第74話 ちょいとそこまで

 豪華な昼食がテーブルに並ぶ、併設食堂の値段が一番高いものを人数分頼んでも、銀貨1枚にも届かない。それ以外の料理も並ぶ。ギルド直営だからギルドが買い取った新鮮な肉や薬草がふんだんに使われている。薬草は、ポーションとかの傷薬や毒消しになるだけでなく、香草としての評価もかなり高い。現に目の前の料理たちからは得も言われぬ香りが漂ってくる。


「それでは、料理もそろったようなのでアントンさんのシュタールヴィレへの歓迎会を開始したいと思います。それでは、改めて乾杯!!」


「「「「「乾杯!!」」」」」


 お金に糸目はつけなかったので大人組はワインを、僕とクリスティアーネはジュースを飲む。ちなみにジュースとは果実水ではなく果汁を絞ったものをそういうらしい。以前、辺境伯邸で飲んだのもジュースだったようだ。ナトス村には無かったなぁ。牛乳とか山羊乳はあったけどね。


 料理もそうだ。辺境伯邸でもここでも、薬草は非常に高価な調味料で塩とか砂糖なみな扱いだけど、逆に村では黒魔の森が近くて、群生地もあったからよく使われていた。改めて村と町の価値観の違いがわかる。


 海という大きい池みたいなところでは、池や湖とはまた違った魚が獲れるらしい。見に行きたい候補の1つだ。そんなことを考えながら、手と口は食べるのをやめない。朝っぱらから昇級試験で試合をして、教会に呼ばれ神様と面会して、午前だけでもだいぶ動いたからね。


 そういえば、明日は日曜だ。冒険者になって1週間経つことになる。そう思うと、時が経つのって早いと感じるね。それに、村を出てからは1日1日が充実していたし。決して、村での生活が暇だったとか退屈だったわけではないけど。


 でも、村での行動は常に大人の誰かと一緒でその補助が多かった。狩りでも農業でも酪農でもそうだった。僕の判断で行動するのは勉強する教会の中ぐらい。


 でも、冒険者は違う。10級では見習い扱いだけど、10級を抜ければ年齢関係なしに1人前扱いされる。それが嬉しくもあり、怖くもあった。何しろ、僕の意見が求められる場面があるのだ。そこで、発言したことは全て僕の責任となる。


 村では、大人の言う事に従っておくだけだったから、ミスをしようとも注意をされることはあっても怒られることもそれほどなく、命の危険にさらされることも無かった。


 しかし、冒険者では発言の1つ1つが命に繋がる。しかも、今はパーティを組んでリーダーだ。率いる立場だ。纏める立場だ。決断する立場だ。そう思うと、無性に怖くなる。仲間を死に追いやってしまうのではないか。こうして、みんなと一緒に楽しく食事を摂っている間にも、何かすることがあったのではないかとも思う。不安が積みあがる。僕はこの先・・・。


「ガイウス殿?」


 クリスティアーネに声をかけられ、暗い暗い思考の沼から現実に引き上げられる。


「何かな?クリスティアーネ。」


「いえ、何かお考えのようでしたので。お顔がこう難しい表情になっておりましたよ。」


「そうかい?実は、君を今後は“クリス”と呼んでいいかなと考えていてね。もちろん、公の場では“クリスティアーネ”と呼ぶよ。」


 笑顔で愛するクリスティアーネに嘘をついた。僕は上手く笑えているだろうか。彼女は一瞬、いぶかしむような表情をしたが、すぐに笑顔になり、


「ええ、ええ、構いませんとも。こうして、ガイウス殿と距離が近くなるのは嬉しい事です。断る理由がありませんわ。」


「ありがとう。クリス。」


 そう言って頬にキスをする。アントンさんは口笛を吹き、ローザさんとエミーリアさんはジト目で見てくる。どうせ、今夜あたり寝る前にキスでもしてくるのだろう。あぁ、しかし、僕の暗い思いは消え去らない。大きくなる。こういう時は体を思いっきり動かしたい。


「ガイウスよ。」


 赤ら顔を近づけてくる。思わず小声になる。


「なんでしょう?アントンさん。」


「今はまだ15時前だ。お前さんの能力なら門限の20時前には戻ってこれるだろう?」


「何のことです?」


「お前さん、今、あまり楽しんでないだろう?何を思っているかは知らんが、ちぃとばっかし体を動かして来ればスッキリするだろう。」


 アントンさんも小声で返す。僕は驚いてアントンさんの目を見る。アルコールがまわり顔は赤くなっているが、目は濁っていない。僕は頷き、


「では、中座ちゅうざさせてもらいます。」


「ああ、そうしろ。」


 アントンさんも頷く。僕は、クリス達3人に向かい、


「少し、体を動かしてくるよ。1人で行ってくる。」


「そんな、私たちも着いて行きます。」


「クリスティアーネ嬢、人間、誰しも1人になりたい時間がある。行かせてやってあげてくれや。」


「アントン殿・・・。わかりました。何時にお戻りの予定ですか?」


「んー、門限には間に合わせるよ。」


「では、遅くとも20時過ぎには宿に戻られると。」


「うん。」


「では、お気をつけて。」


「エミーリアと私からも言う言葉は1つよ。気をつけてね。」


「ほんじゃ、ちょいと行ってこい。」


「はい、行ってきます。あ、代金はこれを。」


 金貨を1枚取り出しテーブルの上に置く。


「ハハ、気前の良いリーダーだ。有り難く飲ませてもらおう。」

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