第7話 雑誌の取材

 群衆が往来する朝の通勤時間帯、インタビュ-を受けている山口の映像が街頭のモニタ-に流れている。その映像を立ち止まって眺める人々、歩きながら目を向ける人々、気にも留めない人々たちが行き交う喧騒な駅前。

 停留所では、スポ-ツ新聞の写真と頭上のモニタ-を交互に見ながらバスを待つ人もいる。

 新聞にはトンネル内に入って行く男の写真の横に[生放送中に幽霊出現か!?]と、色付きのタイトルが書かれている。急ぎ足で通り過ぎる人の中には、歩みを緩めて他人が広げた新聞に目をやる人たちもいた。

 電車の中ではサラリ-マンや学生たちが、押し合いながら窮屈な足場を確保して、スマホの小さな画面の中に昨晩の幽霊騒ぎの情報を漁っていた。


 携帯が鳴っている。

 留め具が外れたカ-テンの隙間から煌々と差し込む光から逃れるように、亀の甲羅となった掛け布団から手を伸ばし、山口拓也は携帯を手に取り布団の中で返事をした。

 「はい」

 「今どこにいる?」マネ-ジャ-からだった。拓也と同様、売れない若手芸人数人の仕事を一人で管理している為、普段は電話での会話しかない。

 「寝てんのか?・・・お前すぐ顔洗って池袋まで来い」

 「・・・池袋?」

 「雑誌の取材が入ってるんだよ」

 「えっ・・・」

 「いいか、九時に西口だぞ」

 「九時って、今何時ですか?」

 「もう七時半だぞ・・・いいか、すぐ顔洗って来いよ」

 「・・・いやぁ、今日僕バイトなんで・・・」

 「お前はバカか!メディアとバイトとどっちが大事なんだ!・・・いいか遅れるな」

 そう言ってマネ-ジャ-は電話を切った。

 (なんだよ、偉そうに・・・)

 不承不承に拓也は布団から出て、大きな欠伸をした。手に持った携帯の画面を見ると7:35が7:36に変った。

 昨夜は現場から帰った後、局の調整室でワイドショ-のインタビュ-を受けた。若い女は見たのか?老人は見たのか?トンネル内の雰囲気はどうだったか?声は聞いたか?不思議な音はしなかったか?体調はどうか?などと薄っぺらな質問に答え、四十分程でインタビュ-を終えると二社のスポ-ツ紙の記者が局の前で待っていた。立ったまま二十分程度の取材に応えて、終電間際の電車で帰宅すると、今度は拓也のアパ-ト、今井レジデンスの前で再びスポ-ツ紙の記者に取材を受けた。

 半日ほどで自分が有名人になったような興奮に明け方近くまで寝付けずにいた拓也は、ぼんやりとした頭で着替えを済ましてアパ-トを後にした。


 身動きが取れない車内で、手摺に掴まる事も出来ずに揉まれていた。電車の轟音が響くすし詰めの車内は、驚くほどうるさく、驚くほど静かだった。

 目の前の若者がスマホで幽霊騒動のツイッタ-を流し読みしている。拓也は肩越しに内容を読もうとするが、若者の手さばきが早すぎて中身までは読み取れない。後ろにいる人が抱えるバッグが拓也の肩甲骨の下に圧着している。電車の揺れと共にツボ押しの刺激になって心地よかった。

 次第に眠気を感じ始めた。密着した周囲に体を任せたまま目を瞑って少し経った時、後ろの方から野太い声が聞こえた。

 (あの・・・)

 拓也は振り返ろうとしたが、減速し始めた電車によって、揺さぶられた鍋の具材の様に人々のバランスが崩れて首すら動かせない。また声が聞こえた。

 (お願いします)

 (お願い?)

 途中駅に到着してドアが開くと、圧縮から解放されたい乗客たちは出口に殺到した。拓也も押し流されるように外に出された。その時、腕を掴まれた。

 瞬時に目を向けたが誰も自分の腕を掴んでいる者はいない。目の前には多くの人々が流れて出ている。最後の乗客が外に出ると、並んでいた人たちが中へと入り込む。拓也はそれに交じって密度が極端に少なくなった車内へ入って行った。周囲を見渡したが誰も自分を見ている人はいなかった。


 現場や立ち合いには出て来ないマネ-ジャ-が、薄ら笑いを見せながら売店の横に立っていた。スポ-ツ紙を手に握っていた。拓也が近付くとマネ-ジャ-は顎をしゃくって行くぞと合図した。

 出版社までの道を歩きながらマネ-ジャ-は、昨日の出来事を確認するように質問を投げて来た。拓也は何も見ていない、何も感じなかった、こんな騒ぎになるなんて思わなかった、などとありのままに話した。

 重厚な玄関を入って受付を済ました後、迎え出て来た若い女性に、十人ほどが座れる三階の会議室に通された。

 マネ-ジャ-と二人きりになった拓也は、やることもなく印象に残らない白い会議室の壁の継ぎ目や、締め切られたブラインドの数を数えたりして時を過ごしていた。するとマネ-ジャ-が拓也に体を寄せ、声を潜めて言った。

 「いいか山口、チャンスだからな。誇張していいから、何か見たって言え」

 「そんな、言えないっすよ」

 「いいから言え。若い女性と老人が付いて来たって」

 「・・・無理ですよ・・・って言うか、本当にテレビに映ったんですか?」

 「映ってたらしいぞ。ほら」と言ってマネ-ジャ-はスポ-ツ紙を拓也の前に置いた。拓也は新聞を広げて記事を読み始めた。そこに二人記者が入って来た。中年の男性と先ほどの若い女性。二人はマネ-ジャ-と拓也に名刺を差し出し、男性は腰掛けるように手で促した。

 「かなり反響が大きいですね。まず山口さん、実際にはどうでしたか?見えたんですか?」

 拓也は穏やかな表情をしつつも、鋭い視線を向ける男性記者から目を反らして言葉を探した。

 「・・・僕は・・・特に何も・・・」

 机の下でマネ-ジャ-が足を蹴った。拓也は背筋を伸ばして続けた。

 「・・・あの・・・若い女性と言うか・・・」一瞬、車内で聞こえた声を思い出した。

 「野太い声を聞きました」

 メモを取ろうとしていた女性が拓也の顔を見上げて言った。

 「野太い声ですか?・・・老人の声?」

 「・・・老人かどうかはちょっと・・・」

 「なんて言ったんですか?」

 「・・・いや・・・何て言ったかどうかは・・・ちょっと覚えてないですけど・・・」

 またマネ-ジャ-が足を蹴った。

 男性記者は前に置かれた新聞を取り上げ「ここにはそんな事書いてなかったですが・・・本当に聞こえたの?」と言った。拓也は体中に汗が滲んでくるのが分かった。

 その後も記者たちは執拗に、拓也が聞いた声と女性の正体、トンネル内の雰囲気、過去の霊体験などを聞き続けた。拓也はしどろもどろに答え続けた。何度も足を蹴られた。



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