婚約破棄は、私が決めます
宮崎
婚約破棄は、私が決めます!
「君との婚約は破棄する」
彼の言葉に、部屋にいる誰も驚かなかった。彼がそう言い出しても仕方がない状況だと、きっとみんな思っている。
「……と、普通の男なら言うだろう」
その言葉に、その部屋にいた全員が驚いた表情をして彼を見た。
彼はわざわざ胸の前に腕をあげ、悔しそうにこぶしを握ってみせた。
「これは、君の苦しい気持ちに気付けなかった俺の責任だ」
注目を浴びた彼はどこか楽しそうだと、どこか逃避気味に私は思った。
「政略結婚だと割り切っていた俺が悪かったんだ。すまない。君が人を殺すほどに俺のことを想ってくれていたなんてな、シオリ」
「ジョージ……」
彼の名前を呼びながら、ぎこちなく私は笑っていた。
本当はいろんなことを言いたかったけど、言葉が出てこなかった。
長年私がそうであろうとしてきた聞き分けのいい大人しいお嬢様の仮面は、こんなところでも勝手に作用した。
いや、ちょっと違う。自分が作ってきた良い子の仮面のせいで、私は自分の意見をこんな大事な場面でも言葉にする勇気がなかった。
「オジマ男爵、今回のことは息子の女性関係を多めに見てしまっていた私にも非がある。政略結婚での愛というものは、結婚してからゆっくり育てていくものだからと甘く見ていた。謝罪しよう」
ジョージの父親であるヨドカワ男爵が私の父に頭を下げる。潔いその姿に、父は慌ててそれを制した。
彼らがそこまですることはない、といった空気になるのを感じる。
ジョージの握った拳にさらに力が入った。
「俺は今からある非道な提案をします。俺を想うシオリのために、一緒に罪を背負おいたいと思うからです」
「どういうことだね、ジョージ」
焦れるように問いかけた父に、彼は言った。
「キャサリンは今日ここには来なかった。そういうことにしましょう」
「彼女の死を隠す、というのか?」
「はい。幸い、と言ってはなんですが、キャサリンは一般庶民で身寄りもない女性。隠そうと思えばどうとでもなってしまうんです。しかも死んだ彼女を見つけたのは俺の友人だ。……ロイド、今日ここで見たことは黙っていてくれないか?」
「んー……。俺が黙っていたとして他の人たちはどうかな?」
ロイドの問いかけるような視線を受けて、この部屋に集まっていた関係者たちが落ち着かないように体を動かした。
私の親であるオジマ男爵夫妻、ジョージ、ジョージの両親であるヨドカワ男爵夫妻。医師のモーティマーに、ジョージの友人のロイド。
そして、私の父の秘書のようなことをしているアルフレッド。
アルフレッドにこんな場面を見られるのは、みじめな気分だった。
彼は父の友人の息子だ。貴族ではない。
努力家なところを両親が気に入っていて、仕事の手伝いをしてもらっている。
特に私の兄と姉が進学のために家から離れてからは、二人が手伝っていた仕事を一部任せてみたり、色んなところに同行させていた。
身分の差があるからと、私に対してはいつも控えめ。だけど彼とぽつぽつとなんてことのない会話を交わす時間は、とても大事なひとときだった。
アルフレッドは心配そうに私を見て、そして敵意のこもった視線をヨドカワ家に向ける。
私の無実を彼は信じてくれているのかな……。できれば、そうであってほしい。
今日は私とジョージの婚約お披露目パーティーだった。予定通りなら、もうすぐ招待客たちの前で正式に紹介される時刻だ。
だけど今、両家の親と一部の関係者だけが集まったこの部屋で、私たちの婚約をどうするべきかの話し合いがもたれていた。
このヨドカワ家の屋敷内で、人が死んでしまったから。
しかも死んだのは、婚約がまとまる前からジョージと付き合っていた秘密の恋人のキャサリンで、犯人は状況的に私だとされてしまったから。
動悸はもちろん嫉妬だ。それしかない、といった感じでジョージ達は勝手に納得している。
じっとジョージを見つめていたら彼が視線に気付いた。
いいよ、わかってるから――。
みたいな目をされる。鳥肌が立った。
違う。私はキャサリンを殺してなんかいない。
そもそも私は……あなたのことなんてこれっぽっちも想ってない!
でもジョージとヨドカワ男爵夫妻、モーティマー医師は私が犯人だと決めつけて話をすすめている。殺してないと最初に訴えたけど、愚かな令嬢の悪あがきだという空気にされた。ここで何かを言ったら、余計に状況が悪化しそうで怖い。
父と母は私が犯人だなんて信じられないという感じだけど、反論する材料がない。そして事実がどうであれ、このまま事件が明るみに出れば、状況的に私が犯人にされることだけはわかっているだろう。
私とジョージの婚約は完全に政略的なものだった。
ものすごい家柄同士というわけじゃない。地方の大して力のない貴族同士が、それぞれの利益のために子供を結婚させておくことにした。よくある話だ。
具体的に言うと、オジマ家の所有する山から採れる魔石の販売ルート確保に絡む結婚だった。
この世界には魔石と呼ばれる不思議な鉱石があり、さまざまな製品に利用されている。
魔石というのは、人間が魔術式と呼ばれるものを念じて込めることで様々な力を発揮するようになる。昔はこすると温かくなるようにして湯たんぽ替わりにするとか、そういう使い方だったが、今は変わった。
からくりの一部に魔石を使う方法が発展し、とても便利な道具が増えたのだ。
例えば身近なところだと、ツマミを回せばコンロに火がつく仕組みなんかもそうだ。最近だと、私はまだ見たことがないけれど、魔石自動車というものが売り出されて話題になった。馬車より小型でスピードが出る乗り物らしい。
とにかく魔石というのはいろんなところで使用され、需要がある。
オジマ家が代々所有してきた山からも魔石が採れる。先々代の当主のやらかしで土地をほぼ失って没落してしまったオジマ家の、主な収入源だ。
しかし、魔石とひとくくりにしても産地などによって違いがある。
オジマ家の山のものは相性の悪い魔術式が多く扱いにくいらしい。しかも採れるのは小さなサイズのものばかり。
そういうわけで、生活には困らないけど贅沢三昧できるほどにはお金は入ってこない
国内にはもっと扱いやすい魔石が採れる山が他にあるからだ。他国から安価で輸入する方法もある。
なので継続的に安定した値段で魔石を買ってくれる相手を探すのは、父にとってずっと課題の一つだった。
ヨドカワ家は、収入なんかの面では多少オジマ家より上かなという程度。領地はほぼ農作地。ただ昔から顔が広く、急成長中の魔石製品の会社ともいくつも繋がりがあるらしい。
私はオジマ家当主夫妻の本当の子供ではない。私の本当の父は、当主の弟だ。病死した両親の代わりに二人が私を引き取ってくれた。私の上には夫妻の本当の子供である兄と姉が一人ずついる。
彼らはとてもいい親であろうとしてくれて、だから、私も恩返しをしなくてはならないとずっと心に決めていた。
だから初めてジョージと会ったあと「素敵な人だと思います」と二人に告げ、結婚に前向きだと示した。そうしないと、優しい彼らは私の気持ちを優先して婚約話を断りそうだったから。
本当のことを言えば、彼のことはちょっと苦手なタイプだと思った。
だけど政略結婚なのは向こうも同じ。だから互いに、これからゆっくりと好きになっていければいいとだけ思っていた。
……だけど。
今日、「二人だけで話がある」という手紙に呼び出されて向かった部屋で、私はキャサリンの死体を発見してしまった。
そして、よくわからない方向に話が進んでいっていた。
モーティマー医師が、父に言う。
「もしこのスキャンダルが表ざたになれば、シオリ嬢は終わりですよ。罪人として一生一人でひっそりと暮らしていく人生と、すべてを受け入れる覚悟のあるジョージと結婚する人生。どう考えても後者が正しいと思いますね」
「だが娘は殺していないと言っていて、まだ私も信じられない気持ちなんだ……」
「そういうことを言っている場合じゃないんです。今、決断しなくてはいけません。私は医者として、キャサリンの死を本当は見過ごしたくない。ですが、ヨドカワ家に恩があるから今回だけは協力してもいいと思っている。しかしここであなた方が話を断るなら、キャサリンの死は警察に届けなくてはならないし、そうすれば警察は誰かを犯人として捕まえなくてはならない。つまり……シオリ嬢が捕まるのです! いいんですか!?」
一気にまくしてられる。
彼の言っていることはどこかおかしい気もするのだけど、なんだか正しいような気もする。ヨドカワ男爵夫妻とジョージの強い視線もあって、とにかくここは彼らの言うことに従うのがよい気もして――。
「お、俺が殺したんです!」
いきなりアルフレッドが叫んだ。
びっくりして部屋中の人間が彼を見る。
「アルフレッド、おまえ、何を……」
「い、いきなり会話に入ってきてなんだね、君は!」
「シオリ様は人を殺すような方ではありません。絶対に。それはお二人がご存じでしょう!?」
アルフレッドに言われ、父と母も勢いに押されつつ頷いた。
「きっと外部の人間が犯人です。でも、もし誰かを犯人として差し出さなくてはならないんなら、俺にしてください!」
「君、適当なことを言って引っ掻き回さないでくれないか!? そもそも、どうしてただの付き人みたいなやつがこの部屋にいて、大事な話し合いに参加しているんだ」
ジョージが機嫌の悪い声を上げる。アルフレッドは恐縮しながらも、はっきり答えた。
「そ、それはエレノア様に頼まれたので」
「エレノアがあなたに?」
「はい。シオリ様のことが気になるから、自分の代わりに同席してくれと……」
エレノアというのは、少し前から私の家に滞在している遠い親戚の女性だ。
死体のことを聞いて気分が悪くなったからと今は別室で休んでいる。
年齢はロイドというジョージの友人と同じくらいだろうか。二十代後半だと聞いているけど、二十代半ばくらいにも見えるし、落ち着いた様子からもっと年上にも見えた。
実は私の心の奥に隠した気持ちにエレノアは気付いてくれて、それでいろいろと話を聞いてもらったりしていた。ジョージとの結婚を断る気はなかったけど、なんの憂いもなく承諾したわけじゃなかったこと。彼女にその話を聞いてもらって、覚悟を固めていったのだ。
「変なことを口走れば、そのエレノア嬢にまで迷惑がかかるぞ」
「俺は本気でシオリ様の身代わりに――」
「うるさい!」
怒鳴りつけるジョージに「まあまあ、落ち着けって」と声をかけたのはロイドだ。彼は窓際で腕組みをして、興味深そうに事態を見守っている。
「たしかに自分を犯人にしてくれなんて申し出はむちゃくちゃだよな。けど、大事な人のためにそう言いたくなる気持ちはわかる……」
「はあ?」
「さて。まだ少し時間はある。結論を出す前に、もう一度、シオリ嬢が死体を発見したときのことを確認しておきませんか」
ロイドが急に真面目な顔つきになってそう提案した。その前に、なぜか窓の外をちらりと見たのが少し気になる。
「もう一度? なんでだよ。シオリが彼女を殺した、それがすべてだ」
「焦るなよ。もしこの件を隠蔽するなら、状況をきちんとみんなで認識しておくことが大切だろ? 曖昧なままだと誰かがヘマして事件のことがバレてしまうかもね」
「だがあまり思い出させるとシオリには負担だろうし……」
「わ、私なら大丈夫です!」
思わず叫んでいた。
ちゃんと状況を確認し直してくれれば、私の無実がわかってもえるかもしれない。
さっきはヨドカワ男爵夫妻とジョージの強い視線に負けて諦めそうになったけど、流されてはだめだ。うまく反論できなくても、最後の一線だけは守らないと。
私は誰も殺していない。
ジョージが不快そうな顔をするけど、ここでひくことはできない。
アルフレッドの突拍子もない提案には驚いたけど、逆にそれが私を勇気づけた。彼に私の身代わりなんてさせちゃだめだ。
魔石採掘による利益をなんとかあげたいと、父やアルフレッドが頑張っているのを私も手伝いたかった。そして私は、自分自身の最大限の利用法がジョージとの結婚だと考えていた。
でも今の状況は何かおかしい。このままじゃ、私の結婚は彼らのためにならない気がする。
ロイドが満足げに頷いて訊ねてくる。
「じゃあ最初から話してくれるか? たしか呼び出されたんだよな」
「ええ。昨日、私の家に手紙が届いたのが始まりだったんです――」
パーティーの前に、二人きりで少し話がしたい。
そんな手紙と共に鍵が一つ私の元に届いたのだ。
差出人は、キャサリンとだけ。
でもすぐに心当たりに思いついた。ジョージが同じ名前の女性とこそこそ会っているというのに、気付いていたからだ。
彼女の存在については父と母も気付いていた。二人は心配したけど、私はそれを知っていてもジョージと結婚したいのだと嘘をついていた。これからのジョージを信じているからと。
本当は、あまり信じていなかったけど……。
「同封されていた鍵はヨドカワ家の屋敷の、ある部屋のものだと記してありました」
後からわかったことだけど、そこはジョージの趣味の絵画を保管している部屋だった。
普段は魔石錠と呼ばれる鍵がかけられている。対応する魔石のはまった鍵でなければ開けることができない。そういう特別な鍵だ。
「鍵はキャサリンが俺の元から勝手に盗んだんだ。予備の鍵まで一緒になくなってたよ。昨晩気付いてとても焦ったよ」
盗まれた二つの鍵。一つは私の手元に。予備の鍵のほうは、キャサリンが握りしめて亡くなっていたらしい。ジョージとロイドが死体を確認してそう言っていた。
「ヨドカワ家についてから、私は手紙で言われた部屋に向かいました」
「はあ。手紙をもらった時点で、俺に相談してくれていたらよかったのに……」
悔やむように、どこか私を責めるようにジョージが言うけど。
無理だ。彼に相談できるほど、私達の間に信頼関係なんてなかった。
私が相談できたのは、私の隠していた気持ちに気付いたエレノアだけ。彼女にだけ手紙を受け取ったことを打ち明けて、悩んで、そうしてキャサリンと対峙することに決めたのだ。キャサリンのジョージへの恋心を本人からちゃんと聞いておこうと思った。
エレノアは部屋の近くまで付き添うと言ってくれた。なんなら、キャサリンと対峙するときも同席しようと言ってくれた。でも私は断った。できるだけ人目につきたくなかったし、一人でなんとかしてみせたいと思ったのだ。今思えば、付き添ってもらうべきだった。
ヨドカワ家の屋敷に着くと、私はエレノアと玄関で別れ、こっそりと指定の部屋へと向かった。
「そうしたら部屋の扉が開いていて――」
「シオリ、違うよ。手紙でもらった鍵で扉を開けてキャサリンと会った。だろう?」
私の言葉を遮ってジョージが訂正する。
「ち、違います。私は鍵を使ってない。部屋は最初から開いていたの! そして中にはロイドと……キャサリンが」
部屋にいたのは、ロイドと、頭から血を流して倒れているキャサリンだった。私はすぐに悲鳴を上げ、たまたま近くの部屋にいたジョージがすぐに駆けつけた。
ジョージは話が広がらないよう悲鳴に気付いた使用人たちをごまかし、屋敷にいたモーティマー医師を呼んで死体を確認してもらってから部屋を封鎖した。そして、とりあえず別室に関係者を集めたという次第だ。
「俺は直前までジョージと一緒に近くの部屋にいたんだ。喉が渇いたんで水をもらいに廊下に出て、部屋の扉が開いているのに気付いた。それで中に入ったら……死体だよ。状況的には本当は俺が一番怪しいな」
ロイドがそう言うと、ジョージが首を振る。
「君が部屋を出て、シオリの悲鳴が聞こえるまで大した時間はかからなかった。その間に人を殺すのは無理だ。考えられる可能性としては……」
ジョージは悲しそうに顔を歪めた。
「シオリがキャサリンを嫉妬にかられて殺してしまい、そのまま部屋を出た。その後ロイドが扉が開いているのに気付いて中に入った。シオリはそれを見てもう一度部屋に戻ったんだ。そして初めて死体を見たような態度をとった」
「その推理は何度も聞いたけどね。シオリ嬢は、なぜ一旦外に出てまた戻ってきたんだ?」
「考えたくないが……。もしかしたら、君に疑いを向けて犯人にしようと思ったのかもしれない」
「無理矢理じゃないかなあ」
「だが、キャサリンは部屋の鍵を閉めて待っていただろうし、そんな部屋に入れるのは――」
「いや違う。鍵は閉めることはできなかったんだよ。あの部屋の魔石錠、壊れてたんだから」
ぐっとジョージが詰まる。
そう。いつからかはわからないが、あの部屋の魔石錠は壊れていた。
私が犯人だとジョージに真っ先に疑われて、その証拠に鍵が……と言われたけど、私の持っていた鍵は扉に反応しなかった。キャサリンの握りしめていた鍵とも反応せず、完全に壊れているのがわかったのだ。
昨晩はちゃんと鍵は作動していて扉は開かなかったらしい。けど、今朝のいつごろからかあの部屋の魔石錠は壊れて閉まらなくなっていた。物理的な破損は見受けられず、魔石に込められた魔術式だけが崩壊しているという。
そんな壊れ方は、経年劣化や他の魔術式の干渉といった特殊な理由しかない。
私にはそんな風に魔石錠を壊すことはできない。
つまりどこかのタイミングから、私以外の人間もあの部屋に自由に出入りできていた。
紛失した鍵の一つを持っていたって、犯人の証拠にはならない。
ならないはずなのに、なぜかジョージもモーティマー医師もヨドカワ男爵夫妻も、私が犯人だって前提でしか話をしてくれない。
ロイドがまた、窓の外にちらりと目をやった。
そして少し目を細めたあと、大きくため息をつく。
「魔石錠が壊れていた時点で、シオリ嬢を容疑者に仕立てるのは失敗してたんだ。あの部屋に入れたのは魔石錠の鍵を持っていた者だけ、って状況はなくなってしまったんだから」
「ロイド……?」
「よくそのまま強引にことを進めようと思えたな。他の案は考えてなかったのか」
「どういうことですか。シオリ様を容疑者に仕立て上げる?」
アルフレッドが食いつくように聞き返す。
「殺人の疑いをかけられた娘との婚約を破棄せず、彼女の想いに心を打たれたとかなんとかいって結婚する。オジマ家はヨドカワ家に大きな借りを……いや違うな、弱みを握られる」
「おい待て、ロイド」
「オジマ家は殺人犯の娘を持ち、ヨドカワ家はその殺人を隠蔽してやった――。真相がどうであれ、一度その筋書きを受け入れたら後から覆すのは難しい。それが狙いだ。そうだよな?」
「と、とんだ言いがかりだ!」
ヨドカワ男爵が大声を張り上げる。だけど、ロイドは動じなかった。
どういうことだろう。私が殺人犯であると、ヨドカワ家には都合がいいことだったの?
私は驚いて何も口を挟めずに、やりとりについていくだけで精いっぱいだった。
「似たようなことを他でもやっただろ」
そう言ってロイドが告げた名前に、男爵達は明らかに顔色を変えた。
「誰かが犯した罪を隠蔽し、さらにはそんな相手を受け入れてやる。相手は完全にあんた達の支配下だ。いい方法だと味をしめて繰り返したわけか。詳しいことは俺ではなく警察に説明してくれ。すでに到着してる」
「警察? そんなもの呼んでいないぞ!」
「だが来てるよ。窓の外を見てみるといい。大方、死体の話に驚いて倒れた誰かが、動転して勝手に呼んでしまったんじゃないかな?」
男爵達は、意味がわからないというように首を振る。
ロイドと目があった私は、直感的にその「誰か」はエレノアではないかと感じた。
「警察がキャサリンの死体を調べれば、死んだのはシオリ嬢がこの屋敷に来るよりもっと前のことだとわかるだろうね」
そのとき、ノック音とともに部屋が開かれた。入って来たのはエレノアだ。
部屋の中をざっと見まわしてから、事務的な口調で淡々と告げる。
「話し合い中にごめんなさい。警察がヨドカワ男爵、夫人、ご子息、それぞれに話を聞きたがっています。キャサリンが借りていた部屋から、男爵達がこれまで犯してきた犯罪の証拠らしきものが出てきたと」
「そっ、なっ」
椅子から立ち上がった男爵が、言葉にならない声をあげ地団太を踏む。宥めるように夫人と医師が駆け寄った。
ジョージは恨みのこもった目でロイドを睨んだ。
「余計なことを! シオリはおまえを恨むぞ! 彼女は俺と結婚したがっていた。殺人の疑いくらいなんだ。あのままなら、心の広い夫と結婚したことになって幸せになれたのにな!」
「娘をおまえなんかにやれるものか!」
叫んだのは父だ。隣で母も何度も頷いている。
「シオリ、言い返さなくていいの?」
むっとした様子のエレノアがそう言ってくれるけど、ジョージがせせら笑った。
「俺に惚れてたやつに聞いてやるなよ。酷い女だな」
そうだろとこちらを見るジョージに、これ以上ない怒りが湧いた。
「父や母や……アルフレッドのためにならない結婚なんて、したくない」
「え?」
「あなたと結婚したかった理由なんて、それだけ! あなたが好きだったわけじゃない!」
私によくしてくれた家族やアルフレッドのために、家の繁栄のための駒でいいとは思った。
だけど、何の恩も気持ちもないジョージやヨドカワ家のための駒には、なる気はない……!
すうっと息を吸って私は叫んだ。
「あなたとの婚約は破棄します!」
ジョージはなぜかものすごくショックを受けた顔をして、バランスを崩して椅子に座り込んだ。
今ごろ縋るような顔を向けてくる彼をひと睨みしたあと、もう関係ないと示すように私は目を背けたのだった。
「エレノアとロイドは、仲間だったということよね?」
オジマ家の玄関前で私は二人に訊ねた。
ヨドカワ家でのごたごたがあった次の日。私とアルフレッドは、家に帰るというエレノアとロイドを見送ろうとしていた。
「まあね。ヨドカワ家にはいろいろ怪しい噂があって、調べていたの」
「エレノアが私の遠い親戚というのは嘘?」
父は、親戚の親戚の親戚くらいの遠い関係の相手から、娘を滞在させてくれと頼まれたと言っていた。最近その親戚の親戚の親戚に、仕事上でちょっとした融通をきかせてもらったお礼も兼ねて、受け入れたと。
私の問いに、エレノアは笑って答えはしなかった。
教えてもらえることと、教えてもらえないことがあるらしい。彼らの正体について詳しいことも教えてもらっていない。父もわからないと言っていた。エレノアとロイドという名前も、本当の名前ではないかもしれない。警察関係者だろうと思うけど、雰囲気が違うような気もする。
私が呼び出された部屋の魔石錠が都合よく壊れていていたことも、実は二人が仕組んだことじゃないかと思っている。これもまた、笑って答えてはもらえなかったけれど。
ただ、二人はとても重要なことを教えてくれた。
――オジマ家の所有する山から採れる魔石はね、魔石自動車に必要な魔石部品の一つに、かなり最適な性質を持っているの。
知らなかったのだが、そうらしい。父やアルフレッドも気付いていなかったようだ。
だけどヨドカワ家はそれに気付いていた。
うまくいけばかなり大きな儲けを上げることができる。そのとき主導権を握るために、あんな事件を仕組んだらしい。
「私のためにキャサリンは殺されたの?」
もう一つ、気になっていたことを確認する。
この質問にはロイドが答えてくれた。
「彼女はヨドカワ男爵家の裏事情を知りすぎていた。どちらにしろ消すつもりでいたから、オジマ家を取り込むのに利用したんだろう」
私は怖くなる。誰かの死をそんなふうに利用できる人たちの家に、嫁ごうとしていたのだ。
「男爵家の裏事情っていうのは……」
隣にいるアルフレッドがおそるおそる尋ねる。
でもこれには、ロイドは笑って答えない。教えられないということだ。
「そろそろ行くわ」
そう言ってエレノアとロイドが乗りこんだのは、なんと魔石自動車だ。
魔石自動車。オジマ家のこれからを左右するかもしれない魔石製品。どこに隠していたのか、帰るための乗り物を取ってくると言って出て行ったエレノアが自分で運転して戻ってきた。助手席にロイドを乗せて。
今もまたエレノアが運転席に、ロイドが助手席に座っている。
窓をあけてくれたエレノアに私は訊ねる。
「ありがとう、エレノア。……また会える?」
「さあ、どうかしら。もしあなたが失恋でもしたら、慰めにくるかも」
そして小さく囁かれる。
「あなたの秘密、早く彼に打ち明けたほうがいいと思うわ。それから――」
車が完全に見えなくなっても、私とアルフレッドはすぐには動かなかった。
「最後に何か話していましたけど、なんだったんですか?」
「それは……」
言ってもいいのだろうか。
エレノアの助言通り私の秘密を打ち明けたら、色んなものが壊れてしまうような恐ろしい気持ちもする。
でもあそこまで気遣ってもらって、言わないなんて選択肢もない。
私は覚悟を決めた。
「アルフレッド、聞いてほしいことがあるの」
エレノアは、去り際にこうも言った。
――それから、もしあなたの恋が成就すれば、オジマ男爵夫妻は応援する気があるみたい。もちろん、うまくいかなくても彼のことは今までと変わらず大事に扱うと言ってたわ。
彼女にだけ気付かれていた私の秘密――アルフレッドへの恋心は、両親にもばれていたらしい。
私の作ってきた良い子の仮面は、思っていたほど完璧ではなかったのかもしれない。
でも、あんまりショックは受けなかった。良い子のお嬢様の仮面をかぶるだけで、すべてが上手く運ぶわけじゃない。昨日、それを身を持って知ったから。
「あのね、家のこととか、そういうのは今は忘れて聞いてほしい」
「ええと……?」
「すぐに答えなくていいから。それにもしだめなら、はっきり言って」
「な、なんでしょう」
「あなたのことが、好きなの」
気まずい沈黙がおりた。
こんなところで急に言われても困るだろう。言ってしまってから、私は焦りすぎだったと反省する。
「答えはすぐにじゃなくて――」
「けっ!」
遮るように、アルフレッドが声をあげた。
……け?
「結婚してください!」
「ええ!?」
「大丈夫です。男爵には、もし万が一シオリ様と想いが通じることがあれば、結婚を許可すると言ってもらってます! 昨日!」
「昨日!?」
「ロイド様にけしかけられて、あなたへの想いを男爵に打ち明けたんです。そうしたら、もしあなたの気持ちが俺に向くことがあれば、祝福したいと言っていただけて……」
あの二人は、警察の手先とかではなく恋のキューピッドだったのかもしれない……。
そんなお花畑な考えが浮かんできた。
今すぐあの二人にお礼を言いたいけど、無理だと気付く。エレノアは失恋したら慰めに来てくれると言ってくれた。けど、失恋しなかった。
「……俺との結婚は嫌でしょうか」
急に自信なさそうに訊いてきたアルフレッドに、私はぶんぶんと首を振った。
そして、すうっと息を吸って私は叫んだ。
「よ、よろしくお願いします!」
*****
お読みいただきありがとうございました!
ミステリー(風味)、味方してくれる謎のカップル、といった好きな要素を好きに詰めました。
作中のロイドとエレノア(どっちも偽名)は、「人形は恋しない」で主人公やってた人物と同じです。(コレクションでまとめてありますので、ご興味あればそちらもどうぞ!)
婚約破棄は、私が決めます 宮崎 @miyazaki_928
★で称える
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