第25話 陰謀の影

 悪魔侯爵キマリスにドリーが狙われた。なぜ魔族がドリーを狙うのか?状況的に考えて恐らく、ブロエディ侯爵が関わっているのだろうが、確証はない。そもそも人類と敵対している魔族とブロエディ侯爵が繋がっているとしたら、それは何を意味するのだろうか。謎は深まるばかりだ。 


「最後にもう一度だけチャンスをやろう……この場から立ち去れ」一般的に女を置いて立ち去ることをチャンスなんて言わない。


「ハル、私の事はもういい!逃げて!」


「何度聞いても、僕の答えは変わらないですよ」


「ハル!!」


「お前なんかに、ドリーは渡さない」


「そうか……」キマリスは、ダークバレットを放って来た。避けるのは容易いが、あえた受けた。そして少し大げさに後ろに飛んだ。


「ぐぁっ………な、……今のは」ちょっと大袈裟すぎたかも知れない。猿芝居だとバレなきゃいいが……


「なんだ貴様、口だけか、この娘を守るのではないのか?」心配なかったようだ。


「ハル!」ドリーもレイピアで加勢してきた。


「ハル!あなたは逃げて!命を掛けてまで私と付き合う必要はないよ」流石ドリー、迫真の演技だ。


 そして、すごいレイピア裁きだ。キマリスは持っていた鉄杖だけでは捌き切れず、シールド魔法を併用している。


「なかなかの腕前だ……しかし!」キマリスは渾身の力を込めてレイピアを狙い、鉄杖でドリーのレイピアを叩き折った。


「くっ!」


「残念だったな。そのようなナマクラで、我は倒せん」キマリスはドリーに向けてダークバレットを放った。


 僕はドリーとキマリスの間に割って入り、ダークバレットを受けた。「ぐぁっっ!」


「ハル!!!」


「ほう、身体を張って女を守るか」


「くそっ!」僕はキマリスにタックルした。もちろん、倒さない程度の力でだ。


「ドリー、逃げて下さい!ここは僕が食い止めます……」


「出来ない……ハルを置いてなんて行けないよ……」涙を流し答えるドリー、女優もビックリの演技力だ。


 僕は鉄杖で滅多打ちにされた。痛い、めちゃくちゃ痛いが、ボウラークと戦った時と比べると全然楽だ。


「やめて……やめて!」


 僕はその場に崩れ落ちた。もちろん演技だ。

「やめて……あなたの言う通りにします……だから、もうやめて……これ以上、ハルに……」


「……いいだろう」キマリスがドリーを連れて立ち去ろうとする。


「待て……」僕はキマリスの足を掴みそれを阻止した。


「ほう、まだそんな力があったのか」


「ハル……もういいよ……もうやめて……」ドリーがボロボロ泣いている。演技だと分かっていても、くるものがある。


「キ……キマリス……何故……彼女を……何故ドリーを狙うんですか……」


「我が主、アンドラス様のご命令だ」黒幕の名前をゲットした。


「アンドラス……魔族ですか……」


「そうだ、いずれ魔王になられるお方だ」


「そ、そんな魔族の実力者が何故……ドリーを……」


「アンドラス様が、与する人間の望みだ。アンドラス様が何故、人間などに与するかは、我の測り知るところでは無いがな……」


「に……人間?……」


「そうだ、アンドラス様は王国の上層部とも通じておる。貴様が知ったところで、どうする事もできまいて」


「ま、まさか……ブ……ブロエディ侯爵……」


「奴は見所がある。我等のためにアジトも提供し、我らに恭順を示しておる」

 キマリスがベラベラ喋る奴でよかった。


「ドリー……ドリーはどうなるのですか……」


「我は何もせぬ、この娘に用があるのはブロエディだからな、我は王都のアジトに連れゆくのみだ」


「王都……」


「いい事を教えてやろう……貴様等の中にも裏切り者がいるぞ」


「な……」


「いい表情だな!絶望に満ちておる!」


「誰だ!誰なんだ!」


「これから死にゆく貴様が、知った所でどうにもなるまい!」キマリスは鉄杖に魔力を溜めはじめた。


「や……約束が違うわ!」ドリーは大きく取り乱す。


「この娘の件は、我より一足先に其奴が知らせるだろう」


「くそっぉぉぉ!」


 キマリスは鉄杖に溜めた魔力で、これまでの物とは比べ物にならないダークバレットを僕に放った。


「ハルーーーー!!!」


 爆音が鳴り響く。


「ハル……ハルト……嘘よね……」


「跡形も無く消えたか」


「いやぁーーー!」


「では、行くとしよう」




 ___僕は瞬間移動で上空に移動しダークバレットを回避していた。そして、隠密性の高い結界を張り、エアフライボードで2人の真上にいる。


 しかし、キマリスをどこまで泳がせるかが、思案のしどころだ。


 少なくともキマリスがウィージグに会い、誘拐の成功を知らせるまでは、泳がせるつもりだが、問題はその後だ。


 ドリーを囮に奴らのアジトを一網打尽にする手もあるが、万が一、その場にアンドラスがいて、アンドラスの強さがボウラーク級だったなら、周囲の被害も相当なものになる。


 ここは、やはり安全策だ。それが僕のやり方だ。


 キマリスはドリーを伴い、東門から街を出た。ドリーはさっきから、ふさぎこんだままだ。その演技力はもはやアカデミー女優クラスと言っても差し支えないだろう。


 そしてしばらく進んだ大木の元でウィージグが待っていた。

「キマリス様、首尾は上々だったようですね」


「当然だ」


「ウィージグ!!」ドリーはウィジーグを睨みつける。


「これはこれは、姫、随分無茶をされたご様子で」ウィージグは冷たい視線でドリーを睨み返す。


「おや、お連れの方はどうされましたか?」ウィージグは、下卑た笑みを浮かべ、ドリーに問いかける。


「ぐっっ」ドリーは涙をこらえ、怒りの表情を浮かべている。


「跡形もなく消し去ってやったわ」キマリスがしゃしゃり出てくる。


「流石は、キマリス様ですね!」ウィージグはおべっかが板についている。


「そんなことは、どうでも良い早く次の行動に移れ」


「こ、これは申し訳ございません。では、姫のペンダントとレイピアをいただけますか?」


「うむ」キマリスはドリーのペンダントを乱暴に引きちぎり、折れたレイピアをウィージグに手渡した。


「では、私は手筈通り王都に向かいます」ウィージグはドリーのレイピアとネックレスを受け取ると早々に、この場を馬で走り去った。


「では、我らも行くか」


「何処に行くのですか?」


「き……貴様……」


「ハ……ハル!?」


「言ったじゃないですか……彼女は渡さないと」

 僕は瞬間移動でキマリスの懐に入り、魔力を込めた拳でキマリスを殴り飛ばした。


「ぐっ!」キマリスは勢いよく吹っ飛んだ。


「ドリーは返してもらいますよ」


「ハ……ハル……い、生きてたのね」


「迫真の演技でしたね、ドリー!涙まで流せるとか……僕、感動しちゃいました!」


「なっ……何を言ってるのかな……」


「えっ、だって黒幕の情報を聞き出して欲しいって言ってたじゃないですか」


「た……確かに言ったけど……相手は魔族じゃない?」


「てすね!早く手を打たないと、まずい事になりますね」


「て言うか……ハル、頭から沢山血が出てるけど……」


「あ、もう治ってますよ」


「…………」


「ねえ……ハル、アレは……演技だったの?」


「ドリーには負けますが、僕もなかなかだったでしょ?キマリスがお喋りで、助かりましたね」


「バカぁ!」


「え」ドリーは不機嫌になってしまった。


「き…貴様…どうやって……」キマリスが起き上がってきた。


「あんなスローな攻撃くらうわけないじゃないですか」


「なに!」キマリスはダークバレットを連射してきた。僕はウォーターバレットの弾幕で、これを防いだ。


「ね、あなたの攻撃を無力化する方法なんていくらでもありますよ」


「くっ……くそっ!……人間如きに!」


「他に言い残す事はないですか?」


「…………」キマリスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 これ以上は時間の無駄になりそうだったので、僕は一気に距離を詰め、レーヴァテインでキマリスの首をはねた。


「充分情報も聞き出せたましたし、問題ないですよね?」


「え……え、あ、ま、まあ……」ドリーが戸惑っている。


「食事はもう少し先になりそうですね、僕たちも王都に急ぎましょう」


「ちょ、……ちょっとまってハル……」


「はい」


「キマリスは魔族だったのよね……」


「そうですね、王国の問題に魔族が介入していただなんて……由々しき事態ですよね」


「そうじゃないの……そこじゃないの」


「はい?」


「ねえ、ハル……何故こんなにあっさり魔族を倒せるの?キマリスにやられたダメージは?」


「あーっ」最近魔族と連戦だったので、失念していた。魔族を倒せる存在自体が稀なことを。


「えーとですね……実は魔族と戦うのは始めてではなくて、倒し方を知っていたんです。プラチナにランクアップしたのも、魔族を討伐したからなんです」至極簡単に説明した。


「な……なるほど……無茶苦茶なプロフィールじゃなくて、実力に見合ったプロフィールなのね……」


「怪我は、ディブを治療した魔法ですよ」


「なんか釈然としないけど、今は受け止めるしかないのね……」


「あはは……そうして頂けると助かり!?」ドリーがいきなり抱きついてきた。


「良かった……ハル、生きていてくれて……本当に」ドリーがまたボロボロと泣き出した。


 僕は理解した。ドリーは演技じゃなかったことを……


「心配かけてごめんなさい」僕はドリーを強く抱きしめた。


 僕たちは、少しの間このまま抱き合った。しかし、この先に発展させることが出来ないのが僕の実力だ。

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