第142話 言い出しっぺの法則

「皆、戻るぞ。」


 控えの間に入るなり僕はそう声をかける。嫌~な予感がする。いや、面倒くさい予感かな。すぐにセムさん率いる衛兵分隊とグイードさん達が帰り支度を終える。控えの間を退室し、面倒を見てくれたメイドさんにお礼を言う。そのまま、正門まで脇目もふらずに進む。しかし、一歩遅かったようだ。


 正門に近衛兵分隊が3個展開していた。指揮官さんとその補佐達を含めて35人。そして実質的な戦闘員である30人全員が、槍の矛先こそ向けていないが盾を構えている。指揮官さんが一歩前に出て告げる。


「ガイウス・ゲーニウス辺境伯閣下。内務大臣閣下がお呼びです。お手数ですが、執務室までご同行願います。」


嫌な予感が的中。セムさんが小声で話しかけてくる。


「閣下。突破しますか?」


「いや、よい。言葉に従おう。同士討ちなど御免ごめんだ。けいらは衛兵隊司令部に戻るがよい。他にも仕事があろう。私の護衛はグイード卿たちで十分だ。」


 目をしっかり見て話す。セムさんは少しの間、沈黙し頷いた。


「閣下。お気を付けて。」


「ありがとう。セム卿。アルフォンス殿にも改めて礼を伝えてくれ。」


「承りました。では。」


 礼をしてセムさんは分隊を整列させ、正門から出て行く。僕らはそれを見送り、近衛の指揮官さんに向き直り告げる。


「さて、衛兵隊にはお帰り戴いた。後ろの3人は私的な護衛なので、同行を許してもらおう。それが、認められなければ、貴官の言葉には従えない。」


「内務大臣閣下の執務室前までならば同行を許可します。室内までは申し訳ありませんがご遠慮ください。」


「よろしい。従おう。因みにどれほどの時間が掛かるか貴官はわかっているかね。」


「申し訳ありません。小官も閣下をお連れするようにとしか命令を受けていませんので。」


「“多少強引でも”だろう?まあ、ここで問答していても時間の無駄だな。案内を頼む。」


「はっ、こちらになります」


「行くぞ、グイード卿、アルト卿、ロルフ卿。」


「「「はっ、閣下。」」」


 周囲を近衛兵さん達に囲まれながら移動する。あーあ、面倒事から逃げられると思ったのになあ。内務大臣さんの執務室には10分もかからずに着いた。近衛の指揮官さんがノックをして、僕の来訪を告げる。いや、来たくて来たわけじゃないから。来訪というか連行と言った方が正しいのではないかな。


 そんなことを考えていると、内務大臣ことマテウスさんの許可の言葉が聞こえた。【気配察知】で部屋の中を探ると、もう1人、男性がいるみたいだ。ま、2人とも薄い緑だから今のところは味方なのだろう。白い女性の反応はメイドさんかな?僕は「失礼する。」と言って執務室へ入る。


「お待ちしておりましたガイウス殿。強引な手を使って申し訳ない。さあ、かけてくだされ。」


「荒事には慣れておりますよ。マテウス殿。しかし、アルノルト殿までいらっしゃるとは。私は文官ではありませんよ?」


「わかっております。私もアルノルト殿も貴殿にお願いがありまして。」


「ふむ、なんでしょう?」


 メイドさんの淹れてくれた紅茶を飲みながらこたえる。


「貴殿は、今回の騒動、いや事件についてどう思っているのだろうか。」


「これまた、曖昧あいまいな問いですな。私個人としてはまんまと利用されたと思っております。貴族としての私は、同じ貴族で争うなど外敵に対する危機感が薄いと思っております。」


「外敵とは帝国の事かね。」


 アルノルトさんが口を開く。


「帝国と魔物ですな。この2つは我が国とっては長年の課題のはずです。それをまあ、何と言いますか、帝国と魔物の巣くう黒魔の森に接する領地と辺境伯の地位を得た私を嫌悪し、なおかつ、排除しようなどと思い、実行しようとするなど、利敵行為でありましょう?指揮系統の乱れた前線がどうなるかぐらいは考えて欲しかったですな。まあ、まだ私への移管が済んでいない場所でありますから、私無しでも十分に稼働しますがね。ああ、だからこそ、ピーテル殿は影響を最小限に抑えるためにこの時期に動いたのか、なるほど。」


「何か、1人で納得されているようだが、貴殿としては此度こたびの事件に関わった者には利敵行為、つまり外患罪に当たると考えているのかね?」


「う~む、そこの線引きですが、ピーテル殿を捕縛する際に彼と話しをしましたが、外敵による刺激は考えていなかったのでは無いでしょうか。どちらかと言えば計画的な殺人未遂罪や内乱罪に近いような気もしますが、お2人はどうお考えで?」


「私は、貴殿の考えに近い。高位貴族に対する計画的な集団殺人未遂罪だ。アルノルト殿も同意見だ。」


「しかし、軍務省や内務省司法部や治安部では外患罪を適用するべきだとの意見もある。軍務省はゲラルト殿が抑えておるが、内務省は・・・。」


「アルノルト殿、遠慮せずに言ってくだされ。内務省は大臣である私でさえ、抑えきれん。」


「あー、地位のある平民出身者ですかな。声が大きいのは。マテウス殿」


「よくお分かりで。」


「私もついこの間まで平民でしたので。ま、あれでしょうなあ。武功で成り上がり授爵した私を見て、平民の彼らは希望を見た。自分たちも実績を上げれば貴族に成れるかもしれないと。しかし、ここにきて私の排斥を画策した者たちが現れた。ならば、2度とそのようなやからが出ないように刑の重い外患罪を適用するべきだと思ったんでしょうなあ。憶測ですがね。」


「なるほど、確かに。そうかもしれませんな。」


「しかし、ならば、内務大臣である私はどうすればよいのか・・・。」


「大小問わず各部署の責任者とその補佐を集めて、演説すればよいではありませんか。“今回の騒動は、国に巣くう害虫どもを一掃するためにピーテル・オリフィエル侯爵が命を懸けて行った義挙である。国の中枢からそれらを排除できた今、あまりにも重い刑罰を課してしまうと内乱になりかねない。ガイウス・ゲーニウス辺境伯もそのようなことは望んでいない。我が国が法によって統治されている国であることをしっかりと証明するのだ。”とか言えばよいではありませんか。ちょっかいをかけてくる国も減りましょうし、各国に対するアピールにもなりますよ。」


「それ、採用。いっそのこと、王都の国民にも向けてやりましょう。地方には吟遊詩人にでも語らせればよいでしょう。使徒で英雄の語る言葉は我々が語るよりも重みがありましょう。マテウス殿もよろしいか?」


「もちろんですとも、アルノルト殿。」


「では、ガイウス殿、よろしくお願いいたす。」


 そうして、2人して頭を下げる。あれ、なんで僕が演説するような流れになっているんだろう。というか、王都の人たちに聞かせるとか何処どこでやるの?

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