第4話

「よおし、ではしゅっぱーつ!」


 夏の暑さにも負けず、お宮さんは元気よく先頭を切って颯爽と歩き出す。

 僕とアニキはその後ろから、少し遅れてついていく。

 ついさっきテストを終え、ようやく自由な時間が訪れたかと思ったら、お宮さんに《幸運の男神さま》捜しの続きをやると、強引に連れ出されたのだ。


「ところで実、今日はどこに行くんだ?」


「駅向こうにある神社に行くみたいだよ。ほら、前にも行った――」


「ああ、前のパワースポット巡りで行ったところか」


 お宮さん曰く、前に捜した場所は見落としがちだから、今行けばまた何か見つかるかもしれない、とのこと。

 お宮さんのオカルト趣味に関して、いつもは一緒に行動しないアニキが、今日はなぜか僕の隣にいる。


「ねえ、アニキ。今日はどうして一緒に来てくれる気になったの?」


「オレは『パワー』と名の付くものには目がねえんだ。マッキーナから『今日はパワースポット巡りに行こう』って誘われたんだが、違うのか」


 なるほど。お宮さんはアニキを連れ出すための口実として、パワースポットを使ったのか。そういえば以前に今向かっている駅向こうの神社に行ったときも、アニキは一緒だったっけ。

 アニキはパワースポットに関して、ちょっと誤解しているような気がするけど、あえて訂正はしないことにした。


「それにな、実。実際、オレの肉体、あの頃と比べてちょっとばかしキレが増している感じがしているんだ。もしかしたら、その《漢神》って存在が影響しているんじゃねえかって思ってな」


「ふ、ふうん……」


 曖昧に笑って答え、僕はアニキの厚い胸板に目をやる。

 ピタピタの白いシャツから張り裂けんばかりに筋肉が盛り上がっている。

 とても同い年とは思えないほど、完成された肉体である。以前に神社に行ったときと比べても、そう大差はない気がするけど……本人としては明確な違いがあるのだろう。

 でもそれって、アニキが自分で頑張って鍛えているからじゃないのかな。目標が実現するのは、何も人智を越えた存在のおかげじゃないと思うんだけど。


「二人とも、もっと早く歩いて! そんなんじゃ日が暮れちゃうよ。今日はその鍛えた肉体を駆使してもらうから、よろしくね!」


 前を歩くお宮さんは振り返り、快活に不審なこと言う。

 アニキはともかく、僕はひょろひょろのもやしっこ。最近はアニキの訓練とお宮さんとの同行で多少は鍛えられているとは思うけど。

 アニキへのヤる気……じゃなくてやる気の促進として檄を飛ばしたにしても、妙に引っかかる表現である。

 一抹の不安を覚えつつ、僕はお宮さんの後を追って足を早めた。


   ☆ ☆ ☆


 件の神社に到着すると、お宮さんは背負っていた大きめのリュックサックを地面におろし、何やらゴソゴソと音を立てていた。

 お宮さんはよほど集中しているのか、何をしているのかと話しかけても返事がないので、僕はしばらく待つことにした。


「さすがパワースポットってだけはある。この神社に来ると、己の中にある漢が目覚めてくる感覚がしねえか。無性に叫びたくなってくるぜ」


 アニキは天に向かって両手を広げ、周辺の木々から元気を吸収しているようだ。


「それにここは絶好の納涼スポットでもあるな。人気もねえし、静かに瞑想するにももってこいの場所だ」


「こう暑いと、たしかにこういう涼しい場所はありがたいよね。僕、空調ってちょっと苦手なんだよ」


「たしかに、自然ってのはすげえよな。人工的なものすべてがよくないわけじゃないが、コクというか旨味というか、作られたものにはない良さがある」


 厳密に言えば、この神社や周辺の木々だって人の手が入っているだろうから、完全なる自然ではない。しかしそれでも、無機質なビル群に囲まれているよりも気分が良いのはたしかである。

 木々に囲まれた涼やかな境内で、僕がアニキと取り留めもない話をしていると、バチバチッ、と極めて人工的な音がした。

 見ると、お宮さんが物騒な物を手にしている。一見したところ、銃のように思うけど……。


「お宮さん、それって……」


「ん? ああコレ? 見ての通りテーザー銃だよ。ワイヤーを対象に向けて射出、その後に五万ボルトの電流を流して相手を動けなくするっていうアレ」


「……? 何のために持ってるの?」


 見ての通り、とか言われても全くピンとこない。

 だけど、少なくとも危ない代物だってことは、軍オタでない僕にもわかる。


「何って、それはもちろん《幸運の男神さま》を捕まえるためだよ」


「ダメだよ、そんな危険な武器なんか使ったら!」


 罰当たりも甚だしい行為である。何を考えているんだろう、お宮さんは。

 噂の男神さまがもしも存在するとして、お宮さんは幸運を手に入れたいんじゃないの?

 あろうことか、神さまを捕まえるだなんて、それこそ神をも恐れぬ行為だ。


「平気だって、武器じゃなくて護身用具だし。このテーザー銃を直接誰かに向けて発射することはしないから。レーザーポインタを向けて追い込むだけ。つまり、ちょっぴり威嚇するだけだよ」


 お宮さんは可愛らしくウィンクして、手にした電気銃の発射口からバチバチッと火花を散らした。おもちゃの銃……というわけではなさそうだ。


「い、いやいやいや! そんな、まるでハンターみたいなこと、ダメだって!」


「よしのんは勘違いしてるよ。ハンターみたい、じゃなくて、ハンター。今から神さまを捕まえるんだから、間違いなく狩人」


「なおさらダメだってば! ねえ、アニキも何かお宮さんに言ってあげてよ」


 僕は、未だ自然のエネルギーを吸収せんと両手を広げたままのアニキに助けを求めた。


「実の言うとおりだ、マッキーナ。銃なんて危険な物を使う必要はねえ。そいつは鞄にしまっておけ」


 うんうん。やっぱりアニキは頼れる男、いや、漢だ。鍛え上げた鋼の身体には、ちゃんと健全な精神が宿っている。

 僕が言うよりも、アニキに言ってもらった方が説得力があるのは、少しばかり残念ではあるけど。


「だよね、アニキ」


「ああ。その《漢神》とやらとパワー比べをするのは、オレと実で充分だ。それに、武器なんか使ったら失礼だろう」


「うんう……って、ん? アニキ?」


 何やら不穏な流れになってきた。僕とアニキで、何だって?


「実はこう見えてタフな漢だ。この肩を見ろ、訓練の成果が身体に如実に顕れている。きっと試験中も休まずに訓練を続けていたんだろう。見上げた根性の持ち主だぜ」


 アニキは僕の肩にそっと手をあて、労るように優しくさする。

 自分の努力を認められたのはとても嬉しい。実際、僕はテスト期間中も、アニキに教えてもらった一人でもできる訓練メニューをこなしていた。それをわかっていたアニキに、感謝を伝えたいくらいだ。

 でも、それはあくまで白峰さんを守るためのものであって、《幸運の男神さま》と力比べをするつもりで鍛えたわけじゃない。


「うーん、キム兄がそこまで言うなら、仕方ない。私は持参した罠でも張りつつ、キム兄とよしのんと《幸運の男神さま》の、組んず解れつ三人プレイを傍から見守るスタンスでいくよ。それはそれで楽しそうだし」


「おう、任せてくれ」


 お宮さんは素直にアニキの助言を聞き入れてくれたらしく、テーザー銃を鞄にしまう。

 銃を使用しない選択をしてくれたのはいいけど、何やらいかがわしい表現で、僕とアニキを一括りにするのはやめてほしい。無論、神さまだって迷惑しているはずだ。

「それじゃ、私は罠を張ってくるから、しばしお待ちを。何だったら、二人でしっぽりと楽しんでもらってもかまわないから」

 僕が返事に困るような台詞を残し、お宮さんは颯爽と去っていった。

 楽しげに罠の設置に向かうお宮さんの背中を見送りながら、僕は思う。

 こんな会話を、《幸運の男神さま》が聞いていないといいな、と。

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