第17話 キャラクタ-ショ-
チャイルドシ-トで風を受けながら沙紀は歌を歌ってはしゃいでいた。
家からワンオンまでは自転車で三十分程の距離がある。一人で行く時は車量の多い国道や都道が近かったが、沙紀を後ろに乗せているため、その日は裏の緑道を選んだ。
鯉が泳ぐ小川の両端にはサクラやカエデ、銀杏に楢ノ木など、まるで雑木林のように、何十種類もの樹木が色とりどりの葉や花をまとっている。少し進むと金木犀の甘い香りが漂ってきた。沙紀はクンクンと鼻を動かして、爽やかな風と一緒にその香りを楽しんだ。
濃淡とりどりの生命観が楽しめるこの道は、竜次も沙紀も活力が漲るような感じをいつも受けた。小川には時々カモの親子が一列になって泳ぐ姿が見られる。沙紀も竜次もカモたち一家を探しながら移り行く風景を進んで行ったが、その日は一家の姿は見られなかった。代わりにサイレンの音が遠くから聞こえて来た。
緑道を抜けて一般道に出ると、目の前の大通りには多量の車が渋滞していた。何かの事故か?そう思って自転車専用道に移り、動き出す様子のない数十台の車の先を見ると、何台かの救急車とパトカ-の赤い警光灯が見えた。
信号の近くまで進むと、交差点の中央に中型のマイクロバスと大型トラックが衝突している現場が見えた。マイクロバスのフロントガラスは大破し、運転席側にトラックが右折で突っ込んだ様子が分かった。道路には割れたガラスや方向指示器、それに何かの部品が散乱している。複数の警察官が慌ただしく周囲の車を誘導していた。
「怖いよ~」沙紀が叫んだ。
「凄いの見ちゃったね」竜次が沙紀に向かって言った。
よく見るとバスの中にはまだ人がいた。野球のユニフォ-ムを着た生徒たち、後部座席の何人かは座席に座って不安な表情をしている。救急隊はバスの乗降口から生徒たちを担いで運んでいる。一人ずつ救急車に搬送されていく選手たち。ユニフォ-ムの胸にはSEINANと書かれているのが分かった。
竜次は一刻も早くこの場を立ち去るため、立ち足で自転車を漕いでワンオンへと向かった。
遠くの方から大気を引き裂くヘリコプタ-の不快な音が聞こえ始めた。
イベントフロアは百人以上の子供連れ家族で溢れていた。子供たちは期待感一杯の表情で目をキラキラと輝かせている。
小さな仮設ステ-ジの脇では司会らしき女性がスタッフとマイクチェックをしていた。
開始時間が11:00と書かれているホワイトボ-ドの横を通って竜次と沙紀はステ-ジ前に到着した。
(間に合った)腕時計を見ると十時五十五分。
三十席程並べられた簡易チェア-には子供たちとその親たちで全て陣取られている。
竜次は沙紀の手を取り、立ち並んだ人ごみの前を、腰を屈めながら前に進んだ。そして比較的人だかりが少ないスピ-カ-の横で時間を待った。
沙紀は会場の子供たちを何度も首を動かしながら誰かを探している様だった。気付いた竜次は「どうしたの」と声を掛けた。
「ユミちゃんがいないの」眉を曲げた不安な顔で沙紀は竜次を見た。
竜次もユミちゃん母娘を探したが、椅子に座っている親子、周囲でラビちゃんたちを待っている人々の中には、ユミちゃん母娘の姿は見付けられなかった。
その時、沙紀の後ろからうさぎのキャラクタ-のラビちゃんが登場した。
すぐ近くを通り過ぎるラビちゃんに沙紀は驚いて、歓喜の笑顔で竜次の顔を見た。ユミちゃんの事も先ほどの事故も忘れてくれたようだ。
女性がラビちゃんたち四人を紹介したところで、音楽が鳴り始めた。子供向け番組の主題歌だ。
ステ-ジではラビちゃんやネズミのチュ-助ちゃんたちが、揃って踊り始めた。子供たちは音楽に合わせて歌を歌い始めた。沙紀も首を振りながら、体を揺らしながら歌っている。スピ-カ-の横は流石に音が大きい。竜次は顔を顰めて沙紀を見たが、沙紀は音の大きさなど気にしていない様子だった。
イベントはその後、キャラクタ-たちの小芝居やじゃんけん大会、そして挿入歌の合唱と続いて行き、その折々で子供たちの歓声が上がって行った。
三十分くらいのショ-が終わると、一番前に座っていた幼い子供が、ステ-ジを降りたチュ-助ちゃんに駆け寄った。それをきっかけに何十人もの子供たちがキャラクタ-を取り囲み、握手や抱擁を求めた。
沙紀は竜次の顔を見上げ、自分も中に入りたい意思を目で伝える。竜次はにっこりと笑ってコクリと頷いた。途端に沙紀はラビちゃんを取り巻く輪の中に入り込んだ。
何人かがラビちゃんとのハグを終えた後、沙紀の目の前にラビちゃんの右手が差し出された。沙紀は、はにかみながらもラビちゃんの右手を握り、そのままラビちゃんにしがみついた。
ステ-ジを終えたラビちゃんたち動物四人が控室に入って来た。控室と言っても雑然と商品の段ボ-ルが積まれた倉庫に、長テ-プル四つと折り畳み式の椅子が並べられた、急ごしらえの一角だ。四人に続いて司会の女性も入って来た。女性は「お疲れ様でしたぁ」と言って各キャラクタ-に頭を下げた。
大きなウサギの頭を取って着ぐるみの上半身から脱け出た拓也は、はぁはぁと大きく息をしながら顔をゆがめた。頭にはタオルを巻いている。そしてテ-ブルに置かれていたペットボトルのお茶を、一気に半分程飲んだ。チュ-助のぬいぐるみの男性が拓也に近づき声を掛けた。
「結構きついすね」
「きついだろ。気を付けないと首やられるからね」
「想像以上に重たいですね」
「初めてなの?」
「今までは戦隊ものだったからヘルメット程度でした」
「戦隊ものいいよなぁ、軽くて」
「でもアクションがきついっすよ」
「そうだよな。でもまだそっちの方がいいや。俺なんて動物ばっかりだからね」
二人は簡易チェア-に腰掛け、タオルで汗を拭いながら互いの労をねぎらった。
スタッフの女性が入って来て、申し訳なさそうに「すいません。お弁当の到着が遅れてまして、もう少しお待ちください」と頭を下げながら言った。
拓也はその女性に「次って何時でしたっけ?」と質問すると女性は「一時半からです」と答えた。時計を見ると、あと少しで十二時になろうとしていた。
「飯抜きは勘弁して欲しいよな」拓也がチュ-助に言うと、「ス-パ-なんだから、最悪食べ物色々あるっしょ」と言った。(そりゃそうだ)拓也は少しほっとした。
テ-ブルを挟んで拓也の目の前に座っていた、ライオンの衣装を着た若い男性が拓也に言った。
「山口さんて、この間テレビに出てましたよね?」
ねずみの男が「えっ、テレビ?何の?」と驚いて聞いた。ライオンは続けた。
「超常現象の番組。霊の出るトンネルに入って行く番組」
「あぁ~、あれ。山口さんだったんですか?」
ライオンの隣にいた狸の男も参戦した。
「見たんですか?女の人とか老人とか言ってましたけど」
拓也は手と首を交互に振って「見てないですよ」と答えた。
ライオンが怪訝な面持ちで聞いてきた。
「あれって結局ヤラセでしょ?」
拓也は首を傾げながら「ヤラセかどうか、実際僕は見てないし、どうなんですかねぇ。色々取材はされましたけど・・・」と答えた。
「翌日のスポ-ツ紙に載ってましたね。生放送で幽霊が出た!って。でも写真は明らかに合成でしたよね」
「ワイドショ-でもやってた」
「山口さん、一躍時の人ですね」
「そんな事ないっすよ」そう言いながら拓也は嬉しかった。
先ほどの女性が再び控室に入って来て「皆さんお待たせしました。お弁当が届きました」と皆に報告した。
拓也たち四人は運ばれてきた段ボ-ルの中の弁当を取りに行った。
「なんだこれ、のり弁じゃんか」
「あんだけ働かせてのり弁とお茶。結構シケてんな」
そう言いながらもラビちゃん、チュ-助、ライオン、狸の四匹はテ-ブルに戻り、のり弁をかき込んだ。
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