第141話 謁見

「このような時期に何事かなガイウス卿?」


 宰相閣下ことアルノルト・アイヒホルン侯爵が尋ねてくる。やはり、あの書状は正規の手続きを踏んだものではなかったのか。


「こちらの書状を陛下より戴きましたので、ご説明のために参った次第です。」


 そう言って、ひざまずいて懐から書状を取り出す。アルノルトさんが近くまで来て書状を確認する。


「ふむ、確かに、王家の封蝋印に陛下の署名と捺印があるな。さて、内容は・・・。は?なんだ、この内容は。ガイウス卿、事実なのかね?」


「事実ならばゲーニウス領は既に帝国に占領されていますよ。宰相閣下。」


「しかし、この内容は・・・。陛下。陛下はこの書状を覚えておいでですか?」


「よく見せてみよ。・・・。いや、このような内容の書状は出した覚えはないぞ。」


「では・・・。」アルノルトさんが言葉を継げずにいる。


「うむ、偽造だの。ベアトリースが絡んでおるかもしれん。」


 陛下が何でもないように答える。ちょっとこの言い方はおかしいよね。陛下の署名と捺印があるんだから少なくとも陛下も関わっているわけだから。僕は、立ち上がり純白の翼を出し、大きく広げる。威圧するのにはいいよね。そして、目を丸くする陛下を中心とした皆さん。


「陛下、貴方はさも自分が関わっていないようにおっしゃっておられるが、この署名と捺印をしたのは陛下ご本人がなされた行為です。しかも、ベアトリース・オリフィエルから頼まれて本文が白紙であることを知っていたうえで。」


「そ、それは・・・。」


「何か反論がおありですか?お聞きしましょう。しかし、私はフォルトゥナ様の使徒であることをお忘れなきよう。」


「それは、脅しかね、ガイウス卿よ。」


「いいえ、陛下。事実です。私には過去の陛下の行動がわかっております。就寝前にワインを嗜んでおられる際に、ベアトリース・オリフィエルに頼まれ、ほろ酔い状態で署名と捺印をしたのを知っているのですよ。」


 僕がそう言うと、国王陛下の顔色が悪くなる。そして、隣に座る王妃様は呆れた目で陛下を見ている。そして、お偉いさん皆さんも顔色が一層悪くなる。


「ガイウス卿!!不敬ですぞ!!」


 青い顔をしながらアルノルトさんが声を荒げる。


「不敬!?どこが不敬か!!この書状で私は前線を離れなければならなかったのだぞ!!アイソル帝国辺境伯イオアン・ナボコフ殿とも10年間に及ぶ実質的な不可侵条約を結んだからよかったものを!!それを、アルノルト卿は不敬の一言で片づけるか!!」


「だが・・・。」


「よいのだ、アルノルト。ガイウス卿の言う通りである。全ては余の行動が原因となっておる。ガイウス卿、どうか怒りをしずめてはくれぬか?」


「ふむ、では交換条件を。」


「言うてみるがよい。」


「ピーテル・オリフィエル侯爵の処罰は私に一任させていただきたいのです。陛下。」


「うむ、衛兵隊からの報告ではあの者は今回の騒動の中心であり、王国に巣くう虫を集めだしてくれた功罪のある者であるとのことだが、ガイウス卿、お主が彼の者の功罪を背負うというのか?」


「はっ、陛下。少しは意趣返しをしようと思いまして。」


「ほう。聞いても良いか?」


「ピーテル卿のご家族と領地にいる臣下、領民、領地を任されました。しかし、ただ任さされるだけでは、利用された感じがしてしまい、腹の虫がおさまらぬのです。ピーテル卿にはしっかりと見届けていただこうと思いまして。」


「しかし、裁判には口は出せぬぞ。司法権には独立が保障されておる。余であっても口は挟めぬ。」


「そこは、私がフォルトゥナ様の使徒という立場を利用しますので大丈夫です。」


「うむ、わかった。全てが上手くいったあかつきには、オリフィエル侯爵領を其方そなたに授けよう。」


「文書にて残していただけるでしょうか。」


「わかった。そのようにしよう。ふう、疲れたの。この件はここらで終わりにしようではないか。余と妃は退出さてもらおう。」


 その言葉に僕たちは、一斉に跪き見送る。姿が見えなくなると、軍務大臣のゲラルトさんが声をかけてきた。


「ガイウス卿、ゲーニウス領駐留国軍の上級指揮官を何人か引き抜きたいとの事だったが、軍としては問題ない。」


「ありがたい。領軍を整えるには指揮官の力が必要であるからな。」


「しかし、先程、帝国のナボコフ辺境伯と不可侵条約を結んだということであったが、事実であろうか。」


「うむ、事実だ。5月2日に帝国側の砦を破壊した。その後の話し合いの場で、実質的な不可侵条約を結んだ。ま、10年間だけだがね。」


「素晴らしいな。その前にはシントラー伯爵領にてクラーケンを一撃で屠ったとも報告があった。卿のような人物が味方で良かった。そう心から思っておるよ。」


「卿にそのように言われるとはな。武人冥利に尽きる。話しはそれだけかな。」


「うむ、正式な命令書は後日、ゲーニウス領に届けよう。」


「頼む。ああ、それと、陛下の偽の書状を運んでくれたハンジ・エルプ男爵と護衛の諸君には、最大限の感謝を。彼らが急いで駆けてこなければ、私は間に合わなかった。」


「ハンジ・エルプ男爵だな。わかった。労っておこう。ふむ、報奨金でも出すか。」


「そこは軍部のいいように。それでは、私はこれで失礼しよう。」


 内務大臣のマテウス・バルト侯爵が何か言いたそうにしていたけど、声をかけてこないなら無視無視。面倒くさいことを押し付けられても困るからね。


 謁見の間を退出し、控えの間に戻ると、一気に気が抜けた。とりあえずゆっくりしてからアルムガルト邸に戻ろう。

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