第22話 マイオピアの英雄

 ウンディーネの説教が終わり、しばらくすると、アレイスター先生率いる部隊が到着した。エクスプロージョンで出来たクレーター、血痕、点在する魔族の亡骸、地形が変わってしまったのではないかと思えるような、激しい戦いの痕跡、皆一様に驚いていた。


「ハルト!」


 アレイスター先生が珍しく取り乱し、こちらに駆け寄ってきた。先生は今にも泣き出しそうな表情で強く僕を抱きしめた。

 

 アレイスター先生とは実習の日以来、気不味くて顔も合わせていなかった。


「ハルト……ボロボロではないか……」

 そう言えば、服もボロボロで、オート機能が全然間に合っていなかった。


「こっ酷くやられちゃいました……」


「馬鹿者!」

 さらに強く抱きしめられた。


「痛てて……先生痛いです……」


「す……すまん……」

 先生に抱きしめられるまで、アドレナリンで痛みも忘れていた。


「こんなになるまで……無茶ばかり……君は無茶ばかりだ!」


「すみません……でも、僕はどうしても、大切な皆んなを守りたかったんです」


「分かっている……それは分かっいる、だが、私が言っているのは、そう言うことではない」


「…………」


「君は……君はもっと自分を大切にしろ!……君に大切な人がいるように、君を大切だと思う人もいるのだ!」


「……先生……ごめんなさい……」

 僕は泣いてしまった。前にも皆んなに同じ事を言われたはずなのに……僕は成長していない。


「アレイスター殿、その……ご報告が……」

 部隊の兵が気不味そうに話しかけてきた。こんな時とは言え、若い男女が抱き合っていたらそう言う反応になるのは頷ける。


「構わん、報告してくれ」

 いや、それはダメでしょと思ったが、役得なので黙っておいた。


「はっ」

 お前もいいのかよと思ったが、役得なので黙っておいた。


「魔族33名の死亡を確認しました」


「そうか……凄まじい戦果だな」


「はい、しかも、その中に……ボウラーク公爵が……」


「なっ……なにボウラーク公爵だと……」


「はい……間違いありません」


「ハルト……君は、ボウラーク公爵と戦っていたのか?……」


「あ、何かそんな感じの名前でしたね……不味かったですか?」


「いや、そうではない……ボウラーク公爵は魔王と並び称されている程の実力者なのだ……」

 確かに強かった。あの時のベリアルよりは確実に。


「ハハハ……もう、君の事をどう評価して良いのか分からなくなってきたよ……」


「ええ……」


「いい意味でだよ」


「よし、皆の者、この事を各部隊に拡散、勝鬨かちどきをあげさせよ!魔族は全滅、ハルトがボウラーク公爵を討ち取ったとな!」


『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』』


 先生の部隊によりマイオピアの勝利が告げられ、方々から勝鬨が聞こえてきた。


「先生、魔族の亡き骸はどうしますか?」


「後続部隊に回収させる、君は先に凱旋したまえ」


「はい」


「私の馬を使うといい」


「はい……」


「どうしたのだ?」


「馬……乗れません……」


「…………」


「乗った事も無いです……」


「…………」


 ___僕は先生が駆る、馬の後ろに乗り凱旋した。


「こ、こら、そんなに強く掴むな」


「そ、そ、そんな事言われても、結構揺れるじゃないですか」


「まったく……馬にも乗れん英雄とはな……」


「英雄?」


「それはそうだろ、古今、今日の君以上の戦果を上げたものは、居らんのだからな」


「そ、そうなんですね……」


「馬の訓練もせんとな、格好がつかんぞ」


「ぜ……善処します」


 ゴブリンを撃退したばかりの守備隊に、割れんばかりの歓声で迎えられた。


「ハルト!」「ハルト!」「ハルト様!」「英雄ハルト!」「ハルト!」


 ハルトコールが巻き起こっていた。ここまでになると、照れ臭さもなくなり、自分の武功を褒める気になってくる。


 街に戻ると歓声は一段と凄くなった。


『『ワァァァァァァァァァ』』


「ハルトさま!」「ハルトさま!」「ハルト!」「ハルトさま!」


 守備隊の時と打って変わり、黄色い声援が目立つ。生きててよかったと、心の底から思う。


「ハルト!鼻の下が伸びてるぞ!」


「え……」


「冗談だ!」


 本当に焦った。よくよく考えたら、アレイスター先生が、自身の背中にしがみ付いている僕の顔が見える筈がない。


 先生に連れられ作戦本部である学園に戻った。


「ハルト着いたぞ」


「ハルト……?」


 不覚にも僕は馬上で気を失ってしまい、そのまま医務室に運ばれた。落馬しなくて良かったと思う。


 目覚めた時、外は真っ暗だった。


「ハルトくん」


「エイダ……ここは……」


「学園の医務室」


「そっか……気を失ってしまったんですね……」


「ハルトくんの負傷、酷かった。生きていたのが不思議なぐらい」


「えっ!そんなに!」

 よく見るとエイダの目が赤い、僕のために泣いてくれたのだろうか。


「よかった」

 エイダに抱きしめられた。今日は何というか……役得な日だ。


 コンコン、ノックの音が聞こえた。「エイダ入るよ」レミの声だ。


「な、な、な、何してるのよ!」


「ん、ハグ」


「ハルト……目覚めて直ぐに……お盛んね……」ジト目で見られた。


「いや、違うからね!」


「何が違うのよ!」食い気味で突っ込むレミ。


「違わない」その突っ込みに食い気味で応えるエイダ。


「ほら!」さらに食い気味で突っ込むレミ。


「で、なに?」


「あっ、そうだったわね。そろそろ……って言うか……いつ迄くっ付いてるの!」


「いつまでも」


「もういいわ……そろそろ祝勝会が始まるから、代わってあげようと思って来たのに」


「ハルトくんが居ない祝勝会、意味がない」


「ま……まあ、そうかもだけど」


「ダメですよ、エイダ、僕はもう大丈夫なんで行ってきてください」


「つまんない」


「僕も、少し落ち着いたら向かいます」


「じゃあ待ってる」「なら私も一緒に待つよ」


「レミは先に行っていい」


「嫌よ、だって2人にしたら、また変な事するでしょ」


「うん、する」

 エイダってこんなにも大胆だったのか。


「ハルト!」


「は、はい……」


「あなたのせいだからね!」


「何か、ごめんなさい……」


 コンコン、ノックの音が聞こえた。「クラウディア」です。


「入っていいよ」


「あ、レミもいたの」


「私はエイダを呼びに来ただけよ、クラウディアは?」


「ハルトくんが心配で……様子を……」

 クラウディアはクラスメイトで、実習の時は、シドと同じ班だった。


「クラウディアさん大丈夫ですよ」


「良かった……医務室に運ばれて来た時は、本当に酷い状態だったから……心配で……」

 本当にどんな状態だったのだろうか、気になってきた。


「ハルトくんと、エイダはいつも一緒だね。2人付き合ってるの?」


「うん、付き合ってる」うそん。


「ちょっ……そんな話し聞いてないよ!」

 僕もです。


「冗談」


「あはは……」

 今日のエイダは本当に大胆だ。


「そっかそっか」


 このまま、収集が付かなくなっても嫌なので、ベッドから降りた。


「痛っっ」まだ、節々が痛かった。


「こら、無理したらダメだって」

「うん、無理はダメ」

「まだ、キツそうね」


「そうですね……治療魔法使ってダメなら大人しくしておきます」


 僕は全回復を使った。つか、もっと早く使うべきだった。流石フレイヤ様に与えられたチートスキル。僕はすっかり回復した。


「うん、大丈夫です」


「すっ……凄いね、その回復魔法……」

「上級魔術師4人がかりでも完治しなかったのに……」

「さすが、ダーリン」


「……エイダ、今日はヤケに積極的じゃない?」


「気のせい」


「私も負けてられない」


 何か聞こえたが、ここは難聴系主人公になりきろう。


「そろそろ、行きましょうか」


「うん」「そうね」「はーい」


 祝勝会は、バトルアリーナで行われているらしい。学園にバトルアリーナがある事に驚きだ。


「ハルト」「ハルトさん」「ハルト」「ハルトくん」「ハルトさま」


「主役のお出ましだな、もう大丈夫なのか?」


「アレイスター先生……今日は色々ご迷惑をお掛けしました、もう大丈夫です。」


「今日もだろ?」


「え……」


「今日ぐらい、良いよね」


「レビットさん……」


「今日もご活躍だったね」


「ありがとうございます」


 その後も、入れ替わり立ち替わりで色んな人に声を掛けられた。涙を流して感謝を伝える人もいた。犠牲者が全く出なかったわけではないと思う。でも、これだけ多くの人の笑顔を守れた自分を、今日は褒めてやろうと思う。


 とは言え、ボッチが染み付いた僕は、これ以上ここにいると人に酔いそうだったので、こっそり会場を後にした。


「ハルト」アレイスター先生が声を掛けてきた。


「いいんですか?抜け出してきて」


「主役の君が言うセリフじゃないだろ」


「あはは……ちょっと人に酔ってしまって」


「私も、そんな感じだ。あまり社交的な性格ではないのでな」超意外だ。


「アレイスター先生」


「何だ」


「僕、明日から聖皇国に向かいます」


「は?」


「いえ、停学期間を利用して、冒険者ランクをダイヤに上げようと思いまして」


「これだけの功績を挙げたのだ、停学など赦免されるぞ?」


「それはそれですよ、先生が心を鬼にして、僕に厳しく接してくれた意味がなくなってしまいます」


「なんだ、私の意図をしっかり汲み取っていてくれたのか……」


「だって、先生はすぐ顔に出ますからね。きっと皆んな分かってると思いますよ?」


「な、な、な、なんだと!?」


「嘘ですよ、可愛いですね先生」


「こ……こら!大人をからかうな!」僕はもっと大人です。


「分かった、皆んなには、私から伝えておこう、君のことだから大丈夫だとは思うが、道中気をつけてな」


「はい、ありがとうございます」


 マイオピアを守りきり、後顧の憂いもなくなり、聖皇国に旅立つ事を決意した。停学期間中にランクアップできるかは分からないが、1度行ってしまえば瞬間移動でどうとでもなるので、聖皇国にさえ無事到着する事が出来れば目的達成だ。


 できれば、ルナ達にも会いたいが、根回ししてもらってまで編入した学園を、停学になった事実を伝えるのが怖い気持ちもある。


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