第25話 拓也の仕事
かごに数種類のチラシを入れた自転車を、拓也は勢いよく漕いでいた。
マンションの前で自転車を停め、チラシの束を脇に抱えて入り口横の集合ポストに向かう。そして一軒一軒のポストの中に数種類のチラシを無造作に押し込む。全て入れ終えると再び自転車にまたがり、隣のマンションに向かう。そしてそこでもポストにチラシを配る。また、隣のマンション、隣のアパ-ト、道路を挟んで一軒家が並ぶ、一軒一軒何処も端折る事なく、拓也はチラシを入れ続けた。
途中の商店街を抜けた裏のブロックには百世帯位が居住する、大きな都営住宅がある。そこにもチラシの束を大量に用意して拓也は自動ドアを開けた。入り口左には、まるで図書館の本棚のように郵便受けが並んでいる。そういった大量にさばける場所は拓也にとってもありがたい。チラシを一旦床に置いてから、何種類かをまとめて手に取り、ポストの中に押し込み続けた。その時、拓也の体から年老いた女性がすっと外に出て後ろから拓也に声を掛けた。
「ありがとうね」
拓也が振り向くと、女性はゆっくりとお辞儀をしてエレベ-タ-に向かって歩いて行った。拓也は手を止めてその姿を目で追っていると、女性はエレベ-タ-の中にふうっと消えて行った。
「どういたしまして」
拓也はエレベ-タ-に消えた女性にお辞儀で返し、チラシ投函を続けた。
(何にも話してくれなかったな、おばあちゃん)
昼近くになってかごの中のチラシは残り少なくなっていた。一旦事務所に戻りチラシを補充して一枚でも多く、いや百枚でも多く頑張るつもりだったが、コンビニが見えてきたため、休憩を取る事にした。
入り口から真っ直ぐトイレに向かった。その途中雑誌コ-ナ-で、先日取材を受けた雑誌が本日発売日だった事を思い出した。拓也は雑誌を見付けて手に取りぺらぺらと記事を探した。
[また毎日テレビでやらせ!]
(はぁっ?)拓也は眉間に皺を寄せ記事を読み始めた。
記事は十月十五日の毎日テレビにおいて、売れない若手芸人を幽霊が出ると噂されるトンネルに入らせ、あたかも本物の幽霊が映像に映ったかのような雰囲気を仕立て、視聴者を騙した、というような内容だ。さらに番組中、スタジオにはサクラを用意し、幽霊を目撃した演技をさせた。またメ-ルやツイッタ-の内容が同じだったことにも触れ、綿密に計画された偽番組と断罪している。拓也に対してのインタビュ-記事も載っていた。そこにはテレビインタビュ-、スポ-ツ紙に語った言葉と本誌記者に話した内容が異なっている点も指摘し、近頃落ち込んでいる毎日テレビの視聴率を、テレビとしては禁じ手の、やらせ、ねつ造で番組発の巧妙な話題作りで回復しようとした、しかし手の内が見え見えの三文芝居に終わった、と結論付けていた。
拓也は記事を読み進めて行くうちに、やる瀬ない怒りが湧いてきた。そして雑誌を棚に戻し、トイレに直行した。
怒りの震えが用を足す液体の動きに表れていたが、次第に自分だけが知る真実に気持ちが緩やかに戻っていった。(何も知らないじゃないか・・・何も分かってないじゃないか・・・むしろ、嘘書いたのはお前らじゃないか・・・)
拓也はトイレを出た後、お茶と弁当を買って、イ-トインコ-ナ-で食事を済ませた。
(初孫にでも会いに来たのかな?それとも、何か心配事が出来たのかな?)
マンションで自分から出て行ったおばあさんの姿を思い出し、彼女が何故この世に来たのかを勝手に想像した。
午後に補充したチラシの大半をさばき終えた頃、公園の向こうに西南中学の校舎が見えて来た。
(そうだ。健一君の所に行かなきゃ)
記憶を頼りに拓也は住宅街を進んでいくと、表札に清水と書かれた二階家を見付けた。
(ここだ。角のここだ。あの窓から弟が手を振った)
拓也は自転車を降りて郵便受けにチラシを投函してから、窓の方に近づいた。
ポンポンと肩を叩かれ振り向くと、少年が立っていた。
「健一君」
「来てくれてありがとう」
拓也は自転車に戻り、次の区画に向かいながら自分の体と同化した健一に声を掛けた。
「どうだった、久しぶりの家は。母さんとか父さんとか元気だった?」
(そうでもなかったなぁ、何となく家の中は暗かった)
「そうか・・・まだ君が亡くなってから間もないもんな」
(そうだけどさ)
「話とか出来たの?」
(出来る訳ないじゃん。僕の事見えないから)
「そっか、そうだよね・・・弟はどうだった?あっ、あの子野球部だったよね。バスの事故で十人くらい怪我したって」
(雅也は大丈夫だったよ。熱出して試合に行けなかったんだ)
「えっ・・・君がそうしたの?」
(違うよ、僕じゃない。あの時、声がしてさ、雅也の中に入れって)
「声?また違った霊が出て来たの?」
(分からない。声だけ。声だけが聞こえて、雅也の体に入った途端に雅也が熱出して倒れた。僕のせいだと思って抜けようと思ったけど、出来なくて、雅也は寝込んで、試合は休んだんだ)
「えぇ、何だそれっ」
(不思議でしょ。誰かが雅也を助けてくれたんだと思うけど、誰かは分からないんだ)
「えぇぇぇ、凄いな、それ」
(それで事故なんて知らなかったけど、学校から連絡があって、みんな大騒ぎして、その時知らないうちに雅也から脱け出ていて・・・)
「ふ~ん。そうなんだぁ」
拓也が健一と話しながらチラシを投函していると、玄関先で世間話をしていた二人のおばさんが怪訝な様子で拓也を見た。拓也は気まずくなって投函を止め、その区画から急いで走り去った。
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