第24話 ドリーの真意
今晩は僕もキャズムに宿を取る事にした。ドリー姫との夕食の件もあるが、それ以上に彼女の事が心配だったからだ。何か嫌な予感がする。
有事に備え、街中に探知を張り巡らせるも、今のところは何も引っかからない。
僕は探知を気にしつつ、待ち合わせ場所である、街の広場に向かった。
キャズムの街は、マイオピアよりも小さな街だが、街道が王都へ通じるため、マイオピアよりも賑わっている。
夕暮れと時だと言うのに、広場の露店もまだ賑やかで、美味しそうな匂いの誘惑に負けそうになる。
「ハルト様、こんばんは」
「こんばんは」
昼間とは打って変わり、ドリー姫は凄くカジュアルな格好だ。髪もアップされていて彼女のルックスとスタイルがより引き立つ。用心の為か、彼女は帯剣していた。
「お待たせしちゃいましたか?」
「い……いえ、ぼ、僕も今着きました」
「あれ、ハルト様……もしかして……見とれちゃいました?」
図星だ。可愛い!可愛すぎて、思わず求婚してしまいそうだ。もちろん僕にそんな勇気は無い。
「は……はい」
「正直で宜しい!行きましょう」
ドリーに手を取られ、僕達は駆け出した。37歳にして、始めて出来た待ち合わせテンプレ会話と相まって、とても幸せな気分だ。
因みに少し離れたところにヘッダー隊長達が隠れている。
「ねえ、ハルト様……私、ハルト様と2人っきりになりたい」
「え」
「走るね」そう告げるとドリーは全速力で駆け出した。
姫様だから、体力は無いだろうとタカを括っていたが、ドリー姫は速度を落とさず、お付きのヘッダー隊長達を巻き、街外れまで一気に駆け抜けた。
「はぁ、はぁ……ハルは凄いね……こんなに走っても息ひとつ切らして無いなんて」
「あはは……それよりも、どうしたんですか、姫?」
「姫はヤメて」
「え、……じゃドリーさん……」
「うーん、ドリーでいいよ、ハル」
ハル……懐かしい呼ばれ方だ。つか、ドリーは口調も全然変わってしまった。
「あのね、ハルを見込んで、お願いがあるの」
「何でしょうか?」
「ハル、私に協力して欲しい」
ドリーの表情に笑みはなく、真剣な眼差しだ。
「取り敢えず、話しを聞かせてもらえますか?」
「もちろんよ……」
僕達は更に人気のない場所に移動し、エイルに教えてもらった、人払いの結界を張った。
「ハル……あなた何でもありね……」
「いやー……」
「まあいいわ、早速本題に移るね」
「はい」
「ハル、今日の盗賊たちの襲撃は十中八九、お父様と対立している、プロエディ侯爵の差し金なの」
「何でまた?」
「王国は今、一枚岩じゃないのよ……第2王子派のブロエディ侯爵派閥と、第1王子派のお父様の派閥にぱっきり分かれていてね、事ある毎に派閥同士で対立しているの」
「世継ぎ問題ですか?」
「そうよ……武力で王国の威を示したい第2王子と、各国との融和で世界を良くしたいと思っている第1王子。第1王子は国民からの人気も高くて、人柄も素晴らしいのだけれども、プロエディに与している貴族たちは、王子が弱腰に見えて気に入らないみたい」
「これの根本にあるのは、利権の問題ですね」
「え……」
「ブロエディ侯爵に与している貴族は、武闘派というか強硬派というか、軍事に力を入れている貴族が多いのではないですか?」
「そうね……」
「軍備を増強している貴族からすれば、他国を侵略して、恩賞として領土を賜らないと、投資が無駄になりますからね。だから是非とも第2王子を推したいのでしょうね」
「……ハルって凄いね……これを聞いただけで分かってしまうのね……」
「あくまで推測ですよ。良くも悪くも人は上を目指しますからね」
「でも、そんなところだと思う」
「それが理由なら、本当は第1王子に付いた方が儲かりますのにね……」
「えっ……そうなの?」
「そりゃ、そうですよ。各国との融和を目指せば、流通が盛んになって自然と税収はアップします。そしてその資金で、領内の貧富の差を埋めれば、王国の評判が高まり、自然と人が増え更に税収も増える。増強した軍備が抑止力となり犯罪が減り、国民に安心感を与える。そしてまた人が増え税収が増える」
「……良いことづくめね……」
「結局は人ですからね。王国には広大な領地があるのに、それを有効活用出来ていない。理由は単純で人手が足りないのですよ」
「そんな見方もあるのね……」
「はい。仮に、領地が増えて税収が増えても、経費も跳ね上がってしまいますので、下手したら今よりも純利が下がります。マイオピアからキャズム間だって、かなりの土地を遊ばせていますよ。もっと土木に力を入れて利益率を考えた方が賢明ですよ」
「ご……ごめんよく分からなくなって来ちゃった」
「あ」
熱くなってウンチクを語り過ぎてしまった。女子に嫌われる典型だ。
「すみません……大きく話しを逸らしてしまって……」
「大丈夫よ……私も勉強になったし……」
「えーと、では続きを……ブロエディ侯爵はなぜ、ドリーを襲う必要があったのですか?」
「ブロエディ侯爵は私を誘拐して、それを交渉材料に、お父様を失脚させたいのよ」
「ふむ、こんなこと言っては失礼かもしれませんが、国の要職についている人物が、娘を人質に取られたぐらいで、交渉に応じるでしょうか?」
「お父様は1人娘の私にだけは弱いの……だから、不穏な動きを察知したお父様が先手を打って、私を王都に呼び寄せたのよ」
「なるほど……」
「ただ、ブロエディ侯爵の根回しの早さが、お父様の予測を上回っていたけどね」
「分かりました。それで、僕は何を協力すれば良いのでしょうか?」
「実を言うと、今日の襲撃は私の計画内だったの」
「えっ」
「コレで、返り討ちにして、黒幕の情報を聞き出そうとしていたの」
ドリーは帯剣している剣をポンと叩いた。護衛を巻いてしまう程の体力と言い、もしかしたら凄い使い手なのかも知れない。
「あ、もしかして僕、余計な事しました?」
「ううん、ハルが来てくれなかったらディブが犠牲になっていただろうし、他にも犠牲者が出たかも知れない……本当に感謝してるわ」
「よかったです……」
「何となく事情は飲み込めました。ブロエディ侯爵の計画を、逆に利用して失脚させたいのですね」
「そんなところよ」
「分かりました。ドリーに協力します」
「ハル、ありがとう!」
ドリーにハグされて、硬直してしまった。
「ハルは凄い人だけど、女にはからっきしね」
「……やっぱり分かりますか?……」
「何となくね……イケメンで身長も高いのに不思議ね」
「あは……」
「また、話が逸れたわね……そんなわけだから、ハル、もし次に私が襲われるようなことがあれば、上手く黒幕の情報を聞き出してね」
「分かりました」
「あと、ウィージグはブロエディ侯爵と内通してるから、そのつもりで」
「え……」
「だから巻いたの」
「貴族も色々大変ですね……」
「まあね……」
「じゃあ、気を取り直して、夕食に行きましょうか」
「はい!」もう腹ペコだ。
「うん?ドリーちょっと待って下さい」探知に何者かが引っ掛かった。
『我が主よ、魔族だ』
『僕も察知しました』
『この間の、ボウラーク公爵には劣るが、こやつも中々のものじゃ、油断するでないぞ』
『ありがとう、心得ました』
「ドリー、気を付けて下さい……魔族が来ます」
「え……魔族ですって!?魔族がなぜ?」
「これは、是非とも黒幕のあぶり出しが必要ですね……」
程なくして、魔族の男が現れた。黒ずくめのローブに、フルフェイスのガスマスクのような面を被っている。怪しさ満開だ。
「うん、こんなところで逢い引きしていたのか……」
「せっかく良いところだったのに……無粋な方ですね……帰ってもらえますか?」
「ああ、帰ってやるさ……その女を渡せばな」
「人の女を奪うつもりですか?僕はこれから彼女とイチャラブするんですよ」
「イチャラブ?!」ドリーが変な所に食いついた。
「舐めた口を聞くものだな……人間……」
「人間って、貴方も人間ですよね」
「フッ……我は違うぞ……我は悪魔侯爵キマリス。魔族だ」
「まっ……魔族……」
「今回は特別に見逃してやる。さあ、女を置いて立ち去れ」
「ハル、私は大丈夫……ヤツの言う通りに!」ドリーは抜剣していた。
「嫌ですよ……彼女とはまだキスもしてませんからね……このまま引き下がれませんよ」
「ハル!あなたは自分が何を言ってるのか分かってるの!相手は魔族なのよ!」
「では、キスだけすればどうだ?その間なら待ってやる」
「え……」
ボクはドリーと顔を見合わせた。普通に睨まれた。
ドリーを抱き寄せて、言ってやった。
「ば、馬鹿野郎!男女関係はそこから盛り上がるんじゃないか!彼女は僕の女だ、アンタなんかには渡さない」
「ほう」
なんか取り返しのつかない事を言ってしまった気もするが、緊迫の場面で、いい感じにテンションも上がってきた。
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