第104話 勧誘の手

 昨日は、封蝋印と旗、剣を貰い、急いで先触れを書いて封蝋印を押し、その日2度目の教会へ行きベドジフさんにお願いに行った。彼はこころよく了承してくれ、すぐに馬に乗ってアルムガルト辺境伯家の本邸に向かってくれた。神官長の仕事は大丈夫だったのかな?15時ごろには返事を持ってきてくれたので、凄く助かったけど。返事の内容は“いつでもきていいよ”とのことだった。まあ、本当はもっと装飾された文面だったけどね。


 というわけで、翼を大きく広げ空を飛んでやってきました、アルムガルト辺境伯家の本邸。既に顔見知りとなった門番の衛兵さんに形式上だけど、名前を告げ貴族証を見せる。それを確認した衛兵さんは、すでに門の前で待機している執事さんに引き継ぐ。そのまま、応接室に通され、しばらくしてダヴィド様とヴィンフリート様がやってくる。立ち上がり、礼をする。


「堅苦しいのはなしだ。ガイウス殿。」ダヴィド様が手をヒラヒラさせながら言う。


「父上の言う通りだ。クリスティアーネの夫になるのが決まっているのだから、身内の様なものさ。」ヴィンフリート様も席に着きながら、そう言ってくれた。


「では、お言葉に甘えて。本日、僕がお伺いしたのは、ある人物を国軍から引き抜きたいからです。」


「ジギスムント・クンツ男爵のことかね?」


「はい、既にご存知ぞんじで?」


「アンスガーが、昨夜こちらに帰ってきてな。そのことを話した。」


 ほう、アンスガーさんはちゃんと約束通りに進言をしてくれたみたいだ。感謝しないとね。


「そうだったんですね。それで、僕としては長年、北の辺境であるゲーニウス領で軍人としてつとめてきた彼を、新しく編成する領軍の要職に迎え入れたいと思っています。しかし、僕は、僕の家はつい最近できたばかりです。王都には、クレート・ウベルティ伯爵しか知り合いがいません。人脈が無いのです。そこで、アルムガルト辺境伯家の人脈とお力をお借りできないかと思いまして、お願いに参じた次第です。」


「うむ、よくわかった。孫娘の婿殿の頼みだ。無碍むげにはできん。それに、ゲーニウス領は黒魔の森と何より帝国と接しておるからな。国防上、重要な土地だ。軍務大臣のゲラルト・ギレスベルガー侯爵とは知己ちきだ。ダヴィド・アルムガルトの名において、力を尽くすことを誓おう。」


「私も、ヴィンフリート・アルムガルトとして、力を尽くそう。」


「ありがとうございます。それで、対価はどうしましょう?」


「これこれ、そのように聞くのはご法度はっとだぞ。相手を優勢にしてしまう。以後は気を付けた方が良かろう。しかし、対価か・・・。ふむ、北の珍しい酒でも貰えればよいかの。もちろん、貴族があまり口にせん、民の酒がいいのう。火酒でもよいぞ。」


「わかりました。ヴィンフリート様も?」


「うーむ。私は、特には無いかな。クリスティアーネを幸せにしてくれれば。それと、孫を早く抱きたいね。ディルクとベルントにも見合い話はくるんだが、中々に厳しくてね。」


 おっと、孫を抱きたいとは中々に難易度が高い。


「クリスティアーネを幸せにするのは僕の使命だと思っています。子供は・・・、その・・・、お時間をいただければと思います。」


「ハハハ、もちろんだとも。今日、明日という話ではないよ。いずれはということさ。」


「それであれば、必ず。」


「うむ、ならば、クンツ男爵の件について本日はこれでしまいだ。ガイウス殿、昼食をどうかね?」


「ご迷惑でなければ、喜んでご一緒させていただきます。ダヴィド様。」


「うむ、そうと決まればもう少し、閑談かんだんを楽しもうではないか。」


「父上、わたくしは執務がありますので、ここで。」


「わかった。ヴィンフリート、昼食には遅れるなよ。」


「承知していますよ、父上。それでは、ガイウス殿、また後で。」


 そう言って、部屋からヴィンフリート様は出て行かれた。


「そろそろ、あやつに、家督を譲ろうと思うてな。儂がしておった執務をさせておる。娘たち、あやつの姉や妹の嫁ぎ先がいらん口を挟む前に、家督を継がせる。子たちの中で男子があやつ1人だったのは、運が良かったのか、悪かったのか・・・。」


「どうなんでしょう。僕は、庶民が読む物語を教会でよく読んでいましたが、物語に出てくる貴族の家では必ず家督争いが起きていましたよ。それが無いと考えれば、結果的にはよかったのでは?」


「うむ、確かにな。家督争いで改易された家など長い歴史の中で数多あまたあるからのう。」


「責任ある立場の人間の、目に見えぬ苦労というわけですね。」


「ああ、そう言えるかもしれん。ガイウス殿のように、庶民から貴族になった者の方が案外、上手く統治ができるのかもしれん。下手に歴史がある家だと、それに縛られてしまう。」


 ふーっと長いため息をついて、メイドさんの淹れてくれた紅茶を飲むダヴィド様。本当に貴族と言うのは、厄介なんだなあと思いながら、その光景を眺める。その後も、昼食の時間まで、ダヴィド様と閑談かんだんを続けた。


 お昼の時間になると、執事さんが呼びに来てくれた。僕とダヴィド様は一緒に昼食に向かう。部屋に入ると、アライダ様とドーリス様が既に席に着いていた。僕はお2人に挨拶をして、勧められた席に着く。その後、すぐにヴィンフリート様も来て、昼食を摂った。貴族の作法で食べる昼食は、面倒だからやっぱり慣れないね。


 昼食後は、そのままインシピットの町へ飛んで戻った。門の直前まで飛んでいくと騒ぎになるので、近くの黒魔の森に着地して、翼を消してから門から町へと入る。その足で、アンスガーさんとベドジフさんにお礼を言いに行く。あとは、ギルドの練習場で、“シュタールヴィレ”のみんなが帰って来るまで、1人で訓練をした。今日はかなり久しぶりに平和な日だったかもしれない。

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