第11話 青の綺麗なお姉さんとアブハム湖での戦い

『ハルト……ハルト』


 呼び掛ける声で目が覚めた。部屋の中を見渡しても誰も居ない。一応窓から外を確認しても誰も居ない、静かな夜だ。


 幻聴だったのかと思い、もう1度床についた。


『ハルト……ハルトってばぁ!』


 また呼び掛けられた、恐らく頭の中に直接……これは念話だ。まだ誰とも心を通わせていないのに謎だ。僕はその呼び掛けに応えるように、念話を返した。


『どちら様ですか?』


『来て速く!ダッシュよダッシュ!大変なの!』


 えらく一方的だ。


『あの……どちらに伺えば?』


『アブハム湖よ!アブハム湖!空気読んでよね!』


 ルナとレヴィを足したような理不尽さだ。


『とにかく速くよ!間に合わなかったら大変な事になるんだから!』


 とにかく身支度を整えることにした。アブハム湖と聞いてまず思い浮かぶのは、ベリアルとの関係性だ。ベリアルとの邂逅後、ロランの報告を受けたギルドは、勇者パーティーを含む調査団を、マズローの森、アバハム湖に派遣した。調査は数日に渡って行われたが、特に何も見つける事が出来なかった。因みにブロンズランクの僕は規定により調査団に参加出来なかった。

 

 しかし、このタイミングで、アブハム湖への呼び出しだ。ベリアルと無関係では無いはずだ。


 事は急を要するので、フレイヤ様から授けられた瞬間移動で、マズローの森入り口まで移動することにした。この瞬間移動は、認識した場所と、認識した人物の元へ移動する事ができる。通りすがりの人や、地名だけを知っていても移動はできない。


 僕は早速、瞬間移動でマズローの森入り口付近に移動した。


「…………」


 マズローの森から淀みを感じる。この淀みはベリアルの邂逅と同じだ。


「ん?」


 僕は異変に気付いた、と言っても自分自身へのだ。真っ暗な森のはずなのに、昼間と同じ様に見える……これも身体強化の影響だろうか?それとも新薬なのだろうか……どちらにせよ、ここまでくると、別の何かに生まれ変わったと言われた方、がしっくりくる。まぁ実際生まれ変わったのだが……


 アブハム湖の詳しい位置はわからないが、森の中央と聞いているので、このまま真っ直ぐ進めば大丈夫だろう。


 森の中央を目指し、しばらく歩くと、今までに見たことのない魔物と遭遇した。3メートルはあるであろう巨体、つり上がった赤い目、大きく裂けた口に大きな牙、爪は鋭く四肢はトゲみたいな鱗でゴツゴツしている。これは怖い。この世界にきてブッチギリで怖い。しかし魔物はそんな僕の心情など御構い無しに躊躇なく襲い掛かってきた。


 咄嗟のことで戦闘態勢が取れてなかった僕は、バックステップで距離を取りファイヤーバレットを打ち込んだ。一撃では倒すことは出来なかったが、相当効いている。見た目とは裏腹にそこまで強くはないみたいだ。僕はトドメとばかりに銃弾を打ち込み魔物を仕留めた。

 

 やはり何かが起きているのは間違いない。僕はそのままアブハム湖に歩みを進めた。


 しばらくすると先ほどと同タイプの魔物が群れをなして、襲い掛かってきた。僕の位置が正確に分かるのだろうか。狙われているように感じた。


 銃弾1発で仕留めれる者もいれば数発かかる者もいる。強さは個体ごとにムラがある。この魔物は巨体のわりに素早いのが厄介だ。僕は上方に飛び上がりサンダーボルトの範囲版を食らわせた。魔物の動きが緩慢になったところに銃弾を浴びせ一気に仕留めた。


 僕は警戒を強め、慎重に歩みを進める。あの魔物は何か探知系の能力があるのだと思う。


 しかしアブハム湖目前までせまったところで、またまた同じタイプの魔物に襲いかかられた。今度は取り囲まれているし数も段違いだ。僕は囲まれていることにすら気付いていなかった。動きが素早い上に隠密性も高い。そして顔も怖い。チートがなかったら1万回ぐらいやられている自信がある。


 それでも警戒を強めていたので初動はうまく対処できた。しかし取り囲まれている状況はまずい。僕は囲まれている状況をなんとかするべくレーヴァテインとクレイヴソリッシュで右側の囲みを切り崩しにかかった。囲みをなんとかしたところで、サンダーボルト範囲版と拳銃を交え、旋回しながら時間をかけて魔物を殲滅した。


 なんとか切り抜ける事ができたが、ハードな戦いが続く。


 僕は更に警戒を強め、アブハム湖のほとりに移動した。もう驚くしかなかった。蛇?竜?謎の巨大生物が湖で咆哮をあげていた。これはヤバイ、さっきまでぶっち切りで怖いと言ってたあいつは、まだまだ序の口だった。怖いなんて表現では片付けられない。巨大生物を目の前にして絶望にも似た感情が僕を支配した。


「ハルトー!遅い!」


 誰だか知らない綺麗なお姉さんが怒ってらっしゃる。もちろん頭の中に語りかけてきた声の主だ。青い髪に青い瞳、透き通るような白い肌に青い衣。青一色って感じだが、とても綺麗だ。こんな綺麗なお姉さんに怒られるのもある意味幸せだ。


「これでも結構急いだのですが……」


「言い訳はいらないわ!さっさとアイツを倒しなさい!」


 綺麗なお姉さんはそう言って、謎の巨大生物を指差す。


「え……あれですか……あんなの……倒せるのですか?」


「何言ってんのよ!情けないわね!それでもベリアルを倒した男なの!シーサーペントなんかベリアルに比べたら全然じゃない!」


 ベリアルを引き合いに出されると、なんとかるような気がする。我ながらチョロい。謎の巨大生物の名はシーサーペント、そして戦わない選択はない。


「……わかりました。やるだけやってみます……」


「やるだけって何よ!やるだけって!勝つのよ!勝つまで戦うの!」


 やっぱりルナやレヴィより理不尽だ。


 シーサーペントは僕が仕掛けるよりも速く、ブレスを放ってきた。せっかちなやつだ。僕は青の綺麗なお姉さんを抱きかかえて回避した。


「なに勝手にさわってんのよ!!!離せ!離しなさいよ!!!」


 手足をジタバタされ2、3発殴られた。今日初めてのダメージは綺麗なお姉さんのパンチだった。とりあえず彼女を離れた場所に下ろし、シーサーペントに銃撃を加えた。硬い鱗に阻まれ全く効いている様子がない。


 シーサーペントの攻撃を回避しつつ魔力を銃に集めた。ベリアルを退けた極大魔力弾を撃ち込むつもりだ。魔力が溜まったところで、シーサーペントに撃ち込むも、湖に潜られ、あっさりかわされてしまった。距離があるとこれほど大きな攻撃は、テレフォンパンチだ。戦い方を考えないといたずらに消耗してしまう。


 シーサーペントが再び水面に浮上し、ブレスを放つ。ブレスに緩急をつけてきているのか、回避の難易度が上がってきた。大きさにものを言わせるだけでなく、しっかり頭も使っている。


 僕も頭を使った戦闘スタイルに切り替えた。水中戦も辞さない覚悟でレーヴァテインとクレイヴソリッシュを手にシーサーペントへ駆け出す、シーサーペントがブレスで迎え撃つ、その刹那、僕は瞬間移動でシーサーペントの後頭部に移動し、レーヴァテインとクレイヴソリッシュを突き立てそこから一気に背中にかけて切り裂いた。

 

 さすが神剣、シーサーペントの鱗もなんのそのだ。シーサーペントが断末魔と共に苦し紛れにブレスを乱射しだした。しかし、そのうちの1発の射線上に、青の綺麗なお姉さんがいた。


「危ない!」


「えっ」


 僕は青色の綺麗なお姉さんの前に瞬間移動し、お姉さんをかばってブレスの直撃を受けた。


「……っ……だ……大丈夫ですか……?」


「う……うん……」


「……よかった……」


 全身が焼けるように痛かった。実際焼けたのだが、なんとか耐えた。僕は生きている。そしてシーサーペントも……


「あいつ……」

「ハルトダメ!!!」


 僕はもう一度シーサーペントの頭部へ瞬間移動した。確実に仕留めるために勢いをつけてレーヴァテインで眉間を貫いた。シーサーペントの眼から光が消え、シーサーペントは絶命した。シーサーペントが霧散したこともあり僕はそのままの勢いで、湖に沈んだ。


「ハルトーーーーーーーー!!!!」


 薄れゆく意識の中で考えていた。何というか今回の件は謎だらけだ。もし誰かのために戦って死ぬ運命だったとしても、今回は嫌だ。気になる事が多すぎて、死にきれない。


 目を開けると、青い綺麗なお姉さんが、僕に向かって泳いで来るのが分かった。月明かりに照らされたキラキラとした光の中で泳ぐ彼女の姿は、幻想的なまでの美しさだった。


 気になる事が多すぎて死ねないと思っていたが、最後に見る光景がこれなら悪くはない。


「……ルト」


「ハル……」


「ハルト……」


「ハルト!」


 気が付くと超至近距離に綺麗なお姉さんがいた。

「こ……ここは天国?」


「何言ってんのよ!ばか!」


「僕は……生きているのか……」


「うっぅぅ……ハルトぉぉぉ良かったよぉぉぉ」


 彼女は泣きながら抱きついてきた。状況は飲み込めた。でも、何でこうなった?!


「あの……色々聞きたいです……」


「……ぅぅ……ぅぅぅハルトぉぉぉぉぉぉ……」


 まだ無理っぽそうだ。


____しばらくして、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。


「私は水の精霊ウンディーネよ」


 青の綺麗なお姉さんの正体は精霊さんだった。

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