第14話 沙紀とユミちゃんと佳苗

 年長組の園児たちが子供の手のひらより大きい色のついたブロックで、思い思いの立体物を作ってる。一見何を作っているのか想像できないものもあるが、園児たちの頭の中では、家だったり、花だったり、動物や、車など、それなりに意図した格好になっている。何人かで共同作業をする子供たちもいれば、一人で黙々と芸術家の様に構造物を築き上げる子もいる。

 佳苗と男性の保育士がそれぞれの作品と園児たちを見守りながら、賞賛の声を掛け続けていた。

 佳苗はふと隅の方で何かを作っている沙紀を見た。色とりどりのブロックを繋いでは取り外し、難航している様子だった。ユミちゃんが近付いて声を掛けた。

 「沙紀ちゃんのは何?」沙紀はユミに向かって「車だよ」と言った。そしてユミの肩越しに目を向け、誰かに同意を求めるように「ねっ」と言った。佳苗は沙紀の不自然な動きが気になり、傍に近づいて「車を作ってるの、沙紀ちゃん」と声を掛けた。

 沙紀は「そうだよ。おじいちゃんと一緒に作ってるの」と言った。

 (まただ)佳苗は思った。

 ユミはブロックを手に取り「ここにも、これ付けたらいいんじゃない?」と言って赤いブロックを上に取り付けた。

 「そうだね」沙紀も嬉しそうに受け入れた。

 沙紀がおじいちゃんと口にするのは初めてではない。佳苗自身が思い付くのはこれで四度目だった。ある時は昼食の時間。ある時はお遊戯の時間。ある時はお昼寝の時間。そして今。

 昼寝の時間の時は、夢で見た事が目覚めた沙紀の脳裏に残っていると思って気にはしなかった。昼食の時も、お遊戯の時も、子供ならではの空想が言葉になって出たものだと考えていた。だが、今はそこに人がいて、その人を振り向いたような感じが、現実的な動きに思えてならなかった。

 佳苗は沙紀に「おじいちゃんがいるの?」と訊いてみた。沙紀は、うん、と頷いたが、「でも、もういない」と言った。佳苗は少し心配になったが、ユミと仲良くブロック遊びを続ける沙紀を見て、それ以上は深く考えない事にした。多分一人遊びの仲間として想像の中におじいちゃんを作っているんだろう。そう思った。



 深夜にも関わらず交差点には橋方向から下って来る車が後を絶たずに流れている。

 多摩木川を渡る橋の途中では、自転車道を整備するために午後十一時から交通規制が行われていた。

 下り二車線の一車線を通行止めにしても、その時間は交通渋滞など起こらない筈だった。電光掲示板の赤い人型がお辞儀をしたり旗を振って注意を喚起している様子を、ドライバ-たちは橋の中央付近から確認して、徐々にスピ-ドを落としながら橋を下って行った。

 一台の車両がハザ-ドランプを点滅させながら、緩やかな橋の傾斜を徐行しながら近づいて行った。工事車両が中腹辺りに停車すると、警備員たちは連なるカラ-コ-ンを退けて、車両を路肩からはみ出した現場内に誘導する。その間交通整理の担当が手に持った赤い警告灯を車の前に提示して、下り車線の通行を止めた。

 一台のワゴン車が止まった。暫くしてコンビニのロゴが入ったトラックが止まった。また少しすると赤い軽自動車が止まった。工事車両はバック警告音を鳴らし、ゆっくりと現場に収まって行く。その時、かなりのスピ-ドを出したダンプカ-が、前に止まっていた軽自動車めがけて突っ込んで来た。

 衝突する轟音が深夜の街に轟いた。

 軽自動車は半分に縮み、前のトラックもその衝撃でワゴン車の後部ドアを凹ませた。警告灯を持った警備員は、ダンプカ-の激走を察知したため難を逃れたが、慌てて逃げた時に強く腰を打ち立ち上がれない。

 ビ-という軽自動車のクラクションが、パトカ-が到着するまでの十分間、深夜の街に響き続けた。

 半分になった鉄の塊の前後のドアから、赤黒い血がしたたり落ちていた。


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