第29話「鍵」

 イデアから出発した浜之助とフゥは、途中でワッツとも合流して北へ向かった。



 浜之助たちが再び最北端の警備所にたどり着く道中は何事もなく、ここの安全も十分に確保されてきたことを実感させられた。



「警備ドローンの再来はありませんね。今はくず鉄を片付ける作業で手いっぱいですよ」



 浜之助が警備所の様子を尋ねると、休息をとっていた団員がそう話をしてくれた。



「他の追手が来ていると思ったが、心配はないようだな」



 浜之助たちは軽く警備所で休息を取った後、更に北へ向かう。



 しばらくすれば、平らな道はやがてスロープ状の坂道となり、自然エリアとの距離が近くなった。



 ともなれば、見えてくるのは浜之助たちが破壊したミノガクレという特大型警備ドローンの亡骸だ。



「いずれ自警団に回収してもらいたいが、その前に使い物にならなくなりそうだな」



 倒れたミノガクレは身体に穴が穿たれて、破壊箇所には水たまりができていた。


 外はともかく中は防水性ではないはずなので、このまま放置しては本当にガラクタになってしまうだろう。



「ここからは向かいの坂道を登っていくの。行程で言えば後半分くらいなの」



 この先については浜之助も探索が不十分のため、先頭にフゥを置き、歩みを進める。



 坂道を上っていくごとに、先ほどまで近づいていた自然エリアはまた遠のいていった。



 浜之助は嗅ぎなれない青々とした木々や草の匂いが少し恋しくて、もう一度自然エリアを振り返る。



 そうするとちょうど崖の真下にいた、すらりと脚の長い人面馬がすり鉢状の臼歯を丸出しに、こちらをジトリと眺めているのを発見した。



 おそらくそれは、好意とかではない。


 歯と共にむき出しにした、殺意だ。



 そんなものを見せられては、いくら愛しい草花が咲く場所とは言えど、住むのは願い下げであった。



「気を付けて、ここは警備ドローンが少ないからヒトガタが上ってくることもあるの。上ってくると開放されているシェルターに入って食料をあさりに来るの」



「もちろん、出会ったら襲い掛かってくるんだろ?」



「そうなの」



 浜之助たちは道に生物がいないか、開いたままのシェルターからヒトガタの姿がないか確認しつつ、目的の場所を目指す。



 途中、崖の下に居たのと同じ馬のようなヒトガタに出会ったため、浜之助が威嚇射撃を浴びせた。


 そうすると、人面馬たちはフクロウのように180度こちらへ顔を向けたまま、シェルターの中へと引っ込んでいった。



「ここなの」



 それでも大した障害はほとんどなく、浜之助たちはフゥの案内の終点へ到着した。



 そこは警備ドローンの戦場、もしくは墓場と言っても差し支えのない場所だった。



 壁から崖へ向かった床には、あらゆる種類の警備ドローンの残骸が落ちていて。


 そのどれもが無事な部分はなく、機体に風穴があいているか四肢がもげて動けなくなっており、凄惨な戦闘の後を感じさせた。



「今は夕方の雨時間が近づいて退却しているけど、ここでは昼間のほとんどの時間戦闘しているの」



「雨時間には撤退するのか」



「敵の奴らは私達が通った場所と同じ経路から、自然エリアを通ってやってくるの。警備ドローンはできのいいものばかりではないから、朝と夕方の雨時間は避けてくるの」



「さっきの通路って、この坂道をか? だったらここのシェルターへ侵攻してくるのと、俺達のシェルターへ侵攻してくるのとでは距離的に大差がないのか」



「だから浜之助のシェルターにとっても、奴らは危険なわけなの。私達が敗れたら、次は浜之助たちなの」



「まじかよ……。ユラ、聞いていたか? 今すぐにでも最北端の警備所に増員してくれ。雨時間の情報も忘れるなよ」



 浜之助が開いたままの端末に声を掛けると、返答が来た。



『もうアマリとも話しておいたよ。敵は思った以上に近い場所にいるようだねえ。会議の時、言ってくれればよかったのに』



「ごめんなさいなの。あの時は急いでいたから詳しい情報は提供できなかったの。マスターと通信できるようになれば、敵の情報は全て渡せるはずなの」



『別に、攻めたわけじゃないさ。通信装置なら浜之助が持ってるし、情報提供はその後でも構わないよ。今はそのマスターとやらと話をするのが先なようだねえ』



 ユラが言うまでもなく、浜之助はそのつもりだった。



 浜之助たちが会話を終えて更に先へ進むと、壊れた機械の海の先に警備ドローンの一団が見えてきた。



「……! 敵か?」



「大丈夫、あれはマスター側の警備ドローンなの。未来人種や過去人種に攻撃はしないけど、見分けるために彼らを識別できるようにするの。ただし、それも後でなの」



 浜之助たちは自分達を迎え入れる警備ドローンの間を掻き分け、フゥのマスターがいるシェルターへ到達した。



「この形、見たことがあるな」



「そうなの?」



 浜之助が言うこの形とは、シェルターの入り口が大きなエレベーターの入り口となっており、上階へ続くその構成の事だった。



「フォールンギアのボス戦のひとつに、こんな入り口があったな。あれはどんなボスだったかな……」



 浜之助が考えているうちに、一同は広いエレベーターに乗って上の階へと向かう。



 エレベーターの階はどうやら入り口と最上階だけらしく、あまり時間が経たずに到着した。



「この先が、マスターのいる場所なの」



 エレベーターを出ると、その場所は白いフロアに囲まれた大きな空間だった。


 奥に機械類があり、円筒状の物体が柱のように立っているだけで、殺風景な場所だった。



 浜助は、フゥに連れられてその奥の機械類の前に案内された。



「それで? マスターのいる部屋はどこなんだ?」



 浜之助がそう訊いた時、フゥの代わりに目の前の円筒状の機械からスピーカー音が響いた。



「ようこそ。過去人種の人、私がマスターだ」



 浜之助は予期せぬ声に驚いたものの、気を取り直して会話を続けた。



「急に話しかけるなよ。でも挨拶ありがとう。俺は浜之助だ。マスターは、今どこにいるんだ?」



「君の目の前さ」



「目の前?」



 浜之助は再度確認するも、その視線の先には機械と端末しか見当たらない。



「驚かせたようだね。私はマスター。マスターAI。つまり機械の管理者なのさ」



 マスターという機械は、そんな風に堂々と自己紹介をした。





「私とセキュリティAIは元々、兄弟のようなものだったのさ。けれど、セキュリティAIは3年前、突如として壊れてしまったんだ」



 浜之助とフゥは機械の前に備え付けられた椅子に座り、ワッツは浜之助の肩に乗っていた。



「壊れた原因は後で分かったのだけど、セキュリティAIはある思考へ変化するようにプログラミングされていたんだ。それは時間経過によって発露する時限式のウィルスのようなもので、私たちは気づかなかった。


 ただ発言の後は、マスターAIの私にも組み込まれていないか確認したけど、どうやらセッティングされていたのはセキュリティAIだけのようなんだ」



 マスターはそうやってことのあらましを説明してくれた。



「そもそも、マスターAIならセキュリティAIに命令させられないのか?」



「できればよかったのだけど、私とセキュリティAIは独立しているし、互いを命令する権限もない。そのおかげでウィルスに侵されずに済んだのだけどね」



「じゃあ、セキュリティAIを治す方法はないのか?」



「ない。けど、ある。セキュリティAIの人格を初期化するプログラミング自体は用意したのだけど。何せ通信ではなく、直接端末にアクセスする必要があるんだ。そんなこと、今の戦力では無理さ」



「だったら、俺がいけば大丈夫だな。俺なら警備ドローンに攻撃されない。つまり俺の仕事はそれなんだろ?」



 浜之助は自信満々に指摘した。



「いや、違うね」



「って違うのかよ。だけど、どうしてだ?」



「君が戦闘をしたミノガクレの例を思い出してくれ、もし警備ドローンがエリアセキュリティで動く対象を攻撃するようにセッティングされていればどうなる? 君の戦闘能力の高さは教えてもらったが、セキュリティAIはそれ以上のものを準備するはずさ。それは、リスクが高すぎる」



「それは試してみないと、分からないだろ?」



「いいや。この選択はこの施設の全ての生物の命運がかかっている。君の言う方法は、本当に最終手段さ」



「なら今の対策はどうする? 他に名案があるのか?」



 浜之助がマスターを問いただすと、少しの間沈黙を続けてから、答えをくれた。



「これを話す前に、2つのことを説明する必要がある」



「なんだよ。それは?」



「1つは何故セキュリティAIが私を襲うのか、それについてはフゥから説明を聞いたかな?」



「ああ、マスターを倒すと制限が解除される。とかだったな」



「そうだね。セキュリティAIが私の中にある制限の解除を行えば、警備ドローンの生産と改造の制限がなくなる。そうなればより大量の警備ドローン、しかもより強化した状態で放つことができるわけさ。


 しかし、その解除には私以外のキーが必要なんだ」



「キー? 鍵ってことか?」



「その鍵は未来人種、しかも最初に造られた者の生体認証がそうなんだ」



「なら大丈夫だろ。最初に造られた未来人種なんて、もう死んでるはずだ」



 浜之助がマスターの言葉に安堵していると、マスターは否定した。



「いや、それは違うね。未来人種の最初の素体<First Unit>はここに存在している」



 マスターがそう言うと、浜之助の隣に居たフゥが立ち上がった。



「FU、つまりフゥが制限解除のキーなんだ」

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