第36話 作蔵の憂鬱

 風呂場から髪を拭きながら拓也が部屋に入って来ると、作蔵がこたつの前に座ってテレビを見ていた。

 拓也が声を掛けた。

 「おじいちゃん、お腹すいてない?俺カップラ-メン食べるよ」

 カップ麺のふちを慎重に持って拓也は部屋に入り「今日は味噌だよ」と笑って話しかけると、いつもならニコリと笑って拓也の体に入り込む作蔵だったが、その日の作蔵はテレビの画面をうかない顔をして見つめて、ボソリと呟いた。

 「無益な事をするなぁ人間は」

 拓也が「何が?」と訊くと、作蔵は画面を指差して「ほれっ」と言った。

 ニュ-スでは住宅街に侵入した熊を、地元の猟友会が撃ち殺したという報道を、キャスタ-がほっとした顔で伝えていた。

 「無益な事をする」

 作蔵がまた言った。

 拓也は箸を割り、作蔵を見て「食べるよ(体に入らなくていいの?)」と促した。

 作蔵は応えずにため息を吐いて下を向いた。

 拓也は麺を啜り始めた。熱くて一気に口に入れられないため、何度もフ-フ-と息を吹きかける。作蔵はその様子を見ながら静かに言った。

 「拓也、よく聞け」

 拓也は麺を啜りながら「はぁ」と応じた。

 「人間はな、子供たちに知識を教える。だが、人間以外の生き物は、子供たちに知恵を教える。・・・この違いが分かるか」

 拓也は興味無さそうに「ん~」と答えた。作蔵はさらに続けた。

 「お前が今食べているもの、今日飲んだものを、かつてはすべての生き物が分け合ってきた。だが、今の人間どもは自分が食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んで、余った物だけをしたり顔して皆に与えている。その残り物を皆が分け合っている」

 チャ-シュ-を口に入れて面倒くさそうに頷く拓也。

 「お前の夢は何だ」

 「夢?」

 「お前の夢だ」

 「・・・有名になる事」

 「話にならんな。いいか、よく聞け・・・お前もいつかは伴侶を見付けて子供を作るだろう。その子供はお前たち両親や先生たちから、当たり前の様に教科書に書いてある事柄を教えられる」

 拓也は食べながら聞いた振りをしている。

 「つまらん役に立たない知識を教えられた子供たちは、またいつしか大人になって子供を作り、役に立たない知識を子供に教える」

 (はいはい)

 「だがな、子供たちはいつしか浅薄な知識の中でも夢を持つ。いいか、夢だぞ・・・その夢を子供たちは叶えたいと考える・・・そして子供はお前たち親に向かって、自分の夢を語る時が来る・・・お前ならどうする?」

 「・・・俺なら、夢を聞いてあげるよ」

 「夢を聞いてどうする?」

 「どうするって・・・頑張れって応援するさ」

 作蔵は呆れかえったようにため息を吐いた。

 「・・・子供が聞きたいのはそんな事ではないぞ・・・子供が聞きたいのは、自分が見つけた夢を実現する為に、何をしたらいいのかという道筋じゃ」

 「道筋?」

 「そう、道筋じゃ・・・子供たちは夢を持つ。その夢を叶えるには、何を学び、どんな準備をし、さらにどういった行動をしなければならないか、そういう具体的な道筋を知りたいんじゃ・・・知識ばかり学んでも、知ったかぶりしてその場をやり過ごすことが出来ても、本質を見極める事が出来なければ、知っているという事にはならん・・・知識しか知らん人間たちは、だから逃げ続ける・・・だから、自分たちが作った社会の中で迷子になっておる・・・多くの人間たちは、迷子の大人だ」

 拓也は聞き入っていた。作蔵は鼻息を荒くしてさらに続けた。

 「ただ・・・たった一人でも知恵を持った大人が、子供に知識ではなく知恵を教えれば、その子供は自ずと夢の先を探し始める・・・何を知ればいいのか、どんな行動をとればいいのか」

 「じゃあ動物たちは、子供の頃から自分の夢を実現する方法を知ってるって事?」

 「動物だけではないわ。全ての生き物がそんな事は赤子の頃から学んでおるわ」

 「・・・でもさ・・・動物とか、まぁ、色んな生き物が、例えば・・・例えばこんなカップ麺とかないし、テレビとか・・・街とか、電車とか、飛行機とか、インタ-ネットなんかも作れないでしょ」

 「そんな物は、形は違えども、共存した社会の中でとっくに実現しとるわ」

 「嘘だぁ~」

 「嘘ではない。生きる知恵の無い我々人間だけが、むしろ置いてけぼりなんじゃぞ・・・殺された熊も子供の子から生きる知恵を教えられた。共存していく知恵だ。だから人間の世界には足を踏み入れては来なかった。そこに無知な人間どもが押し入って、動物たちの境界を踏みにじって、今まで皆で分け合ってきた残り少ない物がさらに少なくなった。だから彼は仕方なく人間の世界の片隅に入っただけだ・・・あの世では、今の人間どもの考えなんぞは通用しない・・・熊を殺して、何が解決だ」

 作蔵はそう言い放って、姿を消した。


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