第10話 付与魔法

 あれからも変わらず、僕は勇者パーティーの拠点でお世話になっている。女性4人の中に男1人なので、色々気苦労が絶えないが、この世界に来てはじめて出来た大切な居場所だ。


 そんな生活にも徐々に慣れだしたこの頃、訓練のない日は、なるべくギルドでクエストを受けるようにしている。流石に37歳のおじさんが、若い女の子に面倒見てもらうなんて、許される事ではない、きちんと対価を納めるためだ。


 そんなわけで今日は訓練が無いので、ギルドに来ている。


「こんにちはリトン」


「こんにちはハルトさん」


「何か良いクエストあります?」


 僕のクエストはいつもリトンが見繕ってくれている。


「たった今入って来ましたよ!」


「どんな内容ですか?」


「護衛です。魔法学園の学生さんですよ」


「えっ、でもブロンズじゃ護衛は受けられないんじゃ?」


「その…個人での依頼なので、報酬が……」

(報酬が低くてブロンズ以外じゃ受け手が無いと言うわけか)


「分かりました。是非、受けさせて下さい」


「ありがとうございます!ハルトさんならきっと受けて頂けると思ってました!」


「たった今ってことは、依頼主はここに居るのですか?」


 ギルド内を見渡すと隅の方で小さくなっている女学生を見つけた。僕は彼女の方を指差し、リトンに尋ねた。


「彼女?」


「はい!私の友達なのです!よろしくお願いします!」


「分かりました。紹介して下さい」


「はい!」


 リトンに連れられて彼女の元へ向かった。


「エイダ、護衛が決まったよ」


「はじめましてエイダさん、ブロンズランク冒険者のハルトです」


「はじめまして……」


「リトン……いい?」


「なに?」


「ブロンズって、最低ランク?」


「そうだけど……」


「彼、大丈夫?歳も私と変わらない、頼りなさそう」


 なかなか直球な質問且つ、的を得ている。逆の立場なら僕もそう思うだろう。彼女はもしかして思考が僕と似通っているのかも知れない。しかし、この手の会話は本人を前にしてやっちゃダメだよって教えてあげたい。


「なに失礼な事言ってんのよ!ハルトさんなら大丈夫だよ!確かに見た目がチャラくて頼りなく見えるけど、そこそこクエストもこなしているし、ギルドでの評判もそこそこなんだよ」


 不思議とフォローされている気がしない。


「報酬増やして、シルバー以上の方がいい」


「ダメだよ!エイダは可愛いから別の危険もあるんだよ?その点、ヘタレって噂のハルトさんなら安心なんだよ!安いし、見た目もいいし、そこそこ実績も信頼もあるし」


 この手の話を本人の目の前でやられると、無駄に傷つくから、本当に止めようねって教えてあげたい。


「ん、わかった……よろしくハルトくん」


「よろしくエイダさん」


 思うところはあるが、僕たちはとりあえず彼女の要望で、マズロー平原、マズローの森入り口近辺を目指している。


 エイダさんは『知的な可愛い系女子』だ。そんな風に思わせる最大のポイントはメガネだ。元の世界でメガネフェチだった僕にはたまらない。程よい感じの茶髪で、ゆるふわのセミショート。眼鏡をかけてても可愛いけど、眼鏡をとったらクラスでひと騒動起きるんじゃないか?ってぐらいのポテンシャルを秘めている。


 人見知りなのか、僕が嫌なのかは分からないが、今のところ会話は全く弾んでいない。それでも僕はめげずに話しかける。初対面の人と無言の時間が長すぎると変に気を使ってしまうからだ。


「エイダさんは魔法学園で何を専攻されているのですか?」


「付与魔法」


「付与魔法ですか……」

 そういえば僕の身に付けているものは、付与魔法の塊のようなものだ。


「僕のこの服も色々付与されてますよ」


「見せて」


 やっと食い付いてくれた。僕は上着を脱いで彼女に手渡した。彼女は立ち止まって、上着を凝視している。


「こ……これ……」


「見てわかるものなんですか?」


「ある程度わかる、でも、これは……」

 先手を打って、戴き物だと言っておこう。


「これは僕の恩人からの戴き物なんですよ」


「こ……こんな凄い物を………」


「これ、魔法の糸で作られてる、付与は……治癒……クリーン……修復……後はわからない……」


「さすがですね……その三つは合ってます」


「ハルトくん……これを付与した人紹介して」

 エイダが上着を手渡す。 


「うーん……その人はかなり遠い世界の人だから……会うのも厳しくて……だから餞別にってことで戴けたんです」

 さっと袖に手を通す。


「そう……残念……」


 一応嘘は言ってないつもりだ。ギリ、セーフのはずだ。


 実は、ルナとエイルの提案で、フレイヤ様や前世の事は、3人だけの秘密にしようって事になっている。無駄な騒ぎを避けるためだ。


 せめてロランとレヴィには話すべきでは?と聞いたが、皆んなが知っていると、隠す意識が薄れ、ボロが出てしまうとエイルに諭された。若干の後ろめたさはあるが、上手くやるには必要な事だと思っている。


「そんな付与魔法、学園でも出来る人いない……むしろそれはアーティファクトレベル」


「アーティファクトって……そんなに凄いんだ……」

(確か、オーバーテクノロジーな人口遺物だっけ……)

 国宝級からランクアップだ。


「ハルトくん、それあんまり人に見せない方がいい」


「はい……そうします……」

 空間収納や魔力回復の件は黙っておいた。


 エイダさんがほんの少しだけ心を開いてくれた所で、マズロー平原に到着した。少し先にゴブリンの一団がいる。


「これ試す」

 エイダさんがそう言って取り出したのは、金属製の細くて短いステッキだった。


「そのステッキは?」


「このステッキにはファイヤーバレットとサンダーボルトが付与されてる、今日は試し射ち」


「ゴブリンにですか?」


「そう」


「じゃあ僕は万が一のガードですね」


「そう、じゃ行ってくる」


 ファイヤーバレットとサンダーボルトの射程には、まだ少し距離がある位置からエイダさんはステッキを構えた。


 そして彼女がステッキに魔力を注ぎ込むと、ファイヤーバレットとサンダーボルトの混合魔法がゴブリンに向け発射され、的になったゴブリンは一撃で消滅した。


 なかなかの性能だ。しかし、喜んでばかりはいられない、今の一撃で他のゴブリンがエイダさんに気付いた。僕はエイダさんの元へ駆け寄った。


「どうします?ステッキで倒しますか?それとも僕が?」


「あぅっ……あぅっあ!」


 エイダさんは迫りくるゴブリンの一団に怯えている様子だったので、レヴィに教えてもらった、雷系の範囲魔法でゴブリンの一団を退治した。


「そのステッキすごいですね!」


「……ステッキよりも……ハルトくんが凄い」


「え?」


「今の魔法何!」


「サンダーボルトのアレンジ版です」


「アレンジ……?」


「範囲攻撃ができるように、着弾してからも少しの間、魔法の効果を維持できるように改良してます」


「……そんなの聞いたことない……」


「師匠に教えていただきました」


「凄い方なのね……」


 確かに凄い、素人の僕に、体で覚えろと色んな魔法を遠慮なくぶっ放してきたのだから。全回復が間に合わなかったら、危なかった時もあった。


「かなりスパルタですけどね……」


「羨ましい……私、実技苦手……」


「実技って、直接魔法を放つことですか?」


「そう、だから付与魔法」


「なるほど……」


「付与魔法なら実技が苦手でも、魔法が使えなくても、魔力さえあれば使える」


「そのステッキ僕にも使わせてもらってもいいですか?」


「いいよ」


 少し進んだところにオークが5匹居たので、エイダさんのステッキを試させてもらった。


「あいつを狙ってみますね」

 僕は1匹のオークに狙いを定め、魔法を発射した。すると着弾点で爆発が発生し、他のオークも巻き込み、オークは1発で全滅した。


「…………」


「す……凄いで威力でしたね……」


「う……うん」


「威力は魔力に依存する……ハルトくんの魔力、想定外……ハルトくんやっぱり凄い」


「いやいやいやいや、エイダさんのステッキの力ですよ!扱いもすごく簡単でしたし、使った後の消耗も、通常の魔法より少ないですよ」


「そう、ありがとう」


 その後、しばらくエイダさんの試し射ちに付き合った。最初は反撃に怯えていたエイダさんだったが、数をこなすうちに反撃にも対処できるようになっていた。彼女のステッキは連射性もなかなかのものだった。


「うん、ここまでにする」


「了解です」


「ハルトくん、ありがとう」


「いえいえ、依頼ですから」


「格安……」


「あは、僕はまだ駆け出しなんで」


「あんなに凄いのに……」


「きっと師匠のおかげですね」


「ハルトくん、またお願いしていい?」


「もちろんです」


 エイダさんを自宅まで送り届けて、今日の任務は完了した。このことが切っ掛けで僕は付与魔法に興味を持っていく。うまくやればクルマやスマホ、食洗機やウォシュレットなど、元の世界の生活便利グッズが作れるのはないかと考えたからだ。


 この世界での楽しみが増えた日だ。



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