第33話 大円団

 王城へ戻ると、王宮入り口で、皆んな揃って出迎えてくれた。偉い人達に礼を尽くされると、妙に恐縮してしまう。これが身に付いた習性だ。この世界と言うより、元の世界で身についた習性だ。元の世界の職業格差は、ある意味この世界の身分制度と似ている。


「マークアップ卿、ドリー、ハルト、大儀だった。君達の働きのお陰で、未曾有の危機から王国は救われた。国を代表して君達に礼を言わせて欲しい」


「陛下、勿体なきお言葉です」


「父上……兄上……」

 模擬戦でボロボロになったステル王子が、申し訳なさそうに立ち尽くしていた。


「「ステル……」」


「ステル……お前は早まったことを「ステル王子、本当に後詰め、ありがとうございました!」」

 僕は陛下の言葉を遮った。


「マイオピアを襲撃した魔族も、王宮を襲撃した魔族も、王子の後詰めがある事で、安心して戦うことができ、無事、討ち取る事が出来ました」


「い……いや俺は……「地味な役回りですが、戦略的には重要な事です。ありがとうございます」」

 僕はステル王子の言葉も遮り、バイルス王子にアイコンタクトを送った。


「そ……そうだな、ステル此度の働き見事だった。父上も褒めてやって下さい」

 ナイス、バイルス王子。


「そうだな、ステル……今後は慢心する事なく、王国を支えてくれ」


「は……はい……」ステル王子は大粒の涙を流していた。


 派閥の長を失い、大義名分の旗頭であったステル王子を失うとなれば、プロエディ派は壊滅したも同然だ。これで王国は一枚岩になるだろう。ドリーとの約束も一件落着だ。


「……父上、兄上、俺は目が覚めました。兄上の言った通り、上には上がいました。これからは心を入れ替えて、人を侮らず、敬意を持って接して行きたいと思います」


「「ステル……」」


「父上、兄上、俺は2人の決定に従います。兄上が王位継承した暁には、兄上に生涯忠誠を誓います。師匠の尊敬する兄上や父上を俺も尊敬します!」


「「し……師匠?!……」」


「すみません……その、僕の事です……」


『『…………』』


 ___まあ、予定外のこともあったが、上手くまとまったのでよしとしよう。


「ドリー、約束は守りましたよ」


「本当ね……流石にここまでの大円団は想像していなかったけど……」


「本当に大円団になるといいけど……ね、ディアナ」

 ウンディーネが僕達の会話に口を挟んで来た。嫌な予感しかしない……


「あ……あなたは?」


「私はウンディーネ、まあハルトの女みたいなもんね」

 雑な説明と共に火種が投下された。


「えっ……」


「ドリー、お久しぶりです」


「ディ……ディアナ……もしかして、目が」


「はい、ハルトに治して頂きました」


「えええええ」


「本当かディアナ!お前は本当に!」ステル王子も驚いた様子だ。


「はい、見えます!」


「し……師匠……あんたは何処まで凄いんだ!」


「あなた分かってないわね、ハルトの凄いところはそこじゃ無いのよ」

 やっぱり嫌な予感しかしない。


「女癖よ、女癖」


「な、な、な、なるほど!英雄色を好むと言うやつだな!」

 違うから。


「ハル……話が見えないんだけど……」


「僕もです……」


「父上、閣下、ステル、今晩中に今後の対策会議を済ませましょう」


「そ……そうだな」「御意に……」「は……はい兄上」


「ちょっ……」

 陛下達は近衛を引き連れ、王宮内に消えた。


 この場に残ったのは、僕、ウンディーネ、ドリー、ディアナだ。


「ディアナ……どうしたの?」


「ドリー……あなたはハルトのことをどう想っているの?」


「ど……どうって、まだ出会ったばかりだし、その……」


「じゃあ、ハルトを私の夫として迎えても大丈夫?」


「えっ……そんな話になってるの?」


「なって無いけど、私がそれを望んでるの」


「そ……それは嫌かな……私ディアナみたいに、今すぐ結論は出せないけど、ハルは大切な人よ」


「だってさ、ハルト、あなたどうするの?」


「どうするって言われても……」


「やっぱり本命はルナなの?」


「「ルナ!」」


「ルナって……勇者ルナことでしょうか……」


「そうよ、ルナだけじゃないわ!あなた達のライバルはまだまだ沢山いるのよ!」


「ハルト……」「ハル……」


「はい……」


「「負けないから!」」


「「「え」」」


 ウンディーネが腹を抱えて笑っていた。

 

 ___夜も遅いので2人の姫を王宮まで送り届け、僕は昨日の宿屋に戻った。明日、改めて今回のお礼をしたいとのことで、明朝、王宮に参内することになった。


「あの、ウンディーネ……僕ってそんなに女癖悪いですか?……まだ誰とも何もしてないのですよ?」


「あら、私とキスしたじゃない」


「え、……あれは契約の儀式じゃなかったんですか?」


「誰がそんなこと言ったの?私がハルトとキスしたかっただけよ」


「え……」


「まあ、ハルトは愛の女神の眷属のようなもんだから、仕方ないけどね」


「え……何ですかそれ?」


「少なからずフレイヤの影響を受けるってことよ」


「よく分からないです……」


「今まで出会った女の子達さあ、見事にみんなハルトに惚れてるじゃない?そう言う所よ」


「そうなんですか?!」


「無自覚なのが、タチ悪いのよ……私はハルトにも才能があると思ってるけどね」


「気をつけます……」


「そうしなさい、いつか刺されるわよ」


 昨日は殆ど一睡もしていなかったので、話もそこそこで眠ってしまった。目覚めると、ウンディーネが僕の腕枕で眠っていた。なんやかんやと彼女にも救われている。昨日、ウンディーネが言っていたことはウンディーネ自身にも当てはまるのだろうか。


 ウンディーネの寝顔を覗き込んでいると、彼女も目を覚ました。

「……な……何してんのよ……」


「寝顔を拝見してました……」


「ふーん」


「ぐふっ!」


 ボディーに強烈な膝蹴りをもらった。


「趣味の悪い事してるんじゃないわよ!」

 ウンディーネは顔を真っ赤にしながら精霊界に戻った。僕は身支度を整えて王城に向かった。3日ほどロスしたが、急いで飛べば今日中に聖皇国到着するだろう、なんて事を考えていた。


 王城に到着し、門番に取り次いでもらった「これは剣聖様!少々お待ちください!」何か嫌な予感がする。程なくしてステル王子が僕を迎えに来た。


「師匠!わざわざご足労ありがとうございます!さあ、こちらへ!」


「王子、師匠はおやめください……」「何をおっしゃいます!師匠は師匠ですよ!」

 きっとこの事も原因の一つだろうが、きっとそれだけではない。


「師匠、今日はこの後ご予定は?」


「聖皇国に向かうつもりです」


「へ……」


「もともと聖皇国に行く予定だったんですよ。道中で盗賊に襲われているドリーを見かけて……その流れでこうなっちゃったんですよ」


「流れでこうはならないですよ……普通は……」


「何故でしょうね……」


「つまり今日は、そんなに長居出来ないって事ですか?」


「なるべく、そうしたいですね、予定が3日ほど押しましたので挽回したいところです」


「3日って、師匠……まさか……3日で王都のゴタゴタを解決したって事ですか……」


「それはタイミングですよ、ブロエディ卿が仕掛けるタイミングと、たまたま重なっただけですよ!」


「師匠は謙虚ですね……俺も見習います」

 昨日の事を考えるとステル王子もかなり謙虚になったと思うのだが……


「師匠、扉の向こうが謁見の間になるんで、暫く私語は控えて下さい」


「承知しました」


 謁見の間の扉は、両サイドにいた近衛兵が開けてくれた。扉だけで幾ら掛かっているのだろうと考えてしまう僕は俗物だ。


 国王との謁見の作法なんて分からないので、ステル王子を真似た。


「剣聖ハルト殿」誰のことだ。


「此度の働き、見事だった。君の働きが無ければ、この王都、いやバイラル王国はどうなっていたのか、想像もつかない」


「ありがたきお言葉です」これでいいのかな?


「今朝方、マイオピアからも報告が入った……積年の仇敵である、ボウラーク公爵とその配下33名を討ち取り、マイオピアを守ってくれたそうだな」


「はい」

 謁見の間が騒つく。


「そればかりか、キャズムではドリー嬢を守るために、40名もの盗賊の逮捕に協力し、侯爵級の魔族を討ち取ったと聞く……間違いないか?」


「はい」

 謁見の間の騒めきが更に増す。


「ハルト殿は王国に仕えているわけではないが、これ程の功績に対し、なんの恩賞も無しと言うのは、私の気がおさまらないし、王国の恥だ。もちろん、ハルト殿の獅子奮迅の活躍を見ていた者も、同じ想いだろう、バイルスはどうだ?」


「はい、陛下の仰る通りにございます」


「マークアップ侯爵はどうだ?」


「私も同じように考えます」


「ハルト殿、君に伯爵位と領地を授ける」

 謁見の間の騒めきがピークに達した。


「ハルト殿の領地は、旧ブロエディ領の3分の2、残りの領地は、2番手柄であるマークアップ侯爵の所領とする」

 謁見の間から歓声が上がった。


「ハルト殿、まさかとは思うけど、私達に散々政治的な駆引きを仕掛けておいて自分だけが逃れられるとは、思っていないよね?」

 これはやられた。


「謹んで、お受けいたします」


 バイラル王国に、ハルト領が誕生した瞬間だった。

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