第2話 救世主は勇者様

 今、目の前に大量の魔物がいる。ダイアウルフ、ベアウルフ、コボルドと言ったところだろうか。まさか異世界生活のスタート地点がこんなハードな場所だとは思いも寄らなかった。


 フレイヤ様に授けて頂いた諸々の力を、早速使う事になりそうだ。


 腰を抜かして驚いている僕に、容赦なくダイアウルフが飛びかかって来る。フレイヤ様に聞いていた通り剣で攻撃したいと思い、飛びかかって来たダイアウルフを一刀の元、斬り伏せた。それでも魔物たちは、数に物を言わせ、容赦なく襲いかかって来る。いくらチートな僕でも、このままでは保たない。授けていただいた『イメージ動作補正』で後退しながら銃撃で応戦する。


 スキルのおかげで、なんとか体勢を立て直すことが出来た。とりあえず全力で逃げることにした。身体強化が施されているせいか、全力で走っても息ひとつ切らさない、しかもバイクで走っているような速さだ。

 

 しかし、ダイアウルフには追いつかれる。こいつの素早さは厄介だ。距離があるうちに対処しないければ、他の魔物にも取り囲まれてしまう。


 そんなわけで距離があるうちにダイアウルフを拳銃で対処、銃撃を掻い潜ってきた奴らは、剣戟で対処する作戦でやり過ごすことにした。


 僕は走った。ただひたすらに走った。ここが何処だか分からないのだから、そうするしかなかったのだが、最悪の結果だ。目の前に断崖絶壁が迫っていた。超高層ビルほどの高さだ。流石に身体強化された僕でも飛び上がる事は出来ないだろう。


 僕は覚悟を決めた。


 せめて背後を取られないように、崖を背にして拳銃でひたすら応戦した。10匹に1匹ぐらいの確率で対処が遅れ、ダメージを受ける。衣類の付与効果で傷は治癒され、衣類も自動的に修復される。しかし普通に痛いし、出血もする。もしかして失血死するんじゃないかってレベルで出血している。


 このままだと逆戻りだ……『インヴィンシブル』を使えば逃げ切れるのかもしれないが、もし失敗したらアウトだ……そんな事を考えていると、崖の上から何者かが飛来し、魔物を吹き飛ばした。


 魔物達はたじろいで、様子を伺っている。


「助けてあげるわ、下がってなさい」


 崖の上から飛来したのは、なんと人間の女子だった。


「これ以上は無理です!!」


 崖を背にしていたとは言え、女子を目の前にして咄嗟に出た言葉がコレだ。彼女は振り向いて、そんな僕の状況を確認した。


 髪はブラック系のアッシュで、ゆるふわセミロング、瞳は吸い込まれそうな紅色、フレイヤ様に勝るとも劣らない美貌。少しあどけなさが残っていて、可愛い系と美人系のいいとこ取りのような容姿だ。モデルのように、スラっとした彼女に似つかわしくない大きさの両手剣は、にびやかな輝きを放ち装飾も豪華だ。


 彼女は色んな意味で只者ならぬ雰囲気をまとっている。


「なら、めり込みなさい!」


「え……」

 めり込めなんて言われた事も無いし、今後も言われる事は無いだろう。やはり只者じゃない。


 彼女は僕にそう告げると、両手剣を構え、水平斬り一閃。


 周囲の魔物が剣圧で真っ二つに切り裂かれた。彼女は何度かそれを繰り返し、見える範囲の魔物を一掃した。僕は何も発することができない、凄すぎる。


「逃げるわよ」

 彼女は両手剣を鞘に収めた。


「え」


「何ボーッとしてるのよ、さっさと私に掴まりなさい!」


「え、捕まる?」


「殴るわよ」


 僕は事態を飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くしていた。彼女はそんな僕の胸ぐらを掴み、何かアイテムを使った。すると僕達は一瞬で、何処かの街の広場に移動した。


「……こ、ここは?」

 彼女はどうやら帰還アイテムの類を使ったみたいだ。ここは安全なようなので拳銃をホルスターに収納した。


「ここはマイオピアよ」


「あっ勇者様だ」

「勇者様お元気ですか?」

「勇者様こっち向いて!」

「勇者様がカツアゲしてる!」

「アイツ血だらけだぞ!」

「きっと勇者様にボコられたんだ!」

「でも相変わらずお綺麗!」


 本当に只者じゃなかった、彼女はなんと勇者だった!僕もびっくりだ。突然の彼女の登場に広場はちょっとした騒ぎになった。彼女は慌てて僕の胸ぐらから手を離した。


「ここは目立つから場所変えるわよ、付いて来なさい」


「は……はい」


 彼女は周囲に笑顔を振りまきつつ、声援に手を振って応えている。僕は彼女から少しだけ距離を取り後を追った。そう言えば、助けてもらったお礼もまだだった。


「あの……助けていただいて、ありがとうございます」


 僕は深々と頭を下げた。


「別に助けたくて助けたわけじゃないわ」


「それでも、ありがとうございます」


「そんなことより何故ブルーオーシャンに居たの?あそこは立ち入り禁止区域よ?」


「……ごめんなさい、知りませんでした」


「知りませんでしたで済まされないことよ、そもそも出入り口は、厳重に警備されていたはずだけど……どうやって入ったの?」


「それは……」


「まあ、いいわ、着いたわよ」


 赤十字の看板が掲げられた病院風の建物に着いた。看板にはホスピタルと書かれているので、救護施設であることは間違いないだろう。因みに看板の文字は僕の知っている言語では無かったが、普通に読むことができた。これも女神さまのチートの影響だろうか。


「ただいま、エイルいる?」


「はいはーい」


「怪我人よ」


「うわぁぁ……すごい血だね、大丈夫?」

 そう言えば、傷は塞がっているが血痕は消えていない。余計な気を使わせてしまった。


「すみません、傷はもう塞がっているので大丈夫です」


 2人は怪訝な表情を浮かべる。


「ん?お兄さん何言ってるのかな?頭でも打った?とりあえず、診察室に来て」


 変な人扱いされて診察室に通された。


「服、脱げる?」


「あ、はい」


 自動洗浄が付与されていると聞いていたが、流石にまだ血みどろだった。


「これだけ出血してて、よく立ってれたね……何があったの?」


「ブルーオーシャンで魔物に囲まれていたのよ」


「え……なんでまた、あんなところに、ていうか、よく生きてたね……」


「ギリギリのところで勇者様が助けてくれました」


「助けたんじゃないわ、あそこで戦われると迷惑なの」


「本当に、申し訳ございませんでした」


「さっきも言ったけど、謝って済む問題じゃないんだって」


「まあまあ、抑えてルナ、まずは治療よ」


「仕方ないわね」


「ちょっとしみるかもだけど、血を拭き取らせてね」


「はい」


 アルコール漬けされた脱脂綿でエイルさんが丁寧に血を拭き取ってくれた。


「ん?あれぇぇぇ……本当だね……うっすら傷跡は残ってるけど殆ど治ってるね」


「え!」


「お兄さん回復魔法使えるの?」


「いえ……その服に自動回復が付与されてるんです」


「「自動回復」」


「ちょっ、なんでアンタがそんな国宝級の装備をもってるのよ」

 自動回復は高価なものだとは思っていたが、まさか国宝級とは思ってもみなかった。そう言えばフレイヤ様はレーヴァテインとクレイヴソリッシュは神話級の武器だとおっしゃっていた。本当にイージーモードのようだ。

「気になるね」


 フレイヤ様の事を、変に誤魔化すより、素直に話すことにした。


「フレイヤ様からの頂き物です」


「「…………」」

 2人は顔を見合わせた。


「「フレイヤ様!」」

 2人はかなり驚いてる様子だ。


「フ……フレイヤ様って愛と豊穣の女神のフレイヤ様のことなの?」


「はい」


「まさか……フレイヤ様とお会いしたってこと?」


「はい」


「……怪しいわね……ていうか、いったいアンタ何者なの?いい加減名乗ったらどうなの?」


 取りつく島もなかったのだけれども言葉を飲んだ。


「すみません、申し遅れました……僕はハルトと言います、ここへはフレイア様の導きでやって来ました」


 異世界転生の作法に則って、ファーストネームをカタカナで名乗ってみた。


「……」


「フレイヤ様の導きって……フレイヤ様はいったい何の目的でアンタをここにへ?」


「分かりません……ただフレイヤ様に送り届けられたのが、あの森だったんです……」


「やっぱり怪しいわね……」「やっぱり怪しいよね……」


「まず、フレイヤ様に会ったって事が既に疑わしいわ、何か証拠でもあるの?」


「証拠ですか……」


「えええええええええええええ!」


「エイルどうしたの?」


「ハルトの服が勝手に……」


 自動洗浄の効果で服が綺麗になっていた。


「自動洗浄の効果もありますので……」

 まだ体は血で汚れていたが、とりあえず服を着た。


「で……デタラメねアンタは……」


「話を戻すねハルト、証拠はないの?」

 自動洗浄に驚いた張本人なのに、エイルは案外冷静だった。さすが医療に従事しているだけのことはある。


「証拠…………あっ!……これならどうでしょうか?」

 僕はそう言って、レーヴァテインとクレイブソリッシュを取り出した。神話の剣なら神様との繋がりも証明できるのじゃないだろうか。


「「な!」」


「ひ……光の剣……よね」「光の剣だわ……」


「レーヴァテインとクレイブソリッシュです。これもフレイヤ様から頂きました」


「「…………っっっっっっっ!」」


 2人は声にならない声をあげていた。


「神話の剣……よね?」「神話の剣だわ……」


「図書館で見たことある、フレイヤ様が持っていた剣と同じだね……」

「そ……そうね」


 神話の剣だから実物は見たことないのか。


「信じていただけましたか?」


「そっ……そうね……ハルト、アンタのことを取り敢えず信じてあげるわ」


「でも、ハルトの話が本当だったとしたら、ハルトがブルーオーシャンに送り込まれたのには、何か意味があったってことだよね……フレイヤ様は何も言ってなかったの?」


「特に何も……」


「ハァー……厄介ごとにならないといいけど……」


「そう言えば、ブルーオーシャンの森は何かあるのでしょうか?」


「そんな事も知らないのね」


「ブルーオーシャンの森は魔物が多すぎて魔石の回収が出来ないのよ、魔石が回収できないリスクは知ってるわよね?」


「はい」


「ブルーオーシャンの森で下手に魔物を倒すと強力な魔物が生まれて、その魔物が近隣の町や村を襲うかもしれない、だから森の出入り口は警備が厳重なの」


「今日は私もかなりの魔物を倒したわ……だからしばらくは警戒が必要ね……」


「……だからピリピリされていたのですね……」

 僕の魔石は回収されているはずだが、それは伏せておくことにした。


「ハルト、私はルナ、勇者よ」


「は……はい」


「ハルト、アンタはしばらく私とパーティーを組みなさい」


「え……」


「なに?嫌なの、勇者とパーティーを組めるのよ?」


「滅相もうないです……あまりにも突然だったので」


「勘違いしないでね、神話級の装備を持つ得体の知れないアンタを、この街に連れてきた私の監督責任だからね!」


「なるほど……分かりました」


「じゃあハルト、今日から、ここを自分の家だと思っていいよ」


「えっ……さすがに、そこまでは……」


「いいの、きっちり身体で払ってもらうから」


「え……」


 異世界初日、僕は超美人の勇者様とパーティーを組むことになって、見ず知らずの女の子の家でお世話になることになった。これまでの人生では考えられなかった急展開に僕の心臓は耐えられるのだろうか……しかも身体で払うって……期待と不安で今にも胸が張り裂けそうだった。

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