第206話 戦場の現実

 【遠隔監視】を使っていた僕の意識を“ヴァルター”船上で行われている戦闘に戻したのは、1人の水兵さんの声だった。


「副長!!弓兵です!!」


 そして、敵の放った矢が刺さると同時にフランクさんが倒れる。左太腿ふとももの付け根に刺さったように見えた。僕はクリスとローザさん、エミーリアさんを引き連れ、艦橋から飛び出しフランクさんの代わりに指揮を執る。浮足立つ前に味方の水兵さんをまとめ上げたら、すぐにフランクさんのもとに駆け付け、水兵さん達にはローザさんとエミーリアさんの指示に従い、戦闘するように命令する。


 フランクさんは意識があるが、軽鎧下のズボンが血でドンドン染まっていく、これはマズイと思いクリスと2人ですぐに船内に引きずり込む。矢は途中で折れてやじりが体内に残ってしまっている。これでは【ヒール】で治せない。


「衛生兵!!」


 医務室のほうに向かって叫ぶ。すぐに1人の白の腕章を腕に付けた水兵さんがやってくる。


「ガイウス閣下、どうしました。って、副長!!・・・この傷!?やじりごと矢を抜けましたか?」


「いや、刺さると同時に折れた。やじりと矢の一部はまだ体内だ。そのせいで【ヒール】を使えない。」


「わかりました。それでは、これより、摘出をしますので、申し訳ありませんが閣下にも手伝っていただきます。自己紹介が遅れました。ドミニク上級衛生兵と申します。」


「ああ、よろしく。さて、指示をくれ。」


「まずは、舌を噛まないように布を口に噛ませてください。・・・はい、大丈夫です。それと、クリスティアーネ様、申し訳ありませんが副長の上半身を押さえてください。暴れられると困るので。閣下は両足を押さえてください。・・・では、いきます。」


 そう言うとドミニクさんはフランクさんの血がにじんで、すっかり色の変わっているズボンの左足の付け根部分を切り開く。すると、ズボンという抑えの無くなった血が傷口から勢いよく吹き出て、僕とドミニクさんは血だらけになってしまった。フランクさんにもその様子が見えたようで、


「俺の足は一体どうなっているんだ!?」


 と軽くパニック状態になってしまった。それをクリスが、


「今から、治療をしますから大丈夫ですわ。」


 とフランクさんの頭を撫でながら、落ち着かせている。


「クソッ!!大動脈を引き裂いてやがる。鏃はどこだ!?血で見えん。副長、少し痛いですよ!!」


 そう言ってドミニクさんは血溜になっている足の付け根に手を突っ込む。


「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 フランクさんがあまりの痛みに叫び声を上げる。


「あった!!あった!!骨盤に刺さってやがる、これだ!!」


 ドミニクさんが手を引き抜くと、その手には鏃が握られていた。


「【ヒール】をかけても大丈夫か!?」


「はい、閣下。お願いします!!」


「よし、【ヒール】!!」


 すぐに傷口が塞がり、青白い顔をしているフランクさんの呼吸も浅く短いものから長く深いものに変わってくる。しかし、あたり一面が血の海だ。人ってこんなに血を流しても大丈夫だっけ?


「閣下、指示をしてしまい申し訳ないのですが、フランク副長は血を失い過ぎました。軽く見ただけでも3ℓは失っています。呼吸が落ち着いたように見えますが、失血でショック状態です。今すぐに血液を補充しないとマズイです。」


「輸液は無いのかね?」


 そう聞くと、ドミニクさんはフランクさんの靴の裏と、上着の裏、首から下げているタグで血液型を確認したらしく、こう言った。


「現在、A型の輸液は“ヴァルター”に積んであるものでは恐らく足りません。教会の救助艦隊にならあるかもしれません。ですが、時間もありませんのでとりあえず積んである分で輸血します。医務室まで運ぶのを手伝って頂けないですか?」


「大丈夫だ。」


 そう返答すると、ドミニクさんは背負っていた折り畳み式の担架を広げてフランク副長を3人でそっと乗せる。そのまま医務室まで運ぶ。だけど、医務室もまた戦場だった。


「心停止だ!!気道を確保して胸骨圧迫(心臓マッサージ)して蘇生しろ!!ボサッとするな!!新人でも出来るだろう!!」


「矢を抜いてから、【ヒール】してやる。おい、メスはどこだ?切開して鏃を取り出すぞ!!」


「暴れるな!!暴れるな!!ここは医務室だ!!甲板じゃない!!ああ、畜生!!眼をやられてパニックになってやがる。」


「ああー!!腕がぁぁ!!」「ジッとしていろ!!止血ができん!!吹き飛んだ腕は諦めろ!!」


「・・・俺はここで死ぬんだ・・・。」「死なんよ。今から輸血をするから気をしっかり持て!!」


 何人もの乗員が運び込まれてきている。僕たちは担架を邪魔にならないところに置くと、医務室の責任者、上級医務士官のハンノさんの下へと向かう。


「ハンノ殿、忙しいところすまないが、A型の輸液はあるかね?フランク副長が負傷した。」


「これは、ガイウス閣下。申し訳ありませんが、あと3瓶のみです。」


「お話し中、申し訳ありません。ドミニク上級衛生兵です。ガイウス閣下と共に副長の治療を行いました。現在は【ヒール】により傷は塞がり、出血は止まりました。しかし、それまでに血を流し過ぎました。大腿部に矢が刺さり、骨盤で止まっていました。その際に、大動脈が切断され、矢を撤去するまでに大量に出血しました。3ℓほどです。現在、ショック状態です。一刻を争います。」


 ドミニクさんの言葉にハンノさんも状況をすぐに理解して、クリスが介抱しているフランクさんのもとへと行く。脈を取り、瞳孔と呼吸数を確認して言う。そして、僕たちに向き直り言う。


「“ヴァルター”では、数瓶では、無理だ。救助艦隊に運ぶにせよ時間がかかるし、A型の輸液があるかもわからん。陸に送ることができればよいのだが、こちらも時間的に厳しい。」


 なるほど、A型の輸液さえあれば助かるんだね。


「ハンノ殿、どの程度の輸液が必要になるのかね?」


「そうですね。4ℓ~6ℓほどあれば命を繋ぐことができます。それだけの血を失っていますから。」


「わかった。私の船室に無いか見てこよう。他の血液型の輸液も足りない分を書きだしてくれ。」


「有るのですか!?それとも何かをなさるのですか?・・・いえ、忘れてください。今、紙を用意します。」


 ハンノさんはそう言って、足りない分の輸液を書きだし、その紙を両手でうやうやしく差し出してきた。


「お願いいたします。命がかかっています。」


「承知した。」


 僕はすぐに船室に戻り、各血液型の輸液入り瓶の【召喚】を繰り返す。2分もしないで用意できたので、運び始める。すぐにドミニクさんを始めとした医務科の人達が気づいてくれて、運ぶのを手伝ってくれた。ハンノさんは、すぐにフランクさんへの輸血を開始して、他の負傷者にも輸血が開始ないしは再開された。一仕事を終え、冷静になると“霧島”らの砲撃音やF-15Eの飛行音、マウリッツさんの指揮する声が聞こえる。戦闘はまだ続いている。


 僕は兜を被りなおし、


「では、私は指揮に戻る。」


 そう言って、僕とクリスは医務室を後にした。ハンノさんとドミニクさんの最敬礼に見送られながら。


 甲板に戻るとすでに帝国兵達は一掃されており、逆に接舷してきたマクシマ級2隻を乗っ取っていた。ローザとエミーリアさんはすでに“ヴァルター”に帰艦していて、


「どうよ!!久しぶりに2人で戦ったけど、良い戦果が残せたでしょ?」


「ガイウス成分を補充したい・・・。」


 と言ってきて抱き着いてきた。僕は小声で、


「あの、僕、負傷者の手当てをしていたので血まみれなんですけど・・・。」


 そう言うと、2人とももっと力を入れて、


「私達だってそうよ。」


「そうそう。気にしない。」


 と言われ2分ほど身動きが取れなかった。クリスが、


「はいはい、そこまでですわ。まだ、戦闘中でしてよ。」


 と2人に言ってくれて解放された。解放されてすぐにルーデル大佐から通信が入る。


『ライトニング1よりガイウス卿へ。ライトニング隊はこれより全機、補給のために帰投します。』


「『了解。』」


 上空でF-15Eが編隊を組んで飛び去る。アフターバーナーに点火したのか轟音が戦場に鳴り響く。160機のF-15Eのアフターバーナーの音は凄まじいね。あ、そういえば、為朝はどうしたんだろう。為朝が指揮して移乗攻撃していたマクシマ級に乗っていた水兵さんに聞いてみる。


「為朝殿でしたら、「このままの勢いで敵を討ち取る。」と言って、次の船へ飛び移りました。あ、あそこで戦っておられますよ。」


 そう言って指差した先は、アデライーダ級大型帆船をたった1人で制圧寸前まで敵を圧倒している為朝の姿があった。どうやってあそこまで行ったのかと思い、海面が見える位置まで移動すると、帝国の小型櫂船を殲滅しながら足場にしていったみたい。死体だらけの櫂船が海流に翻弄されている。島津隊の人達や岩淵大佐達もそうだけど、日本人って血の気の多い人達なのかな?


 暴れまわる為朝と主砲と副砲、各銃座を撃ちながら突入してくる“霧島”らを見てそう思った。


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