第38話 クリスティアーネ・アルムガルト

「お兄様たちったら、おじい様の乾杯が終わると同時にガイウス殿のところに行かれるんですもの。わたくしも連れていってほしかったのに。」


 クリスティアーネ様は頬を膨らませながら、いじけたようにディルク様とベルント様に文句を言う。そのお姿さえ、可愛らしいと思える。これが、一目惚れというものだろうか。しかし、相手は辺境伯様の御令孫ごれいそん。一方、僕は平民出身の9級冒険者だ。いわゆる、叶わぬ恋というやつかな。


 僕はそんな兄妹の輪から外れ、ディルク様たちが持ってきてくれた食事を食べる。うん、おいしい。流石は貴族様のお料理だ。美味しい料理に舌鼓したづつみを打ちつつ、アルムガルト兄妹のやり取りを眺める。ディルク様とベルント様は妹のクリスティアーネ様には甘いようで、タジタジになっている。


 ふと、肩を叩かれたので、振り返るとアンスガーさんがいた。「ちょっといいかな。」ということだったので、3人に挨拶をしてその場をあとにした。アンスガーさんに連れてこられたのはダヴィド様たちのところだった。改めて頭を下げ挨拶をする。顔をあげると、笑顔のヴィンフリート様から、


「息子たちや娘と、楽しく話せたかな?息子たちは武人気質でね。娘のクリスティアーネも気が強い子だから、何か粗相そそうが無かったらよいのだが。」


「いえ、ディルク様とベルント様とは、模擬戦について話をさせていただきましたし、クリスティアーネ様とは挨拶をさせていただきました。何も問題などありませんでした。自分のような低い身分の者にも、しっかりと挨拶していただいたので嬉しいかぎりでした。」


「ふむ、ならば良かった。ところでガイウス殿は、クリスティアーネについてどう思うかね?」


「クリスティアーネ様についてですか?良きご令嬢だと思います。婚約者の方が羨ましい限りです。」


 すると、小声で「いないのだ・・・。」と言われた。僕は、何のことかわからず「どなたがいらっしゃらないのですか?」と聞いてしまった。ヴィンフリート様は僕の両肩をがっしりと掴み、目線を合わせ、


「14歳にもなるのに、クリスティアーネには婚約者がいないのだ・・・!!」


絞り出すようにヴィンフリート様が言った。あぁ、迂闊だった。会話の内容からわかるではないか。僕のバカ。


「えっと、その、少ししかお話できていませんが、愛らしい方ですので、貴族の方の世界はわかりませんが、焦らなくともすぐにでも縁談などの話が来るのではないでしょうか。」


「もちろん、縁談は来る。我がアルムガルト辺境伯家には従属爵位がいくつかあるからね。私自身も対外的には伯爵を名乗っている。だから、男爵家や子爵家、伯爵家からも縁談は来る。だが、クリスティアーネが示す条件が難点なのだ。」


「条件?」


「そう、条件だ。叔父に当たるアンスガー、兄であるディルクとベルント、そして、クリスティアーネに試合で勝たなければ縁談を結ばんというのだ。」


 思わず、「うわっ、条件キツッ!!」と言いそうになったが、すんでのところでこらえた。さらにヴィンフリート様は続ける。


「そこでだ。ガイウス殿。私かアンスガーの養子になるつもりはないかね。そうすれば君も貴族だ。」


 これには、アンスガーさんも驚いたようで、2人して「「ファッ!?」」と言ってしまった。いやいや、話しが飛躍しすぎてついていけない。とりあえず、ヴィンフリート様を落ち着かせようと使用人からワインを貰い、ヴィンフリート様に渡した。彼は、それを一気に飲むと「フゥ」と息を吐いた。少しは落ち着いたかな。


「ヴィンフリート様、大変、魅力的なお話ですが、お断りさせていただきます。クリスティアーネ様のことがお嫌いということではありません。大変、魅力的で素晴らしい方だと思います。しかし、自分は冒険者なので、己の手で栄光は掴みたいと思っております。」


「ふむ、立派な心掛けだな。アンスガーはどうだ?」


「私は、独り身の方が気楽でよいので、兄上の頼みでしょうが断らせていただきます。それに、自分よりも強い息子なんて、親としての威厳が無いでしょう?」


「まぁ、お前がそういうなら無理強いはしないが、父上は心配しているぞ。」


「そうだぞ、アンスガー。孫の顔を見せろとは言わんから所帯を持ち、儂を安心させてくれ。」


「父上・・・。」


 おっと、親子同士のデリケートな内容になってきた。ここでは僕は退散した方がよさそうだ。アンスガーさんに、「僕はここで。」と言い、ローザさんとエミーリアさんのいる所に向かった。後ろから「クリスティアーネの件は諦めて無いからね。」とか聞こえたけど、気のせいだ。気にしない。


 ローザさんとエミーリアさんの所に行くと2人とも、騎士団の人たちと楽しそうに会話していた。うーん、あそこには入りにくいな。取り敢えず料理と飲み物を取って適当なテーブルに着こう。


 そうして、十数分、黙々と料理を味わっていると、「ガイウス殿。」と声を掛けられた。「あぁ、この声は」と思って、振り向くと、満面の笑みのクリスティアーネ様がいた。

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