第208話 戦闘の終わり

「・・・ここは何処だ?」


 おっと、目が覚めたみたいだね。


「ここは、総旗艦“ヴァルター”の司令官室だ。オーシプ殿。」


 そう言うと、ベッドに寝ているオーシプさんは首を動かし、僕を見る。


「そうか、そうだった。私は、ガイウス殿、お主に敗れたのだったな。」


 体を起こそうとして、呻き声を上げる。僕はそれを手で制しながら言う。


「オーシプ殿、貴殿は右腕を肩から切断され、それを【ヒール】で結合した。腹の傷も治しておいたが、どちらもまだかなり痛むはずだ。ドミニク上級衛生兵、後は任せた。私は艦橋に戻る。」


「はい、閣下。」


 そう言いながら、ドミニクさんは新しい輸液をオーシプさんに点滴しようとしていた。


「待たれよ、ガイウス殿。我が艦隊はどのくらい生き残ったのだ?」


「ふむ、詳しい報告は後日になるだろうが、大小問わず、700隻ほどではなかったかな?」


「1,300を超える艦隊が半日の海戦で半数近くを失ったか・・・。生き残った船はどうなったのかね?」


「ああ、彼らなら白旗を掲げて降伏したよ。賢い選択だ。我々にとっても帝国にとっても。」


「それは、捕虜を返還する気があるということか?」


「さぁな。それは我々より上の役職の人間が決めることだ。違うかね?オーシプ殿。」


「確かに。呼び止めてすまなかった。あぁ、あと、腕と腹の傷を治してくれて感謝する。ありがとう。」


 艦橋に戻るとピーテルさんが話しかけてくる。


「さて、10万近い捕虜をどうするかが問題ですが、いかがいたします?天幕でも用意しましょうか?」


「いや、オリフィエル領でやったことと同じことをする。シントラー領の海沿いのどこかにある程度の平地があればよいのだが。」


「そうなると、町が1つ出来上がるようなものですな。ツァハリアス卿にご相談した方がよいですね。」


「まぁ、まずは無事に帰港することだな。ラルン岬に展開していた部隊から王都への早馬はすでに出たのかな?」


「そちらは問題なく出発したようです。ラルン岬には弩砲を撤去するための部隊と護衛部隊のみが残っています。」


 できることはすべてやったかな?疲れて頭がうまく回らないや。勝利したはいいけど、教会の運用する救助艦隊と共に救助活動を行なっていたから既に日は落ちて辺りは真っ暗だ。ただ、遺体の収容まで済ませることができたのはよかったかな。


 こちらの生き残った船は約480隻。120隻近くを失ってしまったけど、1300隻相手によく戦ったよね。戦死者は658人。負傷者は5,234人。沈んだ船の数の割には少ないけど、結構、亡くなってしまった。ルーデル大佐達や“霧島”ら4隻、ヘラクレイトス率いる飛龍ワイバーン達には被害と云えるほどのものは無かったのが救いだね。


 そんな思いを抱きながら満天の星を見上げる。彼らの魂に安らぎがありますようにと心の中で願う。すると、ふとフォルトゥナ様の声が聞こえた。


『私に任せなさい。彼らの魂はしっかりと休ませて、その後に輪廻の輪に組み入れて、新しい生を受けられるようにするわ。』


 僕は、口には出さずに『ありがとうございます。』と心の中でお礼の言葉を述べた。そんな僕の様子を見て、クリスが声をかけてきた。船室で休んでいると思っていたからビックリしちゃった。


「ガイウス殿、戦で人が死んでしまうのは仕方のないことです。あまり背負い込みすぎませんよう・・・。」


「うん、わかってはいるんだけど、今回の総指揮官は僕だったからね。僕に全責任がある。それが人を動かす者の責務じゃないかな?」


「確かにそうですが・・・。」


「大丈夫だよ。心配しないでクリス。ネヅロンまでもう少しかかるから、船室で休んできなよ。」


「わかりましたわ。ガイウス殿も根を詰めすぎないようにしてくださいませ。」


 そう言って、クリスは船室に戻っていく。艦橋にいるみんなは聞いてないフリをしてくれる。助かるね。今の態度は指揮官としては失格だろうから。しかし、船速が上げられないのは辛いね。自分たちよりも多くの鹵獲船を得てしまったから、1隻も失わずに戻るために、艦隊をいくつかの分艦隊に再編成しなおしてネヅロンに向かっている。ボロボロの船もいるので、5~7ノットほどでの帰路となっている。


 キツイなぁ。クリスには、ああは言ったけども、精神的にキツイ。僕の指揮下で658人もの人生を終わらせてしまった。家に帰れば、良き父であり、夫であり、息子であっただろう人たちをだ。遺族は僕を責めはしないだろう。海戦には勝ったのだから。しかし、遺族にとって7月12日は忘れられない日となった。悲しい日となってしまった。


 ため息をつくとマウリッツ船長がやってくる。


「閣下。閣下の指揮と私兵のおかげで味方は7万人近くが生き残りました。私の部下も閣下が提供してくださった輸液のおかげで命を繋ぎました。閣下はお若いので、これからもっと悲惨な戦場を目にすることもあるでしょう。しかし、どんな悲惨な戦場でも生き残った者達は閣下に感謝します。今だってそうでしょう。ですから、閣下は必要以上に自分を責めないでください。」


「ありがとう、マウリッツ船長。気持ちが楽になったよ。」


 僕が礼を言うと、マウリッツ船長は敬礼をして持ち場に戻る。入れ替わるようにアントンさんと為朝がやって来た。


「ガイウスよ。小腹が空いたろう?食堂から軽食を貰ってきたぞ。為朝も一緒だ。」


「小腹が空いた故、何か戴こうと思いましたところ、アントン殿に声をかけられもうした。」


 アントンさんは両手にバスケットを持って、為朝は少し恥ずかしそうに言う。


「ありがとうございます。気分転換にいただきます。」


「おう、食え食え。」


 3人で艦橋の手すりに体重を預けながら、軽食を頬張りながら、他愛のない会話をする。


「しかし、為朝は本当にすげえな。あんな重い鎧来てピョンピョンと船の間を跳んでいくんだから。」


「それは、アントン殿も同じでは?拙者から見ると、あの軽装備でよく敵船へと移乗攻撃ができるものだと感心いたした。それに、あの大剣。拙者の太刀よりも太く長い得物えものをよく軽々と振り回せるものですな。」


「為朝は弓も凄いよね。」


「まぁ、拙者のとりえの1つですからな。しかし、ガイウス殿が我が弓を引けたのは驚いたでござる。」


「あぁ、あのデカい弓か。なんだ、ガイウス、お前はあの弓を引けたのか?」


「ええ、まあ、ちょっと力を入れましたけどね。」


「流石は我が召喚主。主と仰ぐに相応ふさわしい。」


 為朝は腕を組みながらウンウンと頷いている。アントンさんは苦笑いしながら、


「ガイウスに着いてきて正解だったな。あのまま準3級として冒険者業のみをやっていても限界が早く来ただろう。ガイウスのおかげでエレと子供達は、インシピットに居た頃よりも良い生活ができているよ。感謝している。」


「アントンさんの実力あってのことですよ。お酒入っています?」


「ん?まぁ、素面しらふじゃねぇな。」


「それじゃあ、為朝も?」


 そう聞くと、為朝は頷き、


「ええ、一杯戴きもうした。確か、果実酒とかいうモノでしたか。思いの外、酒精が強く一杯で充分に酔えました。」


「ま、酔いつぶれなきゃいいよ。」


 そんな感じの会話を続けていると、ネヅロンの軍港の明かりが見え始めた。すると、明かりがポツポツと増え始めた。こちらの明かりを視認できたみたいだね。早馬で海戦勝利の連絡は届いているはずだから、出迎えの明かりだ。


 翌日、7月13日木曜日の朝はシントラー伯爵邸で慌ただしく始まる。僕とピーテルさん、ツァハリアスさんは、朝食を皆よりも早く摂り、軍港へ向かう。シントラー領海軍司令部の会議室にはすでにシントラー領駐留国軍艦隊司令官のホベルトさん、オリフィエル領駐留国軍艦隊司令官のマヌエルさん。


 そして、とても活躍した救助艦隊の代表でフォルトゥナ教教会ネヅロン支部の司祭様のカルラさんと神父様のツェーザルさん、ナドレン支部の司祭様のアウレールさんと神父様のウードさんが来ていた。他の上級指揮官さん達もいるので、僕は辺境伯として言葉を発する。


「遅れて申し訳ない。皆、昨日さくじつの海戦は見事だった。シントラー領に被害を出すことなく帝国艦隊を破ることができた。完勝だ。さて、我々は勝ちはしたが、現在、大きな問題に直面している。この場にいる諸君には言わなくともわかるだろうが、10万近い捕虜のことだ。」


 すぐにマヌエルさんが挙手をして意見を言う。


「国軍を代表して申し上げます。10万近い捕虜を収容する施設は保有しておりません。ですので、ガイウス閣下のお力をお借りできないかと話し合い、決めたところです。」


「それは国軍の総意かね?」


「はい、閣下。シントラー領とオリフィエル領に駐留している国軍の総意です。」


「うむ、ならば良し。場所についてだが、ツァハリアス卿、説明を願えるかな?」


 そう言って、ツァハリアスさんに話しの主導権を渡す。


「はい、閣下。ラルン岬に陸上弩砲隊を配置していたのは記憶に新しいと思う。あそこは、ネリー山脈の麓で、山脈からの吹き下ろしが強く、また魔物も出る森が広がっているために町や村が少ない。そこで、ラルン岬の近くに捕虜収容所をガイウス閣下のお力で設置する。」


 ツァハリアスさんがそう言って、室内を見回すとカルラさんが挙手する。


「我々、教会は皆様方と敵対することはないのですが、救助艦隊が救助した帝国側の人員については捕虜として扱って欲しくないのです。我々、教会は今回の海戦において中立の立場ですから。」


「ふむ、確かにそうですな。ガイウス閣下はどのようにお考えでしょうか?」


「私としては、教会が救助した帝国軍人の世話をしてくれるのはとても助かる。しかし、数は如何ほどだったかな?」


 そう言うと上級指揮官さんの1人が挙手をして、


「8万6千人ほどだったはずです。」


 と教えてくれた。僕は頷き、


「ありがとう。そうなると、我々が面倒を見るのは1万4千人ほどか。教会は8万6千人ほどの面倒を見きれるのかね?」


 僕の質問にカルラさんは答える。


「お恥ずかしい話しですが、信徒としてのガイウス様のお力をお借りしたいところです。【ヒール】で完全治癒した者達は今日、明日にでも帝国領へと送り返します。しかし、5体満足でない者については、療養させてから帰国させたいのです。」


 なるほどね。それなら、あの【能力】を使うしかないよね。


「ふむ、諸君、今から私が言うことは口外厳禁だ。それが守れないと思う者は一時的に室外で待機してもらいたい。」


 そう言うと、ピーテルさんとツァハリアスさんは勿論のこと、ホベルトさん、マヌエルさん。そして、教会カルラさんとツェーザルさん、アウレールさんとウードさんに上級指揮官さん達全員と給仕の兵卒さんも頷いて、誰も退室しなかった。


 僕は【風魔法】で音が外に漏れないように防音壁を作り、彼らを信じて言う。


「私は、古傷をも治す【エリアヒール】に欠損部位を修復する【リペア】を使うことができる。つまり、今回の海戦で負傷した者は全員が5体満足で家に帰ることができる。」


 静寂が室内を支配する。そして、数秒後、ワッと全員が驚きの声と歓喜の声を上げる。鼓膜が破れるかと思ったよ。

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