第24話 見つからない物

 今週分の引継ぎを終えて裕也が実家に到着した頃には、遥と悦子がそれぞれ部屋の片づけと、探し出した物の整理を始めていた。裕也がリビングに入ると悦子はキッチンにコ-ヒ-の用意に向かった。

 裕也は寝室にある母の仏壇に手を合わせ、振り返って悦子に尋ねた。

 「兄貴は?」

 コ-ヒ-をカップに注ぎながら悦子が応えた。

 「昨日の晩、警察から連絡があってね、今警察に説明聞きに行ってるの」

 裕也はテ-ブル席に座わって、キッチンから話しかける悦子の話を聞いた。

 「連絡があった?・・・で、どうだって?」

 「電話では、事件性は認められないって言われたとか」

 「そう。よかった・・・じゃ、葬儀の準備も出来る訳だ」

 遥が隣の寝室から声を張り上げて言った。

 「兄さんに葬儀社調べて貰ってって言ってたよ」

 「俺が?・・・ああ、分かった。後で調べておく」

 「火葬場とか一杯になる前に、早く連絡した方がいいんじゃない?」遥が続けた。

 「わかった」

 悦子がコ-ヒ-を裕也の前に置いた。そのテ-ブルには、お菓子の空き缶に請求書やレシ-ト、何かのメモや書類などが数十枚重ねられていた。

 「こんなに見つかったんだ。通帳とか金庫のカギとかは?」

 「金庫のカギは書斎の机の引き出しにありました」

 「よかった」

 「でも、ダイヤルの数字が分からないんです」

 「あぁ、右に何回、左に何回ってあれか」

 遥がリビングに戻って、また何枚かの書類やメモを缶の中に積み上げ、言った。

 「銀行の暗証番号とかパソコンのパスワ-ドとかもまだ。スマホのも」

 悦子の携帯が鳴った。「お父さんからだ」そう言って悦子は電話に出た。

 裕也と遥はその会話に耳を立てる。

 「はい・・・はい・・・はい・・・分かりました・・・はい・・・」

 二分ほどの短い通話が終わると、裕也が訊いた。

 「何でした?」

 「やっぱり事件性は無いって事でした。・・・それとくも膜下出血だろうって・・・」

 「くも膜下出血!」

 「じゃぁ、結構痛かったんじゃないかな」

 「痛いの?くも膜下って」

 「痛いって聞くよ。あれ」

 「警察の後、病院に向かって死亡診断書も貰って来るって言ってました」

 「そうか、火葬に必要だもんな。・・・そうだ、葬儀社調べなきゃ」と言って裕 也はスマホで検索を始めた。

 遥と悦子は互いを見て、まだ半分も終わっていない片付けや、これからの様々な整理や準備を考え、顔をしかめ合った。


 雄一が戻って来た時には、空き缶の紙類はさらに増えていた。

 悦子がテ-ブルにそれらを分別して整理している。

 雄一はそのテ-ブルにクリアファイルを置いた。

 「死体検案書だって。何枚かコピ-したから、必要な分は持って行って構わないよ」

 「死亡診断書じゃないの?」

 「同じだって」

 「へぇ~」遥がファイルから紙を取り出し興味深そうに眺めた。

 「そうそう、兄貴。さっき葬儀社調べて何社かピックアップしておいた」裕也は数社のリストを書いたメモを雄一に渡す。

 「それと、だいたい二百万位かかるみたいだね」と続けた。

 「二百かぁ~」

 「私ないよ。そんなお金」

 「家だってないよ」

 「家もさ」

 「だってマンションの頭金、少しはあるでしょ」

 「駄目だよ。今週中に払わなければならないし、それに足りないから親父に相談したんだし」

 「取り敢えず、あるだけ皆で出し合うか?」

 「七十万ずつ?」

 「う~ん。そうなるかぁ」

 「それより、銀行に行って事情説明すれば下ろせるでしょ」

 「でも通帳と印鑑は」

 「そっか。先ずはそれ探さなきゃ」

 「絶対金庫だと思う。お父さんの性格からして」

 「・・・回す数字はパソコンの中にあるんじゃないですかね?」悦子が言った。

 「パソコンかぁ、何回かパス間違えるとロックがかかるんだよな」

 「じゃあ、結局お金用意しなきゃならないって事?」

 「そうだな」雄一はそう言ってキッチンに向かった。そして換気扇のスイッチを入れ、煙草に火を付けた。

 裕也も立ち上がり、雄一の隣で電子煙草を吸いながら、「どうする、葬儀?」と訊いた。

 「ん?」

 「葬儀の規模。・・・親父の交友関係知らないしさ」

 「そっか・・・取り敢えず、おばさんとおじさんには連絡するとして・・・」

 「こじんまりとさ、家族葬でいいんじゃねぇの?」

 「・・・そうだよなぁ~」雄一は深く吸った煙を換気扇に向かって吐いた。

 「兄貴もそうだし、俺も遥んとこも、あんまり金ないしさ」

 「・・・そうだよなぁ~・・・」

 「葬式は金集まらないって聞くよ」

 「・・・そうだよな・・・」

 そこへ遥が近づいてきた。

 「何こそこそ話してんのさ」

 「葬儀をどのくらいの規模でやるかって話だよ」

 「家族だけでいいんじゃないの?・・・私喪服なんて持ってないもん」

 「持ってないって、今までどうしてたのさ?」

 「黒いブラウスと地味なスカ-トで誤魔化してたの。しかもブラウス半袖」

 「お前さぁ~・・・そういう所、遥らしいわ」

 雄一は煙草を携帯灰皿にもみ消し、ため息を吐きながらつぶやいた。

 「・・・取り敢えず、葬儀の会社に連絡取ってみるわ」

 「そうだね、いくら必要かが先決だね」

 「そっかぁ~、喪服かぁ~」

 裕也は台所から去り際に「死ぬなら死ぬって言ってくれたら良かったんだけどなぁ」と言った。

 「馬鹿じゃない」と言って遥は背中を叩いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る