たるグーテンベルグに発つ予定だよ。もし会って直接話がしたいのなら急がないとだね」

 今夕……根回しにしては早過ぎる。完全な領主と言うよりは直轄地の神輿的扱いなのかも知れない。


「それは是非、お願いできますか?」


「分かった、すぐに手配しよう、少し失礼するよ」バイルスが中座した。


「君に所領を与える件については、バイルスがえらく推してね……何か新しい施策を打ち出すかもしれないと言っていたが、実際のところはどうなんだい?」


「領主になるなんて考えてもみなかったので……ぱっとは思い浮かびませんが……産業の把握と検地を行なって現状把握ですかね」


「案外地道なところから着手するんだね……」


「色んな事をなるべく数値化して、根拠の無い判断は避けたいんです」


「これはラグインとシュボードは大変だな」


「もしかして、その方々が?」


「そうだ、君の腹心となる者だ。内政面はラグイン、軍事面はシュボードに相談するといい」


「ありがとうございます」


 程なくして、バイルスが2人を連れて戻ってきた。入れ替わるようにメディア王は執務に戻っていった。ブロエディ卿の事後処理で大変な時に、わざわざ時間を割いてくれた事に感謝だ。


「ラグインでございます」

「シュボードです」


「ハルトです。よろしくお願いします」


 ラグインは秘書風の物静かな美しい女性で20代後半から30代前半といったところだろう。シュボードも年齢はラグインと変わらなさそうだが、がっちりとした体つきだ。脳筋じゃないことを祈ろう。


「まず、シュボードにお伺いします」


「はっ」


「我が領内で、徴兵以外の兵士の割合はどれぐらいでしょうか?」


「徴兵以外……専属軍人ですね」


「はい」


「1割弱ではないでしょうか……」


「今のところの総兵力は如何程でしょうか?」


「多くて10万です」


「わかりました。まずは専属軍人6万を目指しましょう」


「専属軍人6万!我が領内だけでですか?!」


「はい、お金も時間も結構かかると思いますので、それぞれを試算しておいてください」


「は……はい!」


「ちなみに、戦のないときは、どうされるのですか?」


「訓練と領内の治安向上にあたらせます」


「承知いたしました」


「ラグインは検地を行い年間の収支見込みと、6万の兵団を年間維持するのにかかる費用を算出してください」


「け……検地でございますか?」


「はい、無理に領民に協力を仰ぐ必要はありません。ラグインの見立てで結構です」


「はい、承知いたしました」


「お2人に……基本方針は富国強兵ですが、侵略は行わず、兵の主な役割は自衛です。増収は官民一体となって取り組んでいきます。そのためには公費をどんどん投入するつもりです」


「「はっ!」」


「もし、お二人の手に余るようでしたら、領民から人材を登用して下さい」


「貴族でなくてもよろしいのでしょうか?」


「はい、平民でも能力のある人間は積極的に登用してください」


「「承知いたしました」」


「僕もなるべく顔は出すようにしますので、よろしくお願いいたします」


「「はっ!」」


「ハルト……君はどこかの領主だったのかい……」


「そんな事、ありえないですよ」


「とてもそうは見えないね……」

 歴史を勉強していれば誰でも思い浮かぶ範囲だ。


「いやいや、まだ運営もはじまっていないですよ。お褒めの言葉は結果を出してからでお願いします」


「そうだね、期待しているよ」


「はい」


「あ、そうだった、帰る前にディアナが君に会いたいらしい、もう少し時間いいかい?」


「大丈夫ですよ」


「では呼んでくるよ、ハルトはここで待っていてくれ」


 バイルスはラグイン、シュボードを連れ立って退出した。領主になるのはまさかの展開だけど、僕にとっては都合がいい。色々な魔道具の開発を、行政単位で行えるからだ。1人で出来ることはタカが知れている。僕が若いうちにアイデアを形にするには人手が必要だ。

 

 瞬間移動が使えるので、学業との両立も何とかなるはずだ。


 コンコン「ディアナです」「どうぞ」


「こんにちはハルト、昨日はよく眠れましたか?」


「はい、おかげ様で」


「ハルトは早速旅立つのですか?」


「そうですね、本来の目的ですし、手ぶらで帰るとマイオピアの先生に怒られてしまいます」


「何だか変な感じですね。剣聖で英雄で伯爵で御領主様なのに先生に怒られるなんて」


「称号が付いたところで、僕自体は何も変わってませんからね」


「ハルトの良いところですね」


「そうですか?」


「そうですよ」


「ありがとうございます」


「ハルト……私はずっとハルトを待ち焦がれていました。ハルトにはたった1日の出来事かも知れませんが、私には5年だったのです」


 なんとも切ない話だ。


「ディアナ……僕、ちょくちょく遊びに来ますよ。一緒に時を重ねましょう」


 ディアナの表情が明るくなった。


「約束ですよ!」


「はい!」


 僕はディアナの夢の話に凄く興味があったので、小1時間程聞かせてもらってから王城を後にした。


 僕の活躍は既に王都中に広まっていた。王国の剣聖が、悪魔公爵ボウラークを討ち取り、ブロエディ侯爵の不正を暴き失脚させた。更にステル王子を教育的指導で恭順させ、ディアナ姫の目も治療した。街中その話題でもちきりだ。


 あまりに現実離れした活躍なので疑う者もいたが、多くの人がこの現実離れした活躍を信じた。皆んなヒーローの登場を待ちわびていたのかも知れない。


 渦中の人である僕は、無名だったので、街を歩いていても誰にも気付かれなかった。剣聖とは程遠い僕の装いも一役買っている。これが元の世界だったらSNSで拡散され一気に有名人になるところだ。


「剣聖さん」


「ドリー、こんにちは」


「もう出発するの?」


「ええ、今日中に聖皇国入りしようと思っています」


「そっか、元々そっちが目的だったもんね」


「そうですよ、なんか大事になっちゃいましたけど」


「ハル、ありがとうね」


「どういたしまして」


「また、王都に来るよね?」


「もちろんですよ、ドリーはそのまま王都で暮らすのですか?」


「うん、私はもう、ずっと王都に居ようかなと思ってるよ」


「王都に来たらドリーを訪ねますね」


「うん、待ってるね」


 ドリーは突然、僕に抱きついてキスをしてきた。キスと言っても唇が軽く触れる程度のライトなものだ。


「お礼よ!」


「え……」


「またね!」


 呆然と立ち尽くす僕に手を振り、ドリーは去っていった。何だが切ない気分になった。


 ウンディーネの言葉が胸に刺さる。ディアナとドリーは僕に対する好意を隠そうとはしない。でも、僕はその好意に応えることが出来るのだろうか。そもそも人を好きになるってどんな感じなのだろうか。


 その人といるとドキドキする。その人が他の異性と接しているとイライラする。その人の事を考えるだけで幸せな気分になる。好きと言う感情がそのようなものなら、僕は皆んなに対して持っている。


 もしかしたら僕はボッチの期間が長すぎて、感情がバカになってしまったのかもしれない。そんな事を考えていると……


『ハルト助けて!』


 念話だ……この声は聞き覚えがある……エイルだ。僕は臨戦態勢をとり瞬間移動でエイルの元に向かった。

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