第75話 先達者のアドバイス

 歓迎会を途中で抜けた僕は、依頼クエストも受注せずにギルドを出て、街中を抜け、門でドルスさんに挨拶をして、黒魔の森に来た。そして、躊躇ためらいなく足を踏み入れ、僕が出せる最高速で森を駆け抜ける。途中で出会う魔物は全て狩り【収納】していく。


 目指しているのはグレイウルフの“ルプス”の元だ。僕のこの気持ちを理解してくれるのは、同じリーダーという立場にいる“彼”だけだろう。アンスガーさんでも良かったのかもしれないが、貴族としての教育を受けた彼より、自然の中でリーダーとしての資質を身に付けたルプスのほうが適任だろう。


 30分ほど全力疾走していると、【気配察知】で前方から近づいてくる何かを捉えた。移動速度的に4足歩行。グループで行動している。おそらく、来た方向からしてグレイウルフだろう。僕は一気に跳躍して距離を詰める。そこには、驚きに目を見開いたグレイウルフが3匹いた。


 僕がかぶとを外すと、


「おお、知っている匂いがすると思ったらガイウス殿ではありませんか。」


 先頭の1匹が声をかけてくる。3匹は尻尾を振っている。モフりたい。


「やあ、昨日ぶりだね。実はルプスに相談したいことがあってね。君たちの住処に向かっていたところだったんだよ。」


「そうなのですね。実は我々もルプスから高速で近づいてくるモノがいると告げられ、こうして物見に参った次第です。さあ、我らの住処はすぐそこです。先導しましょう。」


 そう言われては大人しくついて行くのが一番だ。彼らよりも速く走れるけど、今は彼らの速度に合わせよう。5分くらいで森から抜け岩場に着いた。小川が近くに流れている。水が確保されているのはいいね


「ここが今の我々の住処です。そして、ルプスはあちらに。」


「ありがとう。」


 そう言って頭をなでる。気持ちよさそうな顔をしてくれた。良かった。さて、ルプスの所に行くかな。


 ルプスは寝そべっていた。近づくと頭をあげ、こちらを見た。


「やあ。」


「やはり、ガイウスであったか。この森であれほどの速さで動けるものを我は知らん。飛竜ワイバーンどもなら可能であろうが、奴らは飛んでくるでな。」


「厄介?」


「フムン。状況にもよるな。このような開けた場所では不利だが、森の中では互角よ。」


「奇襲されたりしないの?」


「神が、我に生きとし生けるものの気配を察知できる【能力】を授けてくれた。それのおかげで、ガイウスよ、お主が来るのも察知できたというわけだ。」


「なるほどね。」


「それで、今日はどうしたのだ。昨日、会ったばかりではないか。」


 ルプスは寝そべった姿勢からいわゆる“お座り”の姿勢に変えた。2つの目がジッと僕を見つめる。僕もルプスの前に座り、


「実は相談したいことがあってね。」


「ほう。何かね。我に答えられるものであれば答えよう。」


「昨日見たかもしれないけど、僕も君たちふうにいえば群れのリーダーをしているんだ。今は、4人を率いている。」


「ほう、昨日より1人増えたか。それは良い事よ。お主が強き者という証明にもなる。」 笑いながら祝ってくれる。


「強さ云々うんぬんはいいんだけどね。まあ、それで、ちょっと悩んじゃって。今の僕はリーダーだ。率いる立場だ。纏める立場だ。決断する立場だ。そう思うと、無性に怖くなってしまって。」


「何を恐れる?」 意外そうな表情で尋ねてくる。


「仲間を死に追いやってしまうのではないか。という不安が積みあがっていくんだよ。そしてそれが離れない。」


「なるほど。その気持ちはわからんでもない。我もこの群れを率いる立場になった時には不安があったものだ。」


「どうやって、それに打ち勝ったの?」


「ハハ、打ち勝ってなどおらんよ。その事を極力考えないようにした。」


「“逃げた”と言うこと?」僕が問うと、


「ふうむ。確かに取りようによっては“逃げた”ということになるのだろうな。我は“仕舞った”と考えているが・・・。だが、ガイウスよ。ずっと、そのことについて考えすぎてしまい、他の思考がにぶってしまったり、自分自身が潰されてしまったりしては意味がないだろう?本末転倒というやつだな。妥協を知るべきだ。」


「妥協・・・。」


「まだ、子供であるお主には難しいであろう。世の中は白と黒のみで出来ているわけではない。2択のみではないのだ。・・・ふむ、人間はモノを仕舞うのに長けておる。儂と同様、その思いを一旦仕舞うのだ。さすれば、必要な時に取り出せる。」


「仕舞う・・・。」


 僕はその言葉を反芻し、自分の積みあがった不安を崩し、それぞれを頭に思い描く“袋”に1つずつ入れていく。ルプスは穏やかな目で僕のその様子を見守ってくれている。すると、不思議なことに、心が少しずつ楽になっていくような感じがした。


「上手く仕舞えたかの?」ルプスが穏やかに問うてくる。


「さあ、どうだろうか。でも、心が楽になったような気がするよ。」


「それは重畳ちょうじょう。さて、ガイウスよ。夜はどうする?我らと共にするかね?」


「いや、みんなが町で待っているから。」


「ああ、あの嫁たちだな。うむ、戻った方が良いだろう。」


「そうだ、相談に乗ってくれたお礼に、ロックウルフの肉を置いて行きたいんだけど、何体分必要かな?」


「15体分あれば足りる。すまぬ。気を遣わせた。」


「いいよ。お礼といったでしょう。」


 笑って言いながら、【収納】から15体分の毛皮を剥ぎ取ったロックウルフの肉を出す。


「それじゃ、今日はここで失礼するね。」


「ああ、ガイウスには必要ないだろうが、気を付けて戻るのだぞ。」

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