第19話 校外実習
学園に編入して2週間程が過ぎた。ルナたちは聖皇国で上手くやっているのだろうか。そんな心配が出来る程度に、学園生活にも慣れてきた。
さて、今日僕達1年生は、始めての校外実習を行う。実習の目的は実戦経験を得る事だ。実戦は訓練とは違う。訓練で上手く出来ていた事が、実戦ではできない、そんな事が往々にして起こり得る。実戦独特の空気は、訓練や模擬戦だけで何とかなる物ではないでの、実習を積み重ねて慣れていくしかない。
校外実習は、ブルーオーシャンの森近辺のテスクロス平原で行われる。近くにゴブリンの集落があるため、獲物が枯渇せず、団体での実地にも向いている。
実習は各クラス何班かに別れて行われる。それぞれの班には護衛の冒険者が2、3名帯同している。僕の班は、エイダ、ルーシー、レミ、ジャックの5人だ。因みにジャックはシドに次ぐ学年次席の実力者だ。僕達の班には、ゴールドとシルバーの冒険者が1人づつが護衛についている。
各班、事前に行動計画を立て、班長指示の元、連携で戦うのが基本のルールである。僕は始めての実戦時、泣いてしまう程緊張したのだが、皆んなの様子を見ている限りでは、そこまでの緊張は感じられない。
うちの班の班長はジャック、副班長はルーシー、2人の考えた役割でもって魔物との戦いに挑む。
「じゃあ、手筈通り、釣役はレミとエイダ、防御系はルーシー、俺がアタッカー兼指示出し、ハルトは各員のバッグアップで」
無言で皆んなが頷く、ここに来てようやく緊張してきたみたいだ。
僕達は6匹程のゴブリンの一団を発見した。緒戦としては手頃な相手だ。
「よし、まずアイツ等から行く、エイダ、レミこちらに誘き寄せてくれ」
「了解」「オーケー」
しかし、手筈通りにはならなかった。と言うのも、エイダのステッキが強すぎだからだ。
ゴブリンの一団を誘き寄せるどころ、その場で、殲滅させてしまったのだ。
「……な、なあ……それ……」
「ごめん、火力強過ぎた」
「ハルトと作ってた魔道具ってそれなの?」
「そう、これなら実技苦手でも問題ない」
「すっ……凄いね!一撃で殲滅させちゃったよ」
「エイダさん……凄いな……でも、これじゃ実習にならないから、少し威力抑えれる?」
「やってみる」
「よろしく」
イレギュラーに対しても冷静なジャックだった。
次のターゲットも直ぐに見つかった。さっきよりも1匹少ない、5匹の一団だ。
「エイダ、今度は私がやるね」
レミが先制を買って出た。賢明な判断だ。
レミは、エイダの経験を活かしたのか、威力を抑え気味のファイヤーバレットで、上手くゴブリンを一匹だけ釣った。そして当初の予定通り、サンダーボルトでジャックがトドメをさす、見事な連携だ。距離がある場合は、混戦を避けるこの戦い方が鉄板だろう。魔石も安全に回収できる。
「よっしゃ!」
「いい感じでしたね」
「この感じで頑張ろう!」
本当に皆んな緊張なんて、どこ吹く風だ。僕の初戦とはえらい違いだ。これが積み上げてきた経験の差だろう。
その後も僕達は、危なげなく戦いを重ね、魔石のノルマもクリアした。護衛の冒険者も出番無しだった。
「よし、ノルマクリアだ、撤退しよう」
「うん」「そうね」「疲れたね」「はい」
これほど順調に事が運べば欲も出そうなものなのに、きっちり自重できるジャックは、指揮官としても優秀だと思う。
僕達は周囲を警戒しながら集合場所に戻った。
「早いな、君たちが一番乗りだ」
「おー!やったな!」
「ね」
「頑張った」
「嬉しい」
「みんな頑張りましたもんね」
「まあ、速さを競っている訳ではないが、各々が役割をしっかり理解している証拠だな」
『『ありがとうございます』』
集合場所で休憩していると、徐々に他の班も帰ってきた。みんな一様に疲れた表情を浮かべている。うちの班の皆んなも笑顔は浮かべているが、疲労は隠せない。
日が沈み始めた頃、ほぼ全ての班が戻って来たが、シドとソラの班がまだ戻って来ていない、何か嫌な予感がする。
「シドとソラまだみたいですね」
「そう言えば……」
「シドの事だから大丈夫よ、それに護衛の冒険者もいるし」
「ああ、あのシドだからな」
「でも心配だね……何事も無ければいいけど……」
___しばらく経って、負傷したソラだけが戻って来た。嫌な予感は的中した。
『『ソラ!』』
「大変だ!皆んなが、グレンデルとオーガに襲われて……早く、早く助けないと」
ソラは相当慌てた様子だ。
『グレンデル』
「何処だ、何処で襲われたのだ」
「せ……先生……シド達が……」
「落ち着け、状況が分からんと、助けられる物も助けられん」
「俺達、オーガを追い込んでいたんです……そしたら気付かないうちに、クローズの森に入り込んでしまって、そしたら……グレンデルが……俺は皆んなに知らせろって、冒険者の人が逃してくれて……」
「グレンデルか……厄介だな……」
グレンデルがどんな魔物かは分からないが、先生が厄介と言うことは、相当なのだろう。僕はフレイヤ様に頂いた探知スキルを使い、急いで周囲を調べた。
ソラの言う通り、クローズの森入り口近辺で人間7人、魔力反応の強い魔物3体、人でも魔物でもないアンノウン1体の反応を確認した。このアンノウンの魔力は、あたり一帯の魔物を凌駕している。
「アレイスター先生、場所が特定出来ました。助けに行きましょう」
「……もう探知したのか……」
「はい、まだ皆んな生きていますが、魔物3体とアンノウン1体と交戦中です」
「アンノウンだと?」
「人でも魔物でもありません。しかし、かなり強力な魔力の持ち主です」
「もしかして……魔族か……まずいな……」
「魔族って……なんだかヤバそうですね……」
「本当に魔族ならかなりマズいな」
「わかりました。まず僕が向かいますので援軍をお願いします」
「ダメだハルト」
「相手が魔族がなら一刻の猶予もないのでは?」
「確かにそうなのだが……二次災害の危険性もある、少し待つんだ」
「なら、時間稼ぎをしておきますので、急ぎ援軍をお願いします」
「ダメだハルト!待て!」
僕は、アレイスター先生の制止を無視して、クローズの森に向かった。学園の皆んなが見えなくなった所で瞬間移動を使い、シドの元へ飛んだ。
現場へ到着すると、冒険者3人が前衛となりグレンデル3頭と交戦中だった。皆んな負傷していたが、連携を取り安定した戦いをしていた。グレンデルと聞いてピンと来なかったが、ウンディーネと出会った時の、強力な魔物の事だった。その後ろに、戦闘を見守る魔族と思しき存在がいる。
どうやら高みの見物のようだ。これは不幸中の幸いだ。
「助太刀します」
「ハルトか!」
「ジンさん……フウさんにライさんまで……ご無沙汰してます」
冒険者は顔見知りのゴールドランクの方々だった。
「ハルト、こいつら手強いぞ」
「大丈夫です。こいつらは既に経験済みです」
「へ」
僕は拳銃を抜き、3頭のグレンデルを瞬殺した。ウンディーネと契約し、飛躍的に魔力が上がったので、一撃で確実に仕留めることができた。
『『えっ!』』
「あれ……」
「何が起こったんだ……」
「グレンデルが消えたけど……」
「ハ……ハルトさん……?!」「ハルトくん……」「ハルト」「ハルトくん」
クラスメイトも僕の存在に気付いたようだ。
「おや、お仲間ですか」
魔族と思しき男が近付いてきた。
「あなたは、魔族の方ですね」
「ええ、そうです……グレンデルを一瞬で倒してしまうとは……あなたは厄介そうですね」
「そうでもないですよ、ところで魔族のあなたが何故こんなところに?この森は魔族の住処ではありませんよね?」
「フフフ、これから死にゆく身でありながら、そのような事が気になりますか?」
「そうですね、宜しければ、お聞かせください」
「ただの調査ですよ」
「調査?」
「ええ、我々の手に落ちるマイオピアのね」
「なんだと!」
衝撃の事実に間髪入れず、ジンさんが息巻く。僕はジンさんを制する。
「マイオピアを攻める計画があるのですね?」
「まあ、そんなところです」
「いつですか?」
「さあ……いつでしょうね……しかし遠くはありませんよ」
「もしかして魔王が来るのですか?」
「まさか……こんな街、魔王様が来るまでもありません」
「そうですか」
「では、そろそろお覚悟はいいですか?」
「ええ、いつでもどうぞ」
「では、リクエストにお応えして、あなたから殺して差し上げます!」
魔族は、一直線に僕に向かってきた。僕はレーヴァテインとクレイヴソリッシュを手に取り、魔族を一刀の下切り捨てた。魔族の男に断末魔はなかった。それほどに一瞬の出来事だった。
魔族は霧散しなかった。魔石もないようだ。
「ふぅ、終わりましたね。皆んな無事で何よりです」
とりあえずの危機は去ったので、全回復で皆んなを治療した。しかし、そんなことよりも魔族が瞬殺された、あり得ない光景に皆んな絶句していた。
「お、おい……ハルト……お前、ルナの嬢ちゃん達と一緒にいたから、只者ではないと思っていたが……」
「まぐれですよ」
「バカヤロウ!まぐれでグレンデルと魔族を瞬殺出来てたまるか!」
「ジン、まあいいじゃねーか」
「……そうだな、とにかく助かったよ、ありがとな」
「とんでもないです」
「ハルト助かったぜ」「恩にきる」
「ハルトさん有難うございます!」「ハルトくん有難う!」「ハルト有難う」「ハルトくん有難う」
「しかし、とんでもない事聞いちまったな……」
「そうですね……」
「俺達はここで待ってるから、お前達は先に戻ってギルドに報告してくれないか?」
「今、応援がこちらに向かっていますので、僕達も一緒に待ちます。魔族の気配は無くなりましたが、周囲に魔物の気配は沢山ありますので、離れるのは危険です」
「マジか!つか何でわかるんだよ!」
「探知系魔法ですよ」
「エイルの嬢ちゃんに教えてもらったのか?」
「まあ、そんなところです」
「ハルトさん、さっきからルナ様とかエイル様の名前がでますが、もしかして……」
「ああー、こいつは勇者パーティーの新入りだぜ」
『『え!』』
「と、言っても僕はブロンズランクだから、殆ど一緒にクエストしたことは無いんですけど……」
「しかし今回の件で、ゴールドぐらいにランクアップするんじゃねーか?魔族をたった1人で倒しちまったからな……」
「本当ですか!」
「恐らくな……魔族を倒してランクアップしないとか、おかしいからな」
「でも、僕クエスト中じゃありませんでしたけど……」
「そんなことは問題ねーよ、これだけの目撃者がいるんだからな」
ルナ達が不在の間にランクアップすることは、僕の目標の一つだ。もし本当にゴールドになれるのなら、ぐっと目標に近づく。不謹慎だが、この場に魔族がいた事に少し感謝した僕だった。
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