第4話 スタジオの混乱
調整室ではディレクタ-が身を乗り出してメインモニタ-を凝視していた。
「もうちょっと山口の音声上げて、あとワイプ切り替えて山口メイン・・・」
スイッチャ-は画面をTV電話の山口のアップに切り替える。
「顔が切れてる。もっと自分を映すように言って、もっと上から撮って・・・」
目を見開いた山口の顔にノイズが走る。
「司会者もっと突っ込んで・・・」
戸川はイヤホンから調整室の慌ただしさを感じ取り、モニターに向かって言った。
「山口さん、何か見えたでしょう。スタジオでは心霊研究家の木村さんとか、そして観客の方も何か感じ取っているんですけどね・・・」
教授は組んでいた腕を外し、今度は笑みを浮かべて応えた。
「いや・・・私の錯覚だったですね・・・ちょっと画面が暗いから、その男性の影を見間違ったのかも知れません」
戸川は怪訝な表情で言った。(影?・・・錯覚ですか?)
「そう。錯覚でした・・・皆さんすみません」しかし、額には汗が滲んでいる。
市川は目を細めてモニタ-を睨んでいる。戸川が木村を振り向いて尋ねた。
「木村さんはまだ見えてますか?」
木村は下山教授を気にしながら「見えてます」とはっきり言った。
戸川は観客に向けて言った。
「そちらの方も先ほど何か反応されていましたが、何か見えてらっしゃったんですか?」
カメラは観客の女性を向く。
女性は顔を下に向けながら、コクリと頭を下げた。
「えっ・・・何が見えたんですか?・・・」
女性は両手で顔を覆い、首を横に振った。
山口の顔を映していたモニタ-の画像がプツリと切れた。
「電話が途切れました」
スタッフがディレクタ-に向かって叫んだ。
「何してんだよ、リダイヤル」
「ツイッタ-、メ-ルすごい数来てます」
ディレクタ-はパソコン担当の席に近づき、マウスを取って投稿の数々を飛ばし読みする。
「コ-ナ-あと五分です」
「これと、これと・・・これと・・・これと・・・これ、プリント」
「電話繋がりません」
メインモニタ-は戸川が肯定派、反対派の意見を聞いている。
「現場Dに状況確認。一旦CM入れよう」ディレクタ-が指示を出した。
テレビでは男性司会者が下山教授に詰め寄っていた。
(教授は先ほどサクラっておっしゃった。でも、後から錯覚って・・・)
突然おどろおどろしいジングルが流れる。
司会は慌ててインカムからの声を確認し(ではここで一旦CMです)とカメラに向かって言った。
コマ-シャルが始まった。
竜次はスプ-ンを動かし始めた。沙紀はテレビの前に立ってコマ-シャルも注目している。
「鎌田とつながっています」サブディレクタ-がディレクタ-にスマホを渡した。
「どうなってんの?」
現場ディレクタ-鎌田が上擦った声で応対した。
「すいません。今山口のところにAD向かわせています・・・機材トラブルもチェックしてますが、特に・・・何もないんです・・・」
「生だぞ、お前分かってんのか!・・・」
「す、すいません・・・山口の携帯ダメなら他の用意しろ!」
「すいません。ADが持ってってますんで、すぐ掛けさせます・・・)
「CMあと何秒?」
遠くからサブが応える。
「二十秒です」
「すぐ掛けなおせ。いいか、すぐだぞ!」
「はい」
電話を切り、ディレクタ-はインカムでスタジオスタッフとスイッチャ-に指示を出す。
「CM開け、司会者アップ。TV電話用意してま~す。ダメなら何とか繋いでください」
スタジオを映すモニタ-に下山教授が席を立つ姿が映っている。
「どうした」
スタジオディレクタ-の声がスピ-カ-から流れる。
(教授がやってられないって言ってます)
「いい加減にしろよ」
「五秒前・・・四・・・三・・・」
ディレクタ-は下唇を噛んで、思い切り椅子を蹴り飛ばした。
調整室のスタッフたちは固唾を飲んだ。
沙紀は椅子に戻り小さな口でカレ-ライスを食べ始めた。
竜次はグラスのビ-ルが空と分かると、急いでキッチンに駆け込み、薄めの水割りを作ってテ-ブルに戻って来た。そして沙紀に声を掛けた。
「凄いな、沙紀。幽霊とか見えるんだ」
沙紀はきょとんとした目で竜次を見上げて言った。
「幽霊?」
竜次は敢えて沙紀を見ない様にして、宙を見上げ水割りに口を付けた。
木村とかいう心霊研究家の言っていた、若い女性の事が気に掛かっていた。
娘が言った言葉の(嘘)を心配した。
沙紀はコマ-シャルが終わると、再び好奇心に満ちた顔で画面を向いた。
女性司会者が数枚のペ-パ-を手にして視聴者に向かって報告をする。
(先ほどの映像に関しまして、視聴者の方々からはかなり多くの問い合わせがありました。中には先ほど木村さんがおっしゃったように山口さんの後ろ隣に人が歩いていた、と言う内容も数十件近くありました。しかし、若い女性ではなく、着物を着たおじいさんではないか、と言うご意見も多数ありました)
男性司会者は続けて紹介をした。
(下山教授はお仕事の都合がございまして、先ほどのコ-ナ-までとなりました)ここで肯定派のパネラ-に向けて言葉を変えた。
(どうですか、雑誌超常現象マガジン編集長の田中さん。視聴者の方からは着物を着たおじいさんがいるとの意見も寄せられているようですが)
(そうですね。実は私も老人の姿が見えていまして)
(田中さんにも見えていた。おじいさんが)
(はい。確かに見えていました。着物姿の老人が山口さんにすがるように歩いていましたね)
(そうですか。どんな様子でしたか?やはり何か恨めしそうでしたか?)
(そうですね。何かを、訴えかけるような様子で・・・)
(馬鹿な事ばかり言ってるんじゃないよ)
暫く様子を見守っていた市川が声を荒げた。
(だったら、先に言いなさいよ。それに木村さんなんか若い女って断言してたし・・・)
(いや、若い女もいたんです)と木村は応じた。
スマホを耳元にあてながら申し訳なさそうにサブディレクタ-は報告した。
「繋がりません」
タイムキ-パ-は淡々と報告する。
「コ-ナ-枠あと、二分です」
ディレクタ-は背もたれに深々と背中を委ね、両手を頭の後ろに掲げて深い息を吐いた。
「仕方ねぇな。・・・次行こう」
ディレクタ-の言葉を待っていたスタッフ一同は、安堵のため息を吐いて姿勢を正した。
サブディレクタ-がインカムでスタジオディレクタ-に伝える。
「進行順調です。まんま行きます」
スタジオディレクタ-は腕組みをしながら頷いた。
目線の先には木村に向かって歯切れのいい口調で意見を言う市川がいた。
「じゃあ聞きますけどね、木村さんは訳の分からない映像を見て、女性がいるって先ほど仰った。その後視聴者からおじいさんだかおばあさんだか知らんけど、違う人物がいたって言われたら、そうです、なんて適当な事を言う。見えてる見えてないの前に、あんた詐欺師だよ」
木村が明らかに怒った顔つきで返答した。
「何を言ってるんだ、あんたは」
市川は続けた。
「じゃあ、聞きますが、根本の話。霊はどこから来るんでしょうか?そもそも霊界って言うのは、何処にあるんでしょうか?」
木村は強張った顔で小さな声で応えた。
「何処というよりは、我々の世界とは次元の違うところから・・・」
「次元って、次元の違う入り口出口は、じゃあ何処にあるんでしょうか?」
「何処と言われても、至る所にあります」
市川は皆の顔をそれぞれ伺いながら「聞きましたか?皆さん。至る所に異次元への出入り口があると、この自称心霊研究家の木村さんは、たった今、仰いました」
木村は市川を睨んだ。市川は睨み返しながら続けた。
「じゃあ次の質問ですが、その異次元への出入り口の所在について、誰が、どんな研究者達が、どのような機関で発表したかを教えてください」
調整室のプロデュ-サ-はディレクタ-に向かって言った。
「面白いよ、これ。コ-ナ-もうちょっと続けようよ」
ディレクタ-は振り返って「はい」と答えた。
その横でサブディレクタ-はスマホを耳に当てた状態で「まだ繋がりません・・・どうしますか?」とディレクタ-に回答を求めた。
「もうちょっと、トライトライ」とプロデュ-サ-は投げやりに言った。
「はい」と返事をしたサブディレクタ-は、スマホを持ち替えて応答を待った。
ディレクタ-はスタジオディレクタ-に「CMちょっと遅らせる。これ続けて」と指示を出した。
木村は黙っている。言葉に詰まった様子だ。市川は尚も堰を切ったように押しまくった。
「答えが出ないようなので、と言うか答えなんかないんでしょうから、次の質問。皆さんはこぞって霊だ霊だと仰るが、霊っていったい、何なんですか?」
木村の横で苦虫を噛み締めたような表情の田中編集長が答えた。
「魂ですよ、霊って言うのは」
「魂って・・・あなた、人間が死んでも、魂だけは生き残ってこの世を彷徨うとでも言いたいんかい?」
「そうです」
「そうですじゃないよ。この世界には物理の法則があるってご存知?」
戸川が横から入り込んだ。
「物理の法則っていいますと?」
「この世に存在する物には全て質量があるんです」
「質量?」
「そう。質量・・・どんなに小さな物でも、どんなに軽い物でも、例えば空気にも質量があるし、もっと小さい細菌、ウィルスなんかにも質量がある。つまり重さの事ね」
「重さ?」
木村がそこで割り込むように言った。
「実際、亡くなる前の人の体重と亡くなった直後の体重では、軽くなったと言う報告はあります」
市川がその言葉に咬み付いた。
「ほら来た。ほら、これだ。いつもあなた方は何の根拠もない情報を、あたかも真実の様に捻じ曲げて我々を騙し続けて来たんだ。報告はあります・・・冗談じゃない」
「本当にあったんだよ」
「だから教えてくれって言ってる訳。いつ、誰が、どんな実験で、具体的な数値はどんな値で、どんな機関に報告したかって。死んだ人間の体から魂が抜けたら軽くなった。・・・実際そんな事証明されたらノ-ベル賞もんじゃないの?」
肯定派の面々は苦い表情で互いに顔を見合わせた。
「市川やるね」プロデュ-サ-が言った。
「そうですね」ディレクタ-が迎合するように言った。
スクリプタ-の女性はパソコン画面のタイムラインと、手元のストップウォッチを見ながら「どうしましょう、このコ-ナ-」とディレクタ-に向かって尋ねた。ディレクタ-は後ろのプロデュ-サ-を気にしながら、「もうちょっと続けようか」と答えた。
市川は勝ち誇った表情で大げさな身振り手振りを交えながら話を続ける。
「あなた方が、こういった番組を通していい加減な、またあり得ない物理法則を捻じ曲げて、霊だ、霊界だ、魂だ、神だ、なんて事を言い続けるから、見ている人たちの中には霊感商法なんて詐欺に大金を投じて騙される人が出てくるんです・・・私があなたを詐欺師って言ったのは、間接的にあなた方が詐欺の片棒を担いでいるって、そういう意味です」
戸川は興奮が収まらない市川の言葉を頷きながら聞いていると、急に表情を変えた。インカムで調整室からディレクタ-の声が届いた。
(面白いけど、あんまりここで引っ張ると視聴者冷めるから、一旦CM)
戸川の目は小刻みに泳いで、スタジオディレクタ-からの指示を待った。目の前でADがあと30秒のカンペを出した。
戸川は市川の追撃を制するように肯定派の方に歩いて、一度も言葉を発していない遠山に言葉を求めた。
「ここまでご覧になってらっしゃって、霊体験者へのインタビュ-など豊富な遠山さん。如何でしょうか?」
「えっ、何を喋るの?」
「いえいえ、何をと言うか、ここまでご覧になって、霊の存在については?」
「今、私に聞く事?」遠山は不機嫌な顔をして答えた。
女性司会者は戸惑っていた。
戸川もすぐ正面を向いてほっとした表情で言った。
「では、ここで一旦コマ-シャルです」
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