第217話 報告するよ

 9時20分頃に王都の正門近くに着陸するとすぐに衛兵さん達が寄ってくる。遠くからでも空を飛ぶ僕の姿は確認できていたみたいだね。


「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下、ようこそ王都へ。私は分隊長を務めておりますダーフィットと申します。貴族証のご提示をお願いします。」


 僕を4人の衛兵さんが囲って周囲警戒をしながら分隊長のダーフィットさんが話しかけてくる。僕は頷きながら貴族証を出す。


「・・・ありがとうございます。確認ができましたので、門まで護衛いたします。飛行されてきたようですが、馬はどういたしましょう?」


「申し訳ないが、オリフィエル準男爵邸へ使いの者を出してもらえないだろうか?これを見せれば馬か馬車なりを用意してくれるはずだ。」


「承知いたしました。狭いですが詰所でお待ちください。」


 詰所の個室へと通される。どうやら応接室のようだ。


「ああ、ありがとう。そうだ、使いの者にはこれも渡しておこう。帰りに皆で楽しむ分を買うといい。交代制の門の守衛役だと所属小隊の全員で飲みに行くのは難しいだろう?」


 お礼を言って、銀貨が入った革袋をダーフィットさんに書簡と共に渡す。彼は深くお辞儀をしてから出て行く。その背中に向かって、


「全て使い切ってしまって構わんよ。アルフォンス殿には私から説明しておくから。」


 そう言うと、振り返って目礼をしてくれた。少しでも息抜きになればいいね。僕はソファにゆったりと腰掛け、【異空間収納】からジュースを出して飲んでいると、扉がノックされる。


「どうぞ。」


 と声をかけると女性の衛兵さんが紅茶を淹れてきてくれたようだ。彼女は僕が持っているジュースに気付き、アッという表情をしたけどすぐに戻し、努めて平静を装って言う。


「お茶をお持ちいたしました。」


「ありがとう。すまないね、魔法袋持ちだから勝手に飲んでいた。心配りに感謝するよ。うん、良い香りだ。」


「はい、閣下。ありがとうございます。」


 その後は特に何もなく40分ほどが過ぎた。10時をちょっとすぎたぐらいに扉がノックされ、声をかけられる。


「閣下、ダーフィットです。お迎えの馬車が到着いたしました。」


「ありがとう。すぐに向かう。」


 そう言って、扉を開けてダーフィットさんの先導で馬車まで向かう。馬車では御者の人が跪(ひざまず)いて待っていた。すぐに僕は立ち上がるように言う。こういうの慣れないんだよなぁ。ダーフィットさんにお礼を言って、馬車に乗る。


 そして馬車は貴族街の旧オリフィエル侯爵邸、現オリフィエル準男爵邸へと向かう。時間にして12分ほどで着いた。使用人総出の出迎えに労いの言葉をかけ、軍務省へと向かうためにまずは先触れをお願いする。すぐに書簡を持って行ってくれた。

先触れの人が戻って来るまで僕は執事長とメイド長を呼んで、応接室で話を聞く。


「だいぶ皆は慣れたかな?」


「はい、私(わたくし)をはじめとした男性使用人達は問題ありません。」


「私達、女性使用人も同様です。」


「それはよかった。あの時は貴族閥の過激派を潰すことで手一杯だったからね。」


 今、このオリフィエル邸で働いている人達は皆、先日の貴族閥の過激派が壊滅したことにより職を失ったところを僕とピーテルさんで雇ったんだよね。ああ、勿論、思想は“中立”な人達ばかりだよ。


 話しを聞く限りでは今日までの間に他の貴族からちょっかいをかけられることもなかったようで一安心したよ。


 3人で談笑していると先触れの人が戻ってきた。どうやらお昼過ぎ、13時30分前後に来てほしいみたい。使用人のみんなと一緒の食事でいいから準備をしてくれないか料理長にお願いしたら、


「折角、ガイウス様がお越しになられているのです。しっかりと腕を振るわせていただきます!!」


 と、やる気満々の返答だったので、苦笑いしながら「よろしく~。」と言って厨房を後にした。気焔(きえん)を上げる声が厨房から聞こえたけど気にしない、気にしない。


 美味しい昼食を終えて、もう一度身だしなみを整えて馬車で軍務省に向かう準備をする。オリフィエル邸にはオリフィエル家の馬車とこんな時のためにゲーニウス家の馬車もある。ゲーニウス辺境伯邸が完成すればそっちに移(うつ)るけどね。


 そういうことで軍務省にはゲーニウス家の家紋が描かれた馬車で向かう。軍務省には何事も無く、無事に着いた。巡回中の衛兵さん達がすれ違うと敬礼をしてくることを除けばだけどね。


 意外なことに初めて来ることになる軍務省。各省は王城と王宮を囲うように建てられていて、大臣は王城内と各省に自分の執務室を持っている。軍務省の正門で貴族証と先触れの人が貰ってきた書簡を見せ、正面玄関で降りる。中に入って受付に向かおうとすると、声をかけられる。


「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下でしょうか?」


「左様。貴殿は?軍人には見えないが。」


「ゲラルト様の秘書官をしております“ファース・メルキース”と申します。男爵位を賜わっております。閣下をご案内するようにとのことでしたのでお待ちしておりました。」


「なるほど、確かにゲラルト殿の秘書官殿と会うのは初めてだな。では、改めて、ガイウス・ゲーニウスと申す。辺境伯位を賜わっている。ファース卿、よろしく頼む。」


「はい、閣下。では、こちらへ。」


 ファースさんの後をついていく。軍務省は3階建てで、先触れの人が貰った返事では今回は3階にある会議室を使用しての報告になるみたい。ファースさんが会議室の扉をノックして告げる。


「ファースです。ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下をお連れいたしました。」


「入りたまえ。」


 軍務大臣のゲラルトさんが返事をすると同時に扉が開かれる。予想はしていたけど室内の円卓には武官さんと文官さんが合わせて16人いる。僕の入室と同時にゲラルトさん以外の人全員が起立して礼をするので、僕も敬礼を返して楽にするように言う。


「ガイウス殿、わざわざすまんな。そちらが貴殿の席だ。」


 ゲラルトさんが指示した席に着く。


「では、始めよう。今回、帝国海軍と貴族の私兵の連合艦隊がシントラー伯爵領の領海へと攻め入った。ガイウス殿は総司令官としてシントラー伯爵領とオリフィエル領に駐留している国軍、2個艦隊およびそれぞれの領軍艦隊によって構成された連合艦隊で迎撃した。結果としては、ガイウス殿の勝利に終わった。以上が我々が早馬で受け取った報告だが差異は無いだろうか?」


「ええ、その通りです。ゲラルト殿。それでは、これより詳しい報告をさせてもらいますが、よろしいですか?」


 全員が首肯する。僕はそれを確認して、戦闘の経過から報告していく。敵の総数を言った時の皆の顔は見ものだったね。「1,327!?」「倍以上の敵に勝利したというのか・・・。」「こちらの被害が少ないのも素晴らしい。」等々。


「・・・以上が今回の海戦の結果である。なお、捕虜については昨日(さくじつ)、収容所に移送を終了している。何か質問はあるかね?答えられることは限られるが。」


 そう言うと武官さんの1人が手を挙げる。


「閣下の私兵艦隊について詳細を教えていただくことは可能でしょうか?」


「申し訳ないが、無理だ。」


「承知しました。」


 今度は文官さんから手が挙がる。


「帝国側との交渉はこちらが担当してもよろしいでしょうか?」


「問題ないが、我々も意見を言わせてもらう。何名かネヅロンへと派遣してもらえると助かるのだが。」


「承知しました。準備を開始します。」


 報告が終わるとこんな感じで質疑応答をして僕の報告は終わった。ゲラルトさんの退室に合わせて、僕も会議室を出る。そして、オリフィエル邸に戻ろうと会談へ足を向けるとゲラルトさんが手招きをしている。僕はため息をついてゲラルトさんのもとへと向かう。


「どうされたのかな?ゲラルト殿。」


「なに、茶の一杯でも飲む時間はあるだろう?」


「まぁ、確かに。急いではいないがね。」


「なら、私の執務室に招待しよう。」


 というわけで軍務大臣執務室まで連行されました。


 執務室に入るとファースさんが【風魔法】で【防音障壁】を作ってくれた。そして、お茶を淹れてくれる。


「ガイウス殿、ゆっくりと話でもしようではないか。堅い口調も無しだ。」


「はい、わかりました。今回の報告書は陛下もご覧になるんですよね。」


「当たり前ではないか。小競り合いとするには規模が大き過ぎる。」


「ですよねー。」


「ハハハ、普通の貴族なら誇るところだがね。」


「誇るも何も、僕1人だけの力でしたことではないですよ。」


 そう言いながら紅茶を飲む。あ、水出し紅茶だ。おいしい。湯気が出てないから不思議だったんだよねー。


「しかし、ここまで戦果を挙げると考えものだな。」


「何のことです?」


「貴殿がアルムガルト辺境伯の御令孫クリスティアーネ嬢と恋仲というのは貴族社会では知れ渡っているが、それに横槍が入るかもしれん。」


「辺境伯家同士ですよ?口を出せるのは公爵か陛下ぐらいでしょう?」


「・・・その陛下だとしたら?」


「?陛下のお子様は皆さんご結婚されていますよね。あ、まさか!?」


「おそらく、貴殿の予想通りだろう。王太子殿下のほうだ。末のお嬢様、ヒルトルート様は17歳になられる。無論、婚約者はいない。」


「えっと、お断りします。」


「それは、私ではなく陛下に言うべきだな。明日にでも王城へと呼び出されるだろうさ。」


 うわー、面倒なことになってきたぞ。貴族社会はこれだから溶け込めないんだよなぁ。そして、ゲラルトさん。哀(あわ)れんだ目でみるくらいなら助言をください・・・!!

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