第27話 王都の夜とメガネとニット帽
屋敷だとドリーの存在がバレてしまうかも知れないので、僕達は街に出て宿を取る事にした。1泊朝夕食付き2人で、1万6千ペイ。部屋で食事が出来るのも嬉しい。そして僕達はやっと夕食にありつける事ができた。
「今日は疲れましたね」
「色々あったものね……」
「お父さん、僕達が宿を取る事に1番怒ってましたね」
「お父様は私が絡むと、人が変わってしまうの」
交渉材料がドリーだけで成立してしまうと言うのもまんざら嘘では無かったようだ。
「ドリー、僕の探知に魔族が引っかかっています」
「え、そうなの?」
「はい、ここから南の外れに3人ほど、王宮のすぐ西側に強い反応が1つあります」
「王宮のすぐ西は、ブロエディ卿の屋敷かな……南側は例のアジトじゃない?」
「なるほど……と言う事は、この強い反応がアンドラスですかね」
「きっとね」
僕はアンドラスの気配に注視する事にした。
「明日はまず、変装グッズとレイピアを買いにいきましょう」
「え」
「だって、変装しないとドリーは目立ちますよ。色んな意味で……それに、レイピアも念のために……」
「色んな意味ってどう言うことかな?」可愛いからに決まってる。
「ま、まぁ、それはさて置き、用心ですよ!」
「ふーん……」
「あはは……」
「まあ、いいわ……明日も忙しくなりそうだし、寝よっか」
「は……はい」
「ハル、疲れはちゃんと取らないとダメだから、ソファーで寝るとかは無しよ」
「え……」
「何か変な事でも考えてる?」
「い、いえ、そんな事……ほんの少ししか!」
「ふーん」
「……」言葉に詰まってしまった。
「いいよ?ハルなら」
「え」
「ねえ、ハル……私、嬉しかったよ」
「ドリー……」
「芝居だったとか、そんな事はどうでもいいの……ハルは本気で私を守ろうとしてくれた。出会ったばかりなのにね」
「そうでしたね……僕達、今日出会ったばかりでしたね」
「そうよ、まだ出会ったばかりよ……だから……私の為にあんな無茶はもうしないでね」
「ドリー……」
「私、本当にハルが死んだと思って、すごく悲しかった……もうあんな思いはさせないでね」
「わかりました!」
「約束よ、もし破ったら絶交だからね!」
「は……はい」
「じゃ寝ましょう」
「は、はい」
きっちり前置きされたので、僕は大人しくドリーと一緒にベッドに入った。よほど疲れていたのか、ドリーは程なくして眠ってしまった。
しかし、僕は眠れない……もしかしてドリーに伝わっているのでは?と思うぐらい、鼓動が激しい。こんな状態が長く続くと本当に死んでしまうんじゃないかと疑うほどだ。女の子とこんなシチュエーションになるなんて初めての事だ。僕も男なので憧れはあった。しかし、いざそうなってみると思っていた以上に心臓に悪い。同じようなシチュエーションに陥った物語の主人公たちが、一睡も出来ないのも納得だ。
この場合、どう振る舞うのが正解なのだろうか……「何もないのも女として」なんてセリフを翌朝に言われるのもよくある話だ。かと言って、今日出会ったばかりで一線を越えてしまうのもどうかと思う。
そもそもこの世界の貞操観念はどうなっているのだろうか?ウンディーネは初対面の僕にキスをしてしきたが、彼女は精霊だ。ルナは膝枕、エイルは距離の近さ、レヴィは腕組み、ロランは常に一定の距離を保っている。そう考えると貞操観念は高めと見るのが無難だろう。
しかし……しかしだ、この状況で本当に何もしなくても良いのだろうか?例えば僕に男の友達がいたとして、これを相談されたらどう答える?
……ダメだ……余計に分からなくなった。僕にはプライベートな事を相談出来る友人どころか、友人すらいなかったのだから、友人とどんな会話をすればいいのかすら想像がつかない。
僕が好む物語の主人公なら何もしない。何もしないけど、有耶無耶のうちに上手くいっている。でも、有耶無耶にして良いのだろうか?この世界に来てからの経験則だけでも、有耶無耶では何も変わらないのは分かる……。
何も変わらない?僕はそれを望んでいる節がある。誰とも特別な関係にはなっていないが、誰とも気兼ねなく接する事ができる。特別ではないが近くにいる。これは以前、ウンディーネに指摘された事だ。曖昧な態度ではいずれ誰も居なくなる。
自分の周りから人が居なくなる事には慣れている。人間とは欲動の動物なのだから、僕にメリットを感じなくなれば、離れて行くのは当然だ。
だけど僕は皆んなと離れたくない。彼女とか伴侶とかだけが、行き着く先では無いはずだ。
つか、こんな事を考えるのは、自意識過剰過ぎる。そもそも彼女達の気持ちすら確かめていないのだから。
確かめていない……?……そうだ、僕は彼女達の気持ちを確かめていない。ウンディーネが言いたかったのは、この事だと、ようやく気付いた。分からないなら、聞けと言う事だ。
……いや、違う……そうじゃない、聞く事じゃない……伝える事だ。僕が圧倒的に足りていないのは伝える事だ。そして僕自身、もっと態度をハッキリとしなければならない。
そして気付いたら、朝だった。
「おはようハル昨日はよく…………」
僕の顔を見てドリーが言葉に詰まった。
「ねえ、ハル……もしかして、一睡もしなかったの?」
「は……はい……」
「人の温もりがあったほうが、安心して眠れるかと思ったんだけど……裏目だったみたいね」
分かるけど、それはおかしい。
「でも大丈夫ですよ!寝ない事には慣れてますから!」
博士と呼ばれたいた頃はまともに布団で寝てなかったかもしれない。
「あんまり無理しないでね……」
「はい!」
僕たちは、身支度を整えて早速街へ繰り出した。王都の街はこれまでのマイオピアやキャズムとは根本的に違った。人、人、人だらけだ。と言っても日本の主要都市には及ばないが、充分、人に酔えるレベルだ。しかし、メリットもある。これだけ人が溢れていたら誰もドリーの事に気付かないだろう。人混みにまみれて安全に移動することができる。
変装と言えばメガネと帽子だろう。どちらも売ってそうな雑貨屋に向かったところで、アンドランスの反応が動き出した。
「アンドランスが動き出しました」ドリーのもとで耳打ちした。
「屋敷に向かっているの?」
「おそらくそうでしょう……」
ドリーの顔が引き締まる。
「あのーこんな時に何ですが……メガネと帽子、僕が選んでもいいですか?」
実は……僕はメガネフェチで帽子フェチなのだ。
「え……別に、いいけど……(時間がないからなのかな?……)」
「ありがとうございます」
店に入った時から決めていた。僕は有無も言わさずロイド眼鏡とニット帽を手に取り会計を済ませた。
「お願いします!」
「お願いしますって……何?、て言うか、もう買っちゃったの?」
「はい!これは絶対に似合いますよ!」
「お……お金は「プレゼントします!」」
「あ……ありがとう」ドリーは少し照れながらも僕のチョイスした。メガネを掛け、ニット帽を被ってくれた。
「どう?……に、似合う?」鼻血が出そうなぐらい可愛い。これはヤバイ永久保存版だ。
「めちゃくちゃ似合ってますよ!」
「そ……そっか、良かった」照れているドリーもまた可愛い。何があっても守ってみせると、新たな決意が湧いてきた。
そして急ぎ足で武器屋に向かった。レイピアはドリーに選んでもらった。すぐに気に入ったものが見つかって良かった。剣も僕がプレゼントした。と言うか、そもそもドリーは財布を持っていなかたのだ。
「ごめんねハル……」
「いいですよ!気にしないでください」マイオピア防衛戦の魔石で、僕の財政は潤いまくり、贅沢しなければ年単位で働く必要がない。
「それより、屋敷に向かいましょう」
「そうね」
僕は隠密性の高い結界を自分達に張った。
「ねえ、ハル、昨日から思っていたんだけど……」
「何でしょうか?」
「今、ハルが使った結界って、聞いた事無いんだけど……」
「良いところに気が付きましたね!……この結界は本来野営時に、地面に範囲をつけて掛ける魔法なのですが……」
「そうよね、それなら知ってる」
「その、魔法をアレンジしちゃいました」
「え……アレンジって……そんな事出来るの?」
「出来ますよ、全ての魔法はアレンジ可能なんですよ。因みにこの魔法は地面じゃ無くて空間に掛けてます」
「全然知らなかった……それも学園で教えてくれるの?」
「いえ、魔法のアレンジは学園外の師匠に教えてもらいました」
「……ハルの師匠って……凄いのね……」
「そうですね、僕に無い発想をお持ちの方です」
結界魔法を教えてくれたのは、エイルだが、このアレンジを教えてくれたのはロランだ。僕が今こうやって色んな事が出来るのは、皆んなのおかげだ。
僕達は誰にも気付かれずにマークアップ邸に辿り着けた。皆んなに感謝だ。
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