第2話

 


 ……すおうまゆこ?


 一度も聞いた事のない名前だった。封筒の中にあったは、三つ折りになった罫線のない和紙だった。毛筆で認められた流麗なる文字は、書道に携わったであろう片鱗がうかがえた。




拝啓

 夾竹桃きょうちくとうが色を鮮やかにする今日この頃 いかがお過ごしでいらっしゃいますか

 奥様がお亡くなりになられたとの事 お悔やみ申し上げます

 私のせいですね どうかお許しください

 博章さんが自由の身になられた分 私のほうは不自由な身の上になって 皮肉なものですね

 私は己のとがを背負って 一生償っていきます

 もう二度とお逢いする事はないでしょう

 いつまでもお元気で

 あなたに愛された日々が私のすべてでした それを支えに生きていきます

 ありがとう そして さようなら

 最後にイヌサフランの花言葉を捧げます

      かしこ




 アクリル絵の具だろうか、最後の一枚には、左下に淡藤色の花が描かれていた。封筒にも住所はなかった。いつ頃の手紙かと消印を視たが、煙草のヤニと湿気のせいでか、文字が滲んで明確に読み取れなかった。


 母が他界したのは三年前。私が嫁いで間もなくだ。文の内容からして、この手紙が届いたのは、それ以降の夏ということになる。


“あなたに愛された日々”……父はこの周防万由子という女と付き合っていたと言うのか。“奥様が亡くなったのは私のせい”とはどういう意味だ。母は末期の子宮がんで逝った。


 私は何度も読み返しながら、二人の関係を推量し、合点のいかない箇所は無理矢理に平仄ひょうそくを合わせた。


 ふと、横をると、日陰になっている父のい草の座椅子でミケが伸びをしていた。



 生活のために再就職をかんがえたものの、OLの経験しかない三十路間近には、正社員という好条件の募集はなく、とりあえず繋ぎにと思い、求人の張り紙があった近所の弁当屋で働くことにした。



 それは、新年を迎えて間もなくのことだった。ミケと二人だけで正月を過ごす初めての経験は、万感胸に迫るものがあった。


 正月祝いも兼ねて、父の好きだった煙草と、小瓶の日本酒を仏壇に供えた。


「……父さん、明けましておめでとう。そっちはどう? こっちはミケと二人の色気のない正月。煙草と酒、置いとくからどうぞ。あんまり飲み過ぎないようにね。煙草も吸い過ぎには注意しましょう。体に良くない――」


 そこまで言って、あっと思い、次の言葉を飲み込んだ。


 この世にいない人の体を心配して、……ばか。


「…………うーっ」


 途端、感極まって、思わずむせんだ。



 気分直しのように、母の形見の藤色の付け下げを着ると、近くにある諏訪神社まで初詣に出掛けた。

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