第20話 サトちゃんの事

 コンコンとノックする音がした。

 (お客さんだ)拓也はすっかり霊の訪れに慣れて、むしろ実家から送られて来る宅配便の荷物さえ真っ先に霊の出現と考えるようになっていた。

 三十代後半の女性が立っていた。見るからに慎ましい服装をしたその女性に拓也は見覚えがあった。

 (何処で会ったんだっけ?)拓也が思いを巡らせていると、女性は「初めまして、学の母です」と答えた。

 (マナブ・・・)

 女性は深く頭を下げた。

 「もしかして、サトちゃんのお母さん?」拓也がそう言うと、女性は「はい」と答えた。

 何度も何度もサトちゃんの自宅を訪れ、仏壇の遺影で見かけた女性だと、拓也は思い出した。

 「さぁ、どうぞ」と拓也は向かい入れた。

 こたつの横に正座したサトちゃんの母親は、拓也に向かって再び頭を下げて話を始めた。

 「拓也さんにお願いあって来させてもらいました」

 拓也は「お母さんちょっと待って、今、お茶入れますから」と声を掛けると「いえ、飲めませんので構わないで」と言った。

 (そうか、そうだった)拓也は急いで女性の前に座り込んだ。

 「あの、実は、お願いと言うのは、学の事なんですが・・・」

 母親は神妙な面持ちで話を始めた。

 「何でしょうか」

 「実は、拓也君に、学の仕事を辞めろと言って欲しいんです」

 「仕事を辞めろっ・・・て、ですか?」

 「はい。お恥ずかしい話ですが、私が死んでから学は父親一人に育てられて、碌な教育も父親から学ぶ事なく、大人になりました」

 「そんな・・・」

 「それで、拓也君とコンビを組ませて頂いて、もう、本当に幸せな日々を送ってたんですけどねぇ・・・なかなか上手く行かずに・・・」

 「すいません・・・でも、お母さんが亡くなったのは、サトちゃんが中学の・・・」

 「ずっと見守ってたんですよ、ずっと・・・学の傍に付いてずっと」

 「そうなんですか・・・」

 「ねぇ、拓也君と二人で上手くやっていけたらね・・・」

 「はい。僕も残念です」

 「そして、家に戻って来たのはいいんですけど、変な友達に誘われて」

 「変な友達?」

 「ええ。変な友達に誘われて、今は人様を騙すような事を始めたんです」

 「騙すって、えぇ、佐藤君がですか?」

 拓也は話の意味がうまく掴めずに、母親に聞き直した。

 「私が生きていた頃には考えられなかった、人様を騙してお金を盗み取る様な・・・そんな子じゃなかった・・・」

 拓也は下を向いて考えた。

 「・・・騙すってサトちゃんが・・・」

 「本当にお恥ずかしい事。でも拓也君にしか頼めないの」

 「お願いします」

 母親は拓也に深く頭を下げた。

 「お母さん、そんな頭を上げて下さい。何かの間違いだと思いますよ。だってサトちゃんそんな人じゃないから」

 母親は顔を上げて応えた。

 「間違いじゃないんです。私ずっと傍で見てましたから」

 拓也は母親の哀しい顔を見た瞬間、この人の為にそしてサトちゃんの為に自分が何かをしなければならないと思った。

 「何をしてたんですか、サトちゃんは」

 母親は首を傾げながら応えた。

 「詳しい内容はよく分かりませんが、人様の子供を装って電話をして・・・」

 「それって、オレオレ詐欺ですか?」

 「どうか分かりません。でも、自分ではない声色を使って、どこかに人を呼び寄せて・・・」

 「オレオレ詐欺です。それ。仲間がいるつて仰いましたよね」

 「はい。仲間に誘われて」

 拓也は腕を組んで考えた。

 「・・・サトちゃんは、その人からお金を受け取ってないですかね・・・」

 「私が知る限り、お金は受け取っていないです。電話してただけです」

 「・・・何人位?・・・」

 「何人もです。十何人か」

 (頼むよ、サトちゃん。いい仕事が入ったつてのはこういう事か)と拓也は思った。視線は宙に浮いていた。

 「ですから、学のそういう間違った仕事に対して、拓也さんから辞めるようにと・・・」

 拓也は眉間に皺を寄せて考え込んだが、一瞬だけ母親に目を向け、急いで携帯を掴んでサトちゃんに電話を掛けた。

 母親は拓也を心配そうに伺っている。

 数回のコ-ル音の後、サトちゃんは電話に出た。

 (おぉ~、久し振りだなぁ~)

 電話口のサトちゃんは元気な声で応えた。

 「今、大丈夫?」

 (ああ、大丈夫だ)

 拓也はこの後何をどう話していいのか想定していなかった為、言葉が出なかった。

 (どうした、たっちゃん?)

 「い、いや、何でもないけど、元気してるかなって思って」

 (元気も何も、絶好調よ)

 「あのさ、今さ、どんな仕事してんの?」

 (どんなって、まぁ、色々と・・・)サトちゃんの言葉に勢いがなくなった。

 「あのさ、今度さ、どっかで会わねぇ」

 (何でまた急に)

 「だって久し振りに話したくなってさ」

 (ん、いいけど・・・そう言やぁ、たっちゃん、この間テレビ出てたよな。俺見たよ)

 「本当、ありがとう」

 (しっかり、やってんじゃん)

 「ありがとう」

 (稼ぎは増えた?)

 「いやぁ、相変わらずさ」

 (そっか)

 「サトちゃんは?」

 (俺は、ぼちぼち)

 「そっか」

 (で、いつ来るの?)

 「えっ、俺が行く?・・・だよね。そうだなぁ、夜ならいつでもいいけど」

 (そっか。じゃあさ、明日でもいいよ)

 「明日!」

 拓也はカレンダ-を見た。

 「火曜日なら、バイトの後行けるよ」

 (分かった。いいよ。じゃあ22日の夜、何時位?)

 「六時くらいなら行けると思う」

 (分かった。六時な。じゃあ駅前で待ってるわ)

 「分かった。楽しみだね」

 拓也は電話を切った。母親は心配そうな顔で拓也を伺っていた。

 「大丈夫ですよ、お母さん。何とか話してみますから」

 母親は拓也に向けて手を合わせて拝んだ。

 どうなるか分からなかったが、拓也は何とかなるだろうと思った。


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