第216話 捕虜移送

 軍務大臣のゲラルトさんに渡す先日の海戦の報告書の清書をネヅロンの行政庁舎で行う。応接室内に制服姿のジョージ、扉のすぐ外には直垂ひたたれ小袴こばかまを着て普通の長さの太刀を佩いた為朝がいる。


 今日は各船に収容している捕虜の移送も行う予定だから時間には注意しないとね。捕虜収容のために【召喚】した町は“コトソール”と名付けられた。ツァハリアスさんはコトソールの今後について幹部を集めて会議中だよ。方針が決まれば各ギルド長も参加する会議をもう一度開くらしいけどね。


 最初から一緒にやればいいのにと思って理由を聞いたんだけど、過去に似た様な会議を開いてそれぞれのギルド長や幹部を招いたら、自分の所を利益確保に走る人が多すぎて話し合いにすらならなかったみたい。結局はツァハリアスさんの領主としての権限において場を収めたらしいけどね。んで、今回はそんなことが起こらないようにある程度の方針を行政側で決めておこうということらしい。


 ちなみにピーテルさんは僕の代わりに軍港に行って移送の準備をしてくれている。


 しかし、草稿を清書するのも大変だなぁと思っていたんだけど、思いの外スムーズに進んでいるんだよね。なんでだろうと休憩がてらジュースを飲みながらステータスを見てみる。すると、【能力】の所に【事務仕事(熟練)】というのが増えていた。なるほど、これのおかげかぁ。でも、LVじゃなくて“熟練”って数値化したらどれほどのモノなんだろうね。


 そして、なんとお昼前には終わってしまった。これには僕もビックリだ。大きめの封筒に入れて家紋入りの封蝋印を押す。そして【異空間収納】へとなおす。よし、これで今日の仕事の半分は終わったね。ジョージと為朝に声をかけて早めに昼食を摂りに行こう。


「ジョージ、為朝、清書が終わったからお昼ご飯にしよう。」


「了解しました。」


「承知した。」


 2人と一緒に街を歩く。今日はお肉を食べたい気分だからなぁ。どこかいいお店ないかなぁっと。う~ん、露店で売っている串焼きも美味しそうだね。ちなみに食堂とかの前でやっている露店はそのお店の持ち帰りメニューを売っているから忙しい人向けだね。


「あっ、このお店は精肉店が経営している肉料理屋みたいだね。ここにしよう。いいかな?」


 僕の言葉に2人とも頷く。


 扉を開けて中に入ると、料理に使われている香辛料の香りが一気に襲って来て、空腹具合を加速するね。ウェイターさんに席へと案内してもらう。席に着くまでに何人かの人が僕を見て驚いた表情をしていたけど気にしない、気にしない。さて、メニューを見よう。う~ん、色々あるねぇ。ジョージは“牛肉の果実酒煮込み”に、為朝は“牛のステーキ”にするみたい。うん、僕はこれにしよう。呼び鈴を鳴らす。今度はウェイトレスさんがやって来た。


「牛肉の果実酒煮込みを一つ、牛のステーキ400gを一つ、各種お肉の串焼き盛り合わせを一つください。飲み物はお肉に合う果実水を一つとお酒を二つお願いします。」


「ご注文承りました。少々お待ちください。」


 そう言って、ウェイトレスさんが席を去るとジョージが小声で聞いてきた。


「ガイウス卿、いいんですか?酒を飲んでも。」


「大丈夫でしょ。ひどく酔えば【ヒール】で治すから。」


「では、ありがたく。」


 為朝からもお礼を言われる。そこまでのものかなぁ。お酒を飲んだことが無いからわからないや。まぁ、2人とも多少酔った程度では問題ないでしょ。そんな感じで雑談をしていると料理が運ばれてきた。僕の目の前には大皿に牛肉、豚肉、鶏肉の串焼きが載っている。タレの香りもよくておいしそうだ。


 味も量も値段も満足の昼食を終えて、一旦、シントラー伯爵邸へ寄り着替えてから軍港に向かう。領軍司令部の会議室でピーテルさんと合流する。会議室内には国軍艦隊司令官のホベルトさんとマヌエルさんもいて、他に数名の上級指揮官さんがいる。僕が入室すると一斉に立ち上がり敬礼をされるのですぐに答礼し、「楽にしてくれ。」と伝える。各々が席に着くとピーテルさんが報告してくれる。


「すでに、捕虜を載せた船は沖に待機させています。いつでもいけます。」


「ツァハリアス殿が合流したら出発しよう。“ヴァルター”も大丈夫かな?」


「はい、“ヴァルター”以下司令部艦隊も問題ありません。」


「では、ツァハリアス殿が来るまでゆっくりしておこう。」


 そう言いながら席に着くと給仕の上級兵さんが紅茶を淹れてくれる。お礼を言って口をつける。ちなみにジョージと為朝は護衛のためフル装備で僕の後ろに仁王立ちしている。2人にもそれぞれ紅茶を淹れてくれたみたいでお礼の言葉が聞こえる。


 30分も待たないでツァハリアスさんがやって来る。


「ガイウス閣下、お待たせして申し訳ありません。」


「いや、問題ない。さて、ではいこうか。」


 僕の言葉に室内の人達が一斉に立ち上がり敬礼をしてから自分の船へと向かって行く。今回はピーテルさんとツァハリアスさんに加えホベルトさんとマヌエルさんも“ヴァルター”に乗船するので、僕らと一緒に“ヴァルター”へと向かう。


「マウリッツ船長、今回もよろしく頼む。」


「はい閣下。捕虜は安全に届けてみせます。」


「そういえば、オーシプ殿はどうかね?」


「ドミニク上級衛生兵の話しによれば、血液量も回復し大人しく普段通りの生活を送れているようです。ただし、再生された右腕は時々突っ張るような感じになるみたいです。」


「ふむ、そうか。ありがとう。」


 帝国艦隊司令官のオーシプ・レスコフ侯爵は特に問題はないようだね。彼が正常でないと今後の捕虜返還の交渉についても難儀するからね。


 “ヴァルター”率いる司令部艦隊が捕虜を移送する艦隊を率いる形でラルン岬の近くに造った捕虜収容都市へと向かう。既に領軍工兵隊が派遣されて傾斜地を避け簡易桟橋を設置してくれている。でもこの隻数だから夜までかかるかもなぁ。他にも衛兵隊や領軍後方支援隊などが派遣されて受け入れ準備を整えている。


 14時20分頃にはラルン岬沖に着いた。これから順次捕虜を下船させていく作業にうつるよ。ラルン岬の帝国側には高速戦艦“霧島”率いる私兵艦隊の4隻が遊弋ゆうよくしている。任務は戻ってくる教会艦隊の出迎えと可能性は低いけど否定できない帝国側の侵攻警戒だ。【ライト】を使って「ご苦労。」と覚えた発光信号を送る。すぐに“霧島”から返事の発光信号がくる。


 捕虜の下船が実際に始まったのは14時30分を過ぎてからになった。【風魔法】と【水魔法】を使用し、スムーズに桟橋に船が横づけしていく。下船した捕虜たちは衛兵隊と領軍の監視下、捕虜収容都市“コトソール”の町へと向かって行く。ちなみに、上級指揮官や貴族階級の捕虜には、捕虜たちのまとめ役として動いてもらわないといけないので、馬車で先に行かせている。まぁ、荷馬車だけどね。幌付きだから我慢してほしい。


 ただ、司令官であるオーシプ・レスコフ侯爵は暗殺されると面倒なのでしっかりとした護送馬車で移送する。“ヴァルター”から送り出した時はホッとしたよ。


 約1万4千人の捕虜を全て下船させたのは16時50分だった。桟橋がなければもっと時間がかかっていたかもね。捕虜を降ろし終えた船は所属ごとに艦隊を組んでラルン岬沖に待機している。“ヴァルター”も桟橋から離れて司令部艦隊に合流して、艦隊はネヅロンの軍港へと戻る。


 軍港に着いた頃には既に終業時刻を過ぎていたので、当直の船の乗員以外は我先にと帰っていく。まぁ、残業代がつくから不満とかは出なかったけどね。ジョージに聞いた話しだと地球では残業代を出さない所もあるらしい。そこで働いている人たちの労働意欲って無くならないのかな?不思議だねー。僕も健全な領地運営をしていかないとね。


 明けて18日の火曜日、王城に行って軍務大臣のゲラルトさんと会うために僕は正装に着替えてネヅロンの町から【飛翔】を使って王都へと向かう。もちろん、純白の翼を生やすのも忘れない。【風魔法】で障壁を作り、空気の抵抗を受けないで最速で向かう。今回は時間を誤魔化せないので【空間転移】は使わないよ。ちなみにヘラクレイトスはコトソールを【召喚】した日にゲーニウス領へと帰したよ。


 王都に向かって飛行していると、凄い速さで接近する気配があった。それはあっという間に僕を追い越し、ターンして戻ってくる。2機のF-15Eだ。戻ってきたF-15Eのうち1機が近づき、酸素マスクを外してバイザーを上げる。ルーデル大佐だ。彼が耳の所を指差したのでヘッドセットを取り出し、後席のガーデルマン少佐が示す無線周波数に合わせる。すぐにルーデル大佐から通信が入る。


『マーティン中尉より、ガイウス卿が王都に空路で向かったと報告があり護衛に来ました。ドイツ空軍第2地上攻撃航空団(SG2)の半数、80機で扇状に展開しながら捜索していました。小官とヘルムート中尉の機で王都まで護衛します。ガーデルマン、残りは帰投させろ。』


「わざわざありがとう。ジョージにもお礼を言っとかないとね。」


『ハハハ。我々パイロットは空を飛べるならどんな理由でも良いのですよ。ま、一般市民を爆撃しろなどでしたら御免被りますけどね。』


「なるほど。町への無差別爆撃について大佐は嫌いなのかな?」


『ええ、あれはいけませんね。戦争は軍人同士が行なうべきですよ。ま、嫌がらせはしてもいいかもしれませんが。』


「例えば?」


『ふむ、航空部隊では難しいですが、陸上部隊なら食糧の徴発でしょうか。勿論、飢えない程度には残しますが。それと、寒い時期で無ければ、家を焼くなどもありますね。水源の汚染はこの世界ではしない方がよいでしょう。』


「なるほど、なるほど。」


『大佐、貴方の言う方法も市民から見ればえげつないですよ。』


『ガーデルマン、仕方ないだろう。私はパイロットだぞ?』


『それを言うなら、私は軍医なんですが・・・。』


 ガーデルマン少佐がそう言うと、ルーデル大佐は口笛を吹きながら誤魔化した。少佐に少し同情しちゃった。軍医で兵装システム士官って大変だよね。


 ルーデル大佐達と雑談をしていると王都までの旅路が短く感じる。王都の手前で大佐達と別れる。大佐達は翼を振って高度を上げてエドワーズ空軍基地へと帰投していく。それとは逆に僕は高度を落としながら王都の正門へとゆっくりと近づいていく。面倒くさいだろうなー。帰りたいなー。

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