第209話 ガイウス君の移動診療所

「流石はフォルトゥナ様の使徒、ガイウス様です。」


 僕の言葉にカルラさんが感極まるという様子で言う。他のみんなも似たような感じで、上級指揮官さんの一部や給仕の兵卒さんは祈りを始めている。やめてね?僕は【半神】だけど神様じゃないから!!まぁ、言えないけど。


「ついては、海上で、ましてや船上でやりにくいとは思うが、私が直接赴き、治療を施す。その際に私とわからないようにしたいのだが、何か案は有るかね?」


「ふむ、今後の帝国への影響力を考えれば、御身をお隠しになる必要はないかと。」


 ピーテルさんが冷静に意見を言ってくれる。流石は元侯爵。なるべく利益となるような行動をするように助言してくれるね。


「将来の叔父おじとなる立場から言わせていただくと、閣下は愛らしい顔立ちのため、かつらを被り、化粧をし、少女にふんしたらどうでしょうか?」


「いや、流石にそれは、私でも抵抗があるな・・・。」


 ツァハリアスさんがとんでもないことを言っちゃったよ。ちょっと、室内の空気が固まったよ。そんな空気を壊すように、パンッと手を叩いてウードさんが言う。


「私は拝見したことが無いのですが、ガイウス様は“フォルトゥナ様の使徒”の証として、純白の翼を生やせると云うことを聞いています。それを、生やしながらすれば、フォルトゥナ様のご意思を汲んで、力を使用したという風に見えないでしょうか?」


「なるほど、あくまでも“フォルトゥナ様の使徒”としての力であると、喧伝けんでんするわけですか。」


「そうです、ピーテル様。これなら何かあっても教会の方でもガイウス様をまもることができます。」


「教会の聖騎士団は強力ですからな。そこにさらにガイウス閣下のお力が加わっているとなれば、変な気を起こすやからもいないでしょう。どうでしょうか、閣下。」


 ピーテルさんから確認のために聞かれる。まぁ、答えは決まっているよね。


「ウード神父の案を採用しよう。治療の順は教会の救助艦隊、アドロナ王国所属の兵、帝国兵だ。異存はあるかね?ない?ならばよろしい、なるべく手早く治療がしやすいように準備をしてくれたまえ。その間に、私は捕虜収容所を用意する。」


「「「「「はっ。」」」」」


 すぐに上級指揮官さん達と教会の面々は会議室から出ていく。国軍艦隊司令官のホベルトさんとマヌエルさん、ピーテルさんには鹵獲した敵船の分配について話し合うように伝えて、ツァハリアスさんに声をかける。


「ツァハリアス卿、収容所の細かい場所の指定を頼む。ヘラクレイトスに乗っていこう。」


「承知しました。」


「では、諸君、後はよろしくお願いする。」


 敬礼してツァハリアスさんと共に退室する。そのまま馬車で壁外の飛龍ワイバーンの待機場所へと向かう。預かり番の衛兵さんの敬礼をしてヘラクレイトスの所へと向かう。


「おはよう。ヘラクレイトス。よく眠れたかな?」


「うむ。久しぶりに暴れまわったからか熟睡できた。」


「それはよかった。僕とツァハリアスさんを乗せて飛ぶ体力はあるわけだ。」


「無論だ。」


 ヘラクレイトスの返答を聞いてからかがんでくれた彼の背中に騎乗帯をつける。そのまま、ツァハリアスさんと一緒にヘラクレイトスに乗る。


「行き先はラルン岬だよ。よろしくね。」


「うむ、まかされた。」


 一吼えして空へと舞い上がる。大体50mほどの低空で飛行する。7月とはいえ上は寒いからね。


 そして、すぐにラルン岬へと着く。すでに弩砲隊も撤収して、弩砲があったことを示す跡が草原に残っているぐらいだ。内陸の方には森が覆い茂っており、海側は急傾斜地となっている。


 まぁ、だからこそ、動くことのできない弩砲隊で稜線射撃をしていたんだけどね。海抜20m弱といったところかな。この傾斜地をなだらかにすれば港も整備できるんだろうけどね。まぁ、取り敢えずはここに来た目的を果たそう。ヘラクレイトスの背に乗ったまま話しを始める。


「ツァハリアス卿、あの場所へネヅロンの町をそのまま【召喚】したいと思うのですが、いかがでしょうか?」


「我が領都をですか!?いえ、できるならそれに越したことはありませんが。捕虜の返還が終われば、北のまもりの地としても使用ができますし。」


「それでは、【召喚】するために少し移動しましょう。ヘラクレイトスもう少し西に移動して。・・・・。ここでいいよ。そのまま停止していてね。では、【召喚】」


 何もない草原に巨大な魔法陣と光が溢れる。光が収束するとネヅロンと瓜二つの町が【召喚】されている。森の一部を侵食したらしく、壁から500mほどは森が無くなり草原となっている。街道も一緒に【召喚】できたらしく、海沿いに近くの漁村付近まで繋がっている。空から見ると一目でわかるからいいね。


「どうですか、ツァハリアス卿。これなら充分でしょう?」


 そう言って、振り向くとツァハリアスさんは固まっていた。少し体を揺すると意識が戻ってきたみたい。そして、興奮した口調で、


「ガイウス閣下!!先の巨大な鋼鉄艦の時もそうでしたが、今、目の前に広がる光景はとても信じられません!!閣下のおかげで我が領は北に拠点を持つことができました。ありがとうございます。」


 と言って頭を下げてくれる。僕は頭を上げるように言って、これからの注意事項を話す。


「まず、ネヅロンをそのまま模倣していますので、お店の看板などはかけ替える必要があります。」


「そうですね。捕虜も武器の所持は禁止にして、壁外へ出られないように衛兵隊を通常の町よりも増やします。また、領軍兵も動かします。」


「ええ、それと、ここで暮らすことになる人たちは領の内外を問わず、希望者をつのるのが良いのではないかと考えます。なにしろ、短期間とはいえ、捕虜と同じ空間で生活をしていくのですから。捕虜がいる間は特別な身分証を発行してもよいかもしれません。」


「事務官達とそこの話しを詰めることにしましょう。まずは、この町に魔物が侵入しないように領軍を動かします。」


「その方がいいでしょうね。ヘラクレイトス、ネヅロンに戻って。」


 ネヅロンに戻ったらツァハリアスさんはすぐに衛兵隊と領軍の上級指揮官を招集し、行政庁舎に向かった。僕はシントラー領軍艦隊司令部の会議室に向かう。ツァハリアスさんが鹵獲船の扱いは僕に任せてくれると言ったからだ。


 司令部に着くとすぐに会議室へと通してくれる。


「諸君、すまなかった。捕虜収容用の箱の用意はできた。鹵獲船の分配についてはどうかね?」


「はい、閣下。恐らくは全員が納得できる形での分配となりました。こちらをご覧ください。」


 そう言って、ピーテルさんが紙を渡してくれる。ふむ、“大型船の8割は国軍へ。船歴の若い残りの2割を領軍へ。中型船は国軍が6割、4割を領軍へ。小型船は国軍が4割、6割を領軍へ。”という感じかぁ。まぁ、維持費を考えるとそうなるよね。そんで、損傷の激しい船はバラして材木として使用すると。うん、いいんじゃないかな。


「良い案だと思うが、国軍の負担が大きくないかね?」


「いえ、大丈夫でしょう。」


 マヌエルさんが代表して答える。続きを促す。


「老齢の大型船を教会の救助艦隊へ引き渡しましたから、何隻か旗艦機能を持った大型船を新造しないといけなかったのです。帝国の船を基にして造るのは、心情的に抵抗がありますが、金銭的に見ますとまぁ渡りに船というところでしょうか。」


 ふむ、それならよかった。それじゃあ、治療の方に行こうかな。


「よろしい。では、今から治療を行う。教会の救助艦隊は準備ができているかね?」


「はい。先程、準備が完了したという報告を受けました。国軍・領軍艦隊も大丈夫です。捕虜を収容している船も纏めています。」


 ピーテルさんが答えてくれる。早速、りかかろう。


 タンクレートさん率いる護衛の兵士を5人引き連れて救助艦隊の停泊地へとかい船で向かう。説明が行き届いているからか甲板には教会の関係者さんが必要最低限しかいない。


 僕はかい船上で純白の翼を現し、飛び立つ。丁度、救助艦隊の中心に位置する旗艦の上空で滞空する。眼下を見下ろせば、甲板に出ている教会の関係者さんが僕に向かって祈っている。では、始めようかな。


「【エリアヒール】。」


 救助艦隊を包み込むように透明な膜が天から下りてくる。その膜が救助艦隊を包み込み、しばらくすると、あちらこちらから歓声が聞こえた。上手くいったみたいだね。さて、後は欠損者の治療だ。欠損者の集められている船に下りて、案内の神官さんと巫女さんの後をついて行く。


 最初に案内された船には上半身を中心とした部位欠損者が集められていた。要は腕とか眼球等が無くなってしまった人達だね。1人1人に声をかけながら【リペア】をしていく。やっぱり割合的に移乗攻撃の接近戦の際につば迫り合いで指を落とした人が多いね。それで、重傷なのは運悪く弩砲が腕を直撃した人かな。まぁ、弩砲が当たって命があるだけでも運がいいよね。


 次に案内された船は下半身を中心とした部位欠損者が集められていて、最後に案内された船には上半身、下半身の関係なく欠損した人が集められていた。


 グロテスクさで云えば最後の船が1番かもね。【火魔法】の直撃で炭化した腕を切り落とした人とか、ナパーム弾の巻き添えを喰らって、燃料の付着した皮膚ごとえぐり取った人とかがいたからね。まぁ、【ヒール】と【リペア】を使用して皆、負傷する前ぐらいまで綺麗に治せたんじゃないかな。


 治療が終わって移動用のかい船に戻るまで、飛んでいる僕に向かって甲板から沢山の人が手を振ってくれた。感謝の意を込めてくれているんだろうね。嬉しいね。やっぱり人を殺すよりもこういうことのほうが達成感があるよ。


 さて、お次は我がアドロナ王国海軍とシントラー領・オリフィエル領海軍の治療をしないとね。折角、生きて帰ってこられたんだから5体満足で家に帰してあげるのが僕の役目だよね。


 それで、味方の治療をしたはいいんだけど、どの船でも治療が終わって移動する時に、元気になった皆が甲板に出てきて、大きな声で感謝の言葉と祈りの言葉を言うものだから少しだけ赤面してしまったのは内緒だよ。


 そして、最後に帝国捕虜の治療を行う。どうやら自分たちにまでしっかりとした治療をしてもらえるとは思っていなかったらしく、治療をした際には涙を流しながら感謝をしてくれた。


 それで、勿論“ヴァルター”にて療養中のアイソル帝国西部方面艦隊司令官オーシプさんにも治療を施す。【リペア】で僕が切断した右腕を復活させる。


「なるほど、ガイウス殿がフォルトゥナ様の使徒であり、素晴らしい治癒能力を持つと云う噂は本当だったわけか。感謝する。ところで、この治療行為は私の部下にもしていただけたのだろうか?」


 オーシプさんは復活した右腕の動きを確かめながら聞いてくる。


「もちろん、治療したとも。それが今回海戦に参加した私も含めた我が軍の指揮官たちの判断だからな。誰も無闇に人を不幸に落としたくないモノだろう?」


「・・・ガイウス殿は甘いな。」


「甘くて結構!!救えるモノは救う。それが私の信条だ!!」


「ハハ、貴殿のような上級貴族がいてもよいのかもしれんな。私は政界と貴族の世界にドップリかり過ぎた。」


 そう言うオーシプさんの顔は悲し気に見えた。僕はかける言葉が見つからず、


「自害はなさるな。」


 と釘を刺して部屋を出るしかなかった。

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