第三章
第11話 取り決め
トイレに起きた拓也は、寝ぼけた目で用を足してベッドに戻ろうとすると、暗がりの六畳間のあちこちに十数体の霊がいるのが見えた。
「うわっ」と大きな声を出した拓也を皆が一斉に見た。
眠気は一気に覚めた。
(うわ~堪んないな、これ~)そう思いながら拓也は霊たちの間を恐る恐る通って、ベッドに素早くもぐりこんだ。そして掛け布団を頭から被った。
「ごめんなさいね。驚かしちゃった?」
誰かが言った。他の霊たちもこぞって「ごめんなさいね~」と拓也に声を掛けた。
「すいません。怖いです。やっぱ、怖いです」拓也が布団の中からそう言うと、作蔵が「何を怖がっておる。起き上がってしっかり見なさい」と叱咤した。
拓也は蹲ったまま「勘弁してくださいよ~」と震えた声で言ったが、「大丈夫だ。すぐ慣れるから」「そう、大丈夫。怖い事ないわよ」「平気ですよ。私たちあなたには何もしないから」などと霊たちは口々に拓也に声を掛けた。
「拓也。出て来て座れ」作蔵が再び強い口調で言った。
拓也は亀の様に掛け布団から頭だけを出して、目の前の作蔵を見上げた。
「いいから、座れ」
「・・・やだ」
大きく息を吐いて作蔵は周りの霊を眺めまわして言葉を続けた。
「お前は約束したろうに。いいか、皆も言うように、お前には何の怖い事も起きん。それは約束する。皆もそうだな」
「はい」と周りで一斉に返事をする。
「この者たちは、一人では自由に動けんのだ。誰かに付いて行かないと、何処にも行けんのだ」
拓也は少しだけ首を前に出して、周りの霊たちを眺めた。
「だから、お前に付いて行かないと各々の目的地に行く事は出来ない」
「でも、おじいちゃんは?」
「わしは一人でも大丈夫だ。自由に動けるのは僅かしかいない」
「おじいちゃんが連れて行ってあげればいいじゃん」
「わしも出来るだけの事はするが、電線のような電気が走る場所は苦手でな。だからお前に頼んでおる」
「・・・そんな事言ったって、俺怖いよ」
「怖くなんかないと言ったろう」
「・・・怖いに決まってるじゃん・・・だってみんな幽霊でしょ」
作蔵はまた周りを見渡した。
周りの霊たちは不安な顔をして作蔵を見た。
「・・・見えるのが怖いのか?」
「見えるのが怖い」
作蔵は腕組みをして少し考えてから拓也に提案した。
「じゃあ、こうしよう。皆、姿を隠せられるものは姿を隠していよう。拓也の体に入れる者は体に入っておれ」
「体に入るの?」
「体に入っても何も起きんよ」
「えぇ~、この家では?」
「家の中でも同じだ」
「・・・う~ん、姿は見えない?」
「あの~、私は消えたり、体に入ったりは出来ないんですけど」
拓也の布団の隅に座っていたおばあさんが言った。
「・・・そしたら、お主は、この者から見えない所で待っていてくださらんか」作蔵がおばあさんに言った」
「はい。わかりました」
拓也は掛け布団をはぎ、布団の上に座って周りの霊たちを見渡した。
「・・・お前の前に現れる時は、何か合図をするのはどうだ」
「合図?」
「うん。合図だ」
拓也は暫く考えて言った。
「・・・じゃあ、ドアをノックするとか・・・秒読みするとか・・・小さな声で、出ますよ~とか・・・とにかく心の準備をする時間が欲しい・・・それと、夜は絶対出て来ないで。絶対怖いから」
作蔵は皆の顔を伺った。皆も頷いている。
「分かった。そうしよう。いいか、みんな、次からは何かの合図を送って出てくるように、いいな皆」
一同は大きく頷いた。
拓也は不安な顔でゆっくりと周りを見渡した。
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