第5話
白峰さんとデート(?)した翌日の夕方。僕の部屋には、お宮さんとアニキが遊びに来ていた。
なんでも、《幸運の男神さま》の新しい情報が出てきたらしく、それを元に、今後の活動をどうしていくかを決めるための、緊急会議(お宮さん曰く)である。
「よしのん、ほらっ、これだよ!」
お宮さんが意気揚々とPCのモニタ画面をこちらに向ける。
画面にはお宮さん御用達の、《ご近所オカルト》の目撃情報記事が開かれていた。
「……『新情報! 願いが叶う神社はホンモノだった』? ……あそこで神さまが目撃されたの?」
「違うってば。もう、ちゃんと読んでよ、よしのん」
見出しの一文だけを声に出して読み上げると、お宮さんは憮然として言った。
さほど興味もなかったけど、僕はお宮さんの押しの強さに負けて、記事の中身に目を通すことにした。
ざっと斜め読みした限りでは、見出し以上の内容は見あたらない。
おおよそ、以前にこのサイトで見たのと同じようなものだ。
目標に向かって努力したことは必ず報われるとか、そういった類の、謳い文句だけはご立派な文言で、記事は書き連ねられていた。
まあ、読む前からわかりきったことではあったけど……本当にいかがわしいな。
新しい情報らしきものといえば、あの神社に願い事を書いた絵馬を奉納したおかげで夢が叶った、といった部分くらいである。これにしたって、情報と呼ぶに相応しいとはいえない代物だ。
白峰さんが「あの神社にご縁があったおかげで」と嬉しそうに言った台詞を思い出すと、なんだか無碍に否定するのはためらわれるけど、冷静に考えれば「偶然」の域を出ない。
一応は最後まで目を通したので、記事から顔を上げようとしたときだった。
群衆の中によく知った顔を見つけるように、僕はその文字を発見した。
「……『アマデウス』?」
「そそそ、そこだよ! さっすがよしのん、目の付け所がいいねっ! その『アマデウス』っていうのが、《幸運の男神さま》の名前みたい」
「良い名前だな。『神に愛されし者』の名を冠するとは……まったく、恐れ入るぜ」
二人とも(多分別々の理由でだろうけど)なんだか楽しそうだ。
「……神さまの名前なのに、『神に愛されし者』って、なんだか妙な感じだけどね」
一応、軽くツッコミを入れつつ、僕はまた画面に目を戻す。
アマデウス……うちにいるあの全裸おっさんと同じ名前。
たしかにあいつは、僕ら普通の人間の常識を超越した存在である可能性はある。
その理由は言わずもがな、周囲には猫の姿、僕には人間の姿に映っていること。
けれど、それは僕がおかしいだけかもしれないので、アマデウスが神さまだって証明にはならないはずだ。同名の、まったく違う別人かもしれない。いやそれ以前に、このサイト自体、信用度の高いものだとは到底思えないので、記事を作成した人の創作である可能性だって、充分に考えられる。
まあ、これについては置いておくとしても、だ。
僕の目をとらえて離さない文字は、別にある。
「トム・ダーティ……」
情報提供者欄に書いてある名前を、僕は無意識に口にしていた。
「ああトムさんね」
「知っているの、お宮さん?」
「うん。ていってもそれはハンドルだから、もちろん顔も本名も知らないけど。ここ最近、そのトムさんて人から、《幸運の男神さま》の情報がやたら増えててさ」
「それって、いつ頃からかわかる?」
「え? ああ、ええっとね――」
お宮さんがスマホで調べて、件のトム・ダーティの出現の日付を教えてくれた。
その日は――僕が白峰さんに対して、初めてその単語を述べた日だ。
PCを挟んで向かい側に座るお宮さんも、隣であぐらをかくアニキも興奮しているけど、それとは違う興奮を、僕は味わっている。
あれは僕が取り繕っただけの、いい加減な創作のはず。
知っているのは、僕と、それから……白峰さんだけだ。
ということは、この記事は白峰さんの体験が書かれている?
……そういえば白峰さんからアマデウスの名前を教えてもらったんだっけ。
もしかして、彼女もお宮さんと同じくオカルトマニアなのだろうか。
初めて白峰さんと会った日を思い出す。彼女が見せてくれた白猫の画像、あれは《ご近所オカルト》に掲載されていたものではなかったか?
考えれば考えるほど、この情報提供者が白峰さんであることが証明されていく。
まあ別段、だからどうだってことはないんだけど……何か心に引っかかる。
「そのトムなんとかってな、一体どんな男なんだ?」
「この記事を書いた筆者によると、この情報ってメールで送られたものらしくって、男女の判断は難しいみたい」
そこ、重要なところなのかな。
アニキにツッコもうかと思ったけど、字面的にやばい気がして止めた。お宮さんをこれ以上興奮させてもまずい。主に僕が。
「でも、なんとなく、女の人って感じがするなあ」
「えっ、どうして?」
瞬時に、白峰さんの顔が思い浮かぶ。お宮さんはなぜ、情報提供者が女性だとわかるんだろうか。
「うーん、これといった確証はないんだけど……強いて言うなら、ここのサイトを利用する人って、ほとんどが女性なんだよね。中には男性もいるけど……サイト内を全部見てもらえばたぶんわかるよ」
言われて目を通すと、なるほど、と頷きたくなる見出しばかりだった。
『ほとばしる肉汗! 森の中に生い茂る幻のチン味とは』『酒池肉林! 組んず解れつ物干し竿』『飛び交う白濁! 今日もどこかで乱痴気騒ぎ』
今までまともに見ることはなかったけど、こうも偏った見出しが羅列しているとは……。
これでは腐女子の中でも、かなり趣味嗜好の限定された人でしか、このサイトの常連にはならないような気がする。
「知らなかったな、こんな素晴らしい情報サイトがあったなんて……」
「えっ」
アニキが横で、溜め息混じりにそう言うものだから、僕は思わず身を引いた。
「キム兄もやっぱりそう思う?」
「ああ。肉体と精神を極めようと努力しているオレみたいな人間にとって、志を同じくする者の存在は励みになる。鍛錬にかける思いがふつふつとわいてくるぜ」
そう言って、アニキは僕の背を優しく、労るようにそっと撫でてくれた。
こういう触り方をフェザータッチというのだろうか。……正直、気持ちいいけど、それが却って僕を悩ませる。
そんな思いが顔に出ていたのか、アニキは僕を見て言い直した。
「すまん実、オレ『たち』だったな」
僕はなんと言っていいものか、とりあえず曖昧に頷いておいた。
……しかしこうして見比べてみると、《幸運の男神さま》がまともに思えてくるから不思議だ。比較対象があるって、なんだか怖い。
「ね?、わかったでしょ? 女性が主な利用者だって」
「そう、だね……お宮さんの言いたいことはなんとなく」
お宮さんには頷いてみせたたけど、本心から納得したわけじゃない。
アニキがそうであったように、これをオカルトサイドからではなく、漢のハッテン……じゃなかった、交流場として利用する男性もいるだろうからだ。
でも、女の勘が真相に近付くある種の超能力だというのは、父さんと母さんのやりとりから実感もしているので、お宮さんの「なんとなくそう思う」という感想が当たっているかもしれないとも思う。
「お、えぐっちゃんからの新情報がアップされてるっ」
お宮さんはスマホに目を落としたまま、かつてのオカルト仲間の名を叫んだ。
えぐっちゃん――枝楠マネージャーの妹さんも、きっとお宮さんと同じくソッチのご趣味があるのだろう。
「そういや実、この間は大丈夫だったのか?」
アニキが心配そうな視線を僕に向ける。
「この間って……ああ、枝楠マネージャーのこと?」
先日、お宮さんとアニキについてきてもらって、白峰さんのマネージャーである枝楠と対峙したとき、僕は相手の出す威圧に為す術もなく立ち尽くしてしまった。
その後、僕はしばらく意識が現実になかったようだ。気が付くと、僕はアニキの背に乗せられていた。
「それなら平気だよ。……まあ、いざというときに勇気が出なかったのは自己嫌悪になったけど、前向きに捉えるなら、まだまだ訓練の余地があるってことだよね」
努めて笑顔で言ったけど、本当はかなりショックだった。
ここ一ヶ月ばかり、僕はアニキに手伝ってもらいながら、自分の心と体を鍛えていた。だから、一人で見知らぬ第三者と対峙しても平気だと思っていた。
けれど現実には、その訓練の成果は出せず、ふがいない結果に……。
アニキはそんな僕を心配してくれているから、なおさら正直に打ち明けることはためらわれた。
「やっぱりあのとき、オレも傍についているべきだった。すまん、実。オレという者がありながら……」
部屋が窮屈になるくらい大きな体を小さく二つに折り畳んで、アニキは僕に言った。
後半はちょっと、その、表現に難ありというか……、それだと僕とアニキがまるで恋人のように聞こえるというか……。
チラリと横目でお宮さんの様子を伺う。
普段なら興奮して「ウハッ! キタコレ!」とか言い出すのではないかと思ってお宮さんを見たのだけど、彼女は相変わらずスマホを凝視したまま、こちらの言動には反応していなかった。
「いや、アニキは何も……っていうか、そもそも僕の勘違いであのマネージャーを疑ってしまったわけだし、皆に迷惑をかけてしまって……」
すっかりストーカーの疑いが晴れたとまでは言わないけど、枝楠マネージャーは限りなくシロだろう。数日ではあっても、僕が枝楠を尾行している最中、怪しげな行動をとることは一度もなかった。
僕が直接尋ねたときも、彼の挙動には不審な点が見あたらず、むしろこちらの方が、アイドル白峰夢乃さんをつけ回すストーカーのようだとさえ思ったほどである。
結局、何もかも僕の勝手な勘違いだったのだ。
「……実、あの枝楠ってやつのことなんだが――」
「ええっ! ちょ、これって……?」
アニキが何か言い掛けたそのとき、お宮さんが叫び声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「見た方が早い」
言うや否や、お宮さんはPCを奪い取って、なにやらカタカタとキーボードを操作している。
返されたPCの画面に映し出されていた画像を見て、僕は驚きのあまり声を出せなかった。
それは、制服姿の白峰さんが腕を捕まれ、黒いバンに連れ込まれている画像だった。
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